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第1話 婚約破棄(未遂)

 あの日、白い花が咲き誇る花園で、風に吹かれながら私たちは立っていた。

 まだ何も知らなかった幼い私に、ラウル王子は言った。



「リセ。俺は、君とこの国を守れる自分になりたい。いつかその日が来たら……結婚してくれるか?」



 まだ幼さの残る、はにかんだ王子の表情が忘れられなくて。

 いつか彼のお妃さまになるんだって、それから必死に努力をした。


 礼節を学び、教養を身に付け、社交に励み……王妃としての資質を備えるために、血の滲むような日々を送った。



 けれど、10年ぶりに顔を合わせた王子は私にこう言い放った。



「なんだ、この凡庸な顔の女は?」



 わかっていた。

 私が、彼に並び立つのにふさわしい容姿を備えていないことは。努力しても、その事実は覆せなかった。


 それでも、あの日王子の誓いを忘れられなくて、私は密かに魔術師を呼び寄せ、願った。



「何を犠牲にしても構わない。あの美しい王子に相応しい容姿を手に入れたい!」



 魔術師は言った。



「わかりました。あなたを絶世の美女に変えてあげましょう。その代わりにあなたの美しい声を頂きます。でも安心しなさい、王子にだけはその声が届くようにしてあげますから……」







 ――それからさらに時が経ち、思う。



「いや、このアホのために声捨てるとかマジで早まったわ!!」

「ヒィッ?!」



 ここは王城の一室。

 椅子に腰かけた私の目の前には、赤い絨毯の上にひっくり返った黒髪紅眼の美男子。


 こいつこそがこの国の王子、ラウル・レオンハルト。

 辺境伯の令嬢である私、リセ・クローディアの婚約者だ。


 傍らのローテーブルにはうず高く積まれた書類が。

 ……すべて、婚約者である私に寄せられたこの男に関する臣下の者や使用人からの嘆願書や密告書だ。


「今月に入ってから新たな不貞が5件。内訳は女子4名男子1名。加えて議会の欠席が12回。今月開催された議会が18回ですから……欠席率は何割か分かります?」

「え、えっと……割? 12割くらいか……?」

「このアホが! 約6割7分だろうが!!」

「ご、ごめんって……! でも、俺だって、俺だって頑張って、必死に朝起きられるように、頑張って……! 夜寝て……! それで、朝起きた……!」


 王子は涙目でいろいろと訴えてくるが、内容が意味不明すぎて聞いているだけで頭が痛くなる。苛立ちに任せて私が立ち上がると、ビクッとして口を閉ざした。


 なお、王子以外に私の声が届かないことをいいことに、私の口調はここ数年で相当荒くなってしまった。


「もう耐えられません。今度こそ婚約破棄します!」

「いやいやいやいや……クローディア家に見放されたら宰相に怒られるんだよぅ……父上が亡くなったから、早く王になって国を守らなきゃいけないのに……」

「こんなアホが国王になれば国は滅びます」

「そんなことない! そんなことない!」


 王子が私の足に縋ってくる。私はそれを蹴飛ばし、「そんなことあるわ!」と吠えてやった。




 この究極のアホ・ラウル王子は私の婚約者だ。

 幼少の頃、家の都合で婚約させられた。


 それでも、『当時』の私はそれが嫌じゃなかった。


 王子は、亡き前王の意向で、幼い頃は当時の腹心だったクローディア家の屋敷で育てられた。私と王子は幼馴染のように育ち……私は、当時の王子に恋をしていたから。



 けれど、王子がクローディア家を出て10年後。

 久しぶりに式典で再会した王子は、かつての優しさなど微塵もなく、「地味な顔だ」と私を嘲った。それでも、心をつなぎ止めたくて、私は声と引き換えに美貌を手に入れた。



 それからしばらく経ち、前王が体調を崩したので、王子の即位と婚礼に向け、私は王城に上った。


 美しくなった私を、王子は愛してくれるだろうか?



 愚かな期待を胸に迎えた2度目の再会――

 しかし、目の前の王子は、なぜか……


『究極のアホ』


 と化していた……。



 王城で再会した頃はその辺の令嬢たちと浮気をするくらいだったが、次第に節操なく使用人や男にまで手を出すようになり、公務をサボり始め、公費を使い込み……。



 こんな男のために声まで捨てて縋ろうとした自分が恥ずかしい。

 早くこの男と縁を切りたい。


 ……そう思っているのに。


「リセ。もう文句は言い終わったかい?」


 私の背後に立つ、涼し気な貴公子が微笑む。彼はセリク・クローディア。私の6歳年上の兄で、クローディア侯爵家の家長。


 呪いで声を失った私は、王子以外に声が届かない。私は兄の問いに、目を伏せて応えた。


「今度こそ婚約破棄すると手紙が来て、何が起こったかと思えば……いつものことじゃないか。まあ、王子の守備範囲が男にまで広がったのは少し驚いたけどね」


 兄は傍らの報告書を一枚めくり、吐き捨てるように言った。そして、一段声を低くし、私の耳元で囁く。


「我が家の家訓。覚えているだろう」


 この国の軍事の中枢を担う、我がクローディア家の家訓。それは――



『戦わざる者、食うべからず』



「リセ。お前の戦場は宮廷だ。クローディア家に名を連ねるものとして敵前逃亡は許されない」


 スカートの上で拳を握りしめる。兄の言うことはもっともだ。

 私も貴族の娘。好き嫌いだけで婚姻をどうこうすることなんて、本来なら許されない事。



 それでもこれは、あまりにあんまりでしょう?!


 虫みたいに反射で生きてる男に嫁ぎたくなんてない!

 その上、この男の目の前にすると愚だった自分に腹が立って腹が立って……おかしくなりそうなの!!



 そんな気持ちを目いっぱい視線に込めて見上げたけれど、兄は薄ら寒い表情を浮かべるだけ。私と同じ翠色の瞳にはすこしの慈悲も浮かんでいない。


「それにお前は声を失った。代わりに美貌を得たけれど……王子の元婚約者で呪いのかかった令嬢なんて、うちに帰ってきてもまるで役に立たない。もちろん、政略の駒としては、ということだけど」


 数ヵ月ぶりに会った妹にここまで冷たくできるとは……『氷の軍師』の名は伊達じゃない。


「いつまで燃え落ちた砦にこだわり続けるんだい? 今一度、勝利条件を定め直したらどうかな。……兄から言えることはそれだけだ」


 燃え落ちた砦……目の前で這いつくばる王子に目をやると、眠気に抗いながら頭を揺らしていた……。兄の小難しい例えに、小さな脳みそがついていかないんだろう。アホすぎる。


 アホ丸出しの王子に「殿下。この後会食がありますので、失礼します」と慇懃無礼に頭を下げ、兄はその場を後にした。


 扉が閉まる音で、王子はハっと目を覚ました。寝てたんかい。


「え、で……結局、婚約破棄なのか……?」

「うっさいわ!!!」


 婚約破棄を許されなかった苛立ちを丸ごとぶつけるように王子に怒鳴る。

 そんな私を王子はきょとんと見返すだけ。


 どれだけ大声を上げても、私の声はこのアホにしか届かない。

 ……その事実に耐え切れず、私は部屋から駆け出した。




 ほんと馬鹿。救いようのない馬鹿。

 でも一番馬鹿なのは……あんな男のために振り回され続ける私だ。



『いつまで燃え落ちた砦にこだわり続けるんだい? 今一度、勝利条件を定め直したらどうかな』



 兄の声が胸をギリギリと締め上げる。


 ……もう、現実から目を逸らすのはやめよう。

 あの日、私に将来を誓ってくれた王子はもういないんだ。


 強くなろう。

 誰のためでもなく、自分のだけのために。

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