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第14話 舞踏会は、まだ

『王子の呪いをかけたのはレオニスの母である』


レオニスからの告白を受け、私はすぐさま兄と宰相様に事の次第を報告した。


事が事だけに、レオニスの話を鵜呑みにして話を進めるわけにはいかないと、呪いが視えるルーエン枢機卿を騎士団と共に差し向けたが……レオニスの母の体調不良を理由に、面会は断られてしまった。



唯一の王位継承者に呪いをかけた――

疑いがかかっただけで投獄されてもおかしくないような重大な罪状。



レオニスに公の場で証言をさせ、強引にレオニスの母を捕らえるということもできなくはないが……今は王子が即位する直前の微妙な時期。


王子派が強引にレオニスを攻撃したと誤解されては本末転倒だ。



「殿下の知性に多少問題があっても、ひとまずは即位できればそれでいいだろう」



……というような兄の冷酷な一言もあり。

もやもやを抱えたまま、私はアホ王子と舞踏会に臨むことになった……。





「ラウル殿下、および婚約者クローディア家令嬢リセ様、ご到着です」


甲高いファンファーレが鳴り響き、舞踏会の会場へつながる扉が開かれる。


目の前にはこれでもかと言うほど煌びやかなシャンデリア。

眼下には大広間に集う大勢の貴族たち。


そして……


「リセ! おなかすいた!」

「ああそう」

「ごはんたべにいきたいんだけど!」

「このあと、お辞儀ができたらね……」


横には私の婚約者であり、この国の次期国王のアホ王子……。


黒い髪と紅い瞳にあわせて、この日のために用意した深い紅を基調にした礼服。

ああ、何も知らずに遠くからこの服を着た王子を眺めていたかった……。


私は残念な気持ちを押し隠し、広間にせり出したバルコニーに進み出て、一礼する。


「ホラ、今よ! ペコってしなさい!」


ひっそりと横目で王子見て命じると、王子は「わかった!」と頷き、ひょっこり頭を下げた。クソッ……後ろ手を上げるなってば!


王族のお辞儀としてみれば完全に落第点だが……状況を鑑みればギリギリセーフ……ということにしておこう。

ホールからどよめきが上がるが、もういい。仕方ない。


今日は演説もない。踊って帰れば大勝利。

舞踏会に出席した、という事実が大事なのだ!


……と、自分に言い聞かせたあと、私は王子の手を取りホールに降りる。


事前にうちあわせた通り場所に立っていた兄と合流し、王子の腰を丸太のような衛兵の腰に縛り付けた。ふう。これで一安心……と。


衛兵に『適度』に王子に食事をとらせるよう指示していると、兄・セリクが私の肩に手を置く。


「ご苦労。今日は一曲踊って退出するんだったかな?」

「ええ。問題が起きないうちにさっさと帰る予定です」


本当なら久しぶりに妹と弟に挨拶でもしたいところだけど、そんな余裕はない。

『一曲踊って即退出!』それが今日の作戦だ。


兄はそこで一段、声をひそめる。


「王弟殿下は本日出席されている。万が一、何かあれば衛兵を使いなさい」

「……わかりました」


レオニスと晩餐を共にしてから今日まで、レオニスとは会ってもなければ連絡をとってもいない。


……レオニスは、私に母のことを訊ねるだろうか?


まあ、すぐに処罰できるとはあちらも思っていないだろうし、幸い私は表向き『喉が悪くて声が出ない』ということになっている。適当にあしらってしまえばいい。



なんて考えを巡らせていると、ホールに音楽が流れ始めた。


これは……ワルツね。そろそろ舞踏の時間、というわけか。

ホールの中心を見ると、既に何組もの男女が挨拶を交わし、踊り始めている。


軽やかにステップを踏む令嬢や貴婦人たちのドレスが翻り、鮮やかに会場を彩る。

この華やかな光景自体は……まあ、嫌いじゃない。


「リセ!」


王子の声だ。

振り返ると、口元をソースやら何やらで汚した王子がへらへら笑ってこっちに向かってきていた。腰に衛兵を縛り付けたまま。


衛兵に大量に持たせているハンカチを受け取り、王子の口元を拭ってやる。


「この曲さあ、なんか、きいたことある!」

「よく覚えてたわね」


ちなみに、舞踏会に出席すると決まってから、王子には毎日ダンスを練習させている。ただし、即位宣言やお辞儀と違い、1日に1回しか練習をしない。


「おどろうよ!」


なぜなら、王子は、ダンスだけは……


「いいわよ」


今でも、完璧だから。



音楽が一区切りしたところで、衛兵の腰から解放した王子を伴い、ホールの中心に出る。

王子と私がホールドを組むとさざ波のようなどよめきとため息が、ホールに広がる。



一拍の沈黙。

そののちに、また、ワルツがはじまる。


定番の、明るいメロディに……自然と心が浮き立つ。



王子が一歩足を引いたのにあわせ、私はその腕に身体を委ねる。


あとはもう、私は何も考えなくていい。

――この音楽が、止むまでは。



周りの景色や音楽が遠ざかる。

王子の紅い瞳が、ふと、にっこりと細められた。


一段と幼くなった王子の表情。


それに引きずられるように蘇る、幼い日の想い出。

ダンスがなかなか上達しなかった私。

運動だけはなんでもできた王子は、良く練習に付き合ってくれた。


「できるまでやれば、絶対できる!」


とか言って、励ましてくれたっけ。



……あまりに切なくて、苦笑してしまう。

だって王子はそんな思い出、きっと忘れている。


そして、この舞踏会が終わったら……王子はもっと、いろいろなものを失うかもしれない。


私との思い出だけならまだいい。


尊敬していた父王のことを忘れてしまったら?

歩き方や喋り方さえ忘れてしまったら?


自分のことさえ、忘れてしまったら……?



そんな可能性を承知で、私も兄も、宰相様も……レオニスも。

誰も彼も、王子を王にしようというのだ。


なんて……恐ろしい臣下たちでしょう。



ふと、ワルツが止み、王子の手が離れる。

身体から王子の体温が失せ、私は現実に引き戻された。


慌ててその場で一礼すると、ホールは割れんばかりの拍手に包まれた。

しかし油断してはならない。


王子がその辺の令嬢にツバをつけたりしては台無しだ。

私はすかさず王子の手をふん掴み、合図を送る屈強な衛兵の方へ向かい、彼に王子を縛り付けた。


「え? え? もうおわり?!」

「そうよ、もう帰る時間!」


王子が色々文句を言っているが、無視だ。

何せ今日の作戦は『一曲踊って即退出!』なのだから!



けれど、王子と共に大広間を後にしようとした、そのとき。


「ごきげんよう」


後ろから投げかけられた甘く深い声に、首の後ろが不意に逆立つ。

振り返ると、そこには――



シャンデリアの光の下、白亜の彫像のように佇むレオニスがいた。



繊細な刺繍の施された明るいグレーの礼服に身を包むその姿は、神秘的なまでの美しさを放っている。


「私とも一曲、踊って下さいませんか?」


白い絹のグローブに包まれた手が、こちらに差し伸べられる。



舞踏会はまだ、終わらない。

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