第11話 それでも、王になる
王子にはなんと、王座に近づけば近づくほど、アホになる呪いがかかっていた……。
全く予想しなかった事実に、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回される。
思考が飛び散り、次から次へと疑問が湧き出てくる……!
ということはつまり、王子のアホは天然じゃなかったってこと?
むしろ、望まずにアホになってた可能性もあるの?
……にもかかわらず、私は王子を罵倒し、挙句の果てに芸を仕込むとかいって、ホコリを食べてしまうほどに王子を追い詰めて……!
もしかしなくても私って、ものすごく非道な行いをしてしまったのでは……?
あまりのことに、混乱が落ち着く気配がない。
全身が細かく震えているのが、自分でもわかる。
どうしよう、私、これからどうしたらいいの……?
救いを求めるように兄を見る。
けれど、『氷の軍師』は私には目もくれず、ルーエン枢機卿に冷えた微笑みを向け続けるのみ。
「その呪いを解く方法は」
兄に問われ、卿は力なく頭を振る。
「……わかりません」
「何故?」
「殿下には魔術で願いを叶えられた痕跡がない。願いによって得たものを返せば呪いは弱まりますが……その手は使えないでしょう。殿下の呪いは通常とは違い、誰かに一方的にかけられた可能性があります」
「王座に限りなく近づけば……即位すれば呪いが解けるのでは?」
「前例のない呪いです。可能性はありますが……確かなことは言えません」
美しさのために声を失ったり、富のために視力を失ったり。
呪いは願いの代償として受けるもの。
王子の呪いはそのルールから完全に逸脱している。
けれど、そんなことよりも……
「誰が呪いをかけたのです?」
兄は少しだけ身を乗り出し、さらに問う。
しかし、その問いにも……卿はただ黙って首を振るのみだった。
兄は口元に手をあて、何事かを思案し始める。
その横で王子が腹に手をあて、私に空腹を訴えるジェスチャーをしてきたが……そのアホっぽすぎる仕草を今は直視できず、目を逸らした。
結局この日の面会は、兄の予定の関係でこの後すぐお開きとなった。
別れ際、兄は私に言った。
「殿下はしばらくはこのままのようだ。予定通り準備を進めなさい」
兄の言うことはある意味で正しい。
王子がなぜアホになったか、その理由はわかった。
けれど、それを解く手段がないこともまた、明らかになった。
ならば、予定通りアホ王子をどうにかして、即位させるしかない。
……でも、本当にそれでいいのだろうか?
王子の躾部屋に戻ってきた私は厨房長に頼み、王子の好きなクルミのクッキーを用意させた。
「リセ! いいの? おかしたべても!」
「……どうぞ」
私が許可すると、王子は満面の笑みでクッキーを頬張った。
お気楽・底抜けに幸せそうな王子の顔。
きっと先ほどの話も、ほとんど理解できなかったに違いない。
「ねえ王子。王子は、まだ王になりたいんですか」
「え? うん」
いつも通りの軽すぎる返事。
今までは適当に返しているんだと思っていた。
「どうしてそう思うんですか」
「わかんないよ。とりあえず王になりたい」
でも、思い返してみると……どれだけ私が辛く当たっても、王子は決して「王になるのを諦める」とは言わなかった。
その意志の根本に何かが眠っている気がして、私はさらに問いかける。
「王になれば、今の自分じゃなくなるとしても?」
「ん? どういうこと?」
「つまり……王様になったら、王子はもっとアホになるかもしれない。それでもいいんですか」
お菓子のカスを口元にくっつけた王子は、皿から顔をあげ、私を見る。
紅い瞳を優しく細め、ただ、朗らかに笑った。
「いいよ。別に」
その笑顔に、心臓がきゅっと痛む。
「……なんで?」
「なんとなく」
言って、王子は再びクッキーを口に詰め込みはじめる。
幼い頃の王子を思わせる、無邪気な横顔。
そのあどけなさに……どうしようもなく、心がかき乱された。
議会での即位宣言は3日後に迫っている。
即位宣言が成功すれば、王子はまた一歩王座に近づき、呪いは強まるだろう。
それでも私は進むしかない。
なぜなら私は、『王妃になって、今までの自分に報いる』と……決めたのだから。
「ねえリセ」
王子の呼びかけに、ふと意識が現実に引き戻される。
「な、何?」
慌てて反応する私に、王子は曇りない眼差しを向け……言った。
「あのさ、今夜さ、叔父上に会いに行っても……いい?!」
……あ?
レオニスに会いに行きたい……だと?!
コイツは……ナメクジ以下の知能しかないくせに、甘い顔を見せた途端、すかさず付け込んできやがって……!
ああでも、王子には呪いがかかってて、そのせいでアホ発言をしているわけで……。
でも、それでも……こう言わずにはいられない!
「駄目に決まってるでしょ!! このアホ王子!!!」




