【第70話:わからないからつらい】
誤字修正しました。
山頂にたどり着くと、そこでかつて置いていった馬車を回収した。
「うーん、いいコいいコ。よくぞ無事だった!一人にしてごめんね」
ユアがすりすりと馬車に頬ずりする。
無理をして明るくふるまうユア。
アミュアにははっきりと見えていた。
その痛みや弱さは、敏感な彼女の目に隠しきれない。
ふと、馬車にすがりついて泣き崩れるユアの姿が、幻のように脳裏に浮かぶ。
現実のユアはまだ笑っているのに、どうしてかそんな情景だけがリアルに思い浮かんでしまう。
けれど、そこに気持ちがついてこない。
ユアに対して憐れみはある。慰めたいとも思う。
でもきっと、それはユアが求めているものとは違うのだ。
心がズレたまま、触れることができないまま、空白が残っていく。
馬車のすぐ横に崖がある。
アミュアはその何も無い崖がとても気になるのだった。
そこはかつてシルヴァリアを見送った洞窟があった場所だ。
今のアミュアにはそれも解らないのだった。
「アミュアいつものお花を捧げていこう」
静かな笑顔でこちらに花を分けてくれるユア。
(何に捧げればよいので‥‥)
そこまで思ったアミュアの胸に、突然締め付けられる様な痛みが湧いてくる。
その痛みは耐えることが出来ない、花を取り落とし、両膝を落とすアミュア。
「アミュア!」
異変に気づいたユアが振り返り、駆け寄ってくる。
優しく肩に手が添えられる。
「大丈夫!アミュア?!少しあっちで休もうか?」
立たせようとしてくれるユア。
アミュアにはその声さえ、ぼんやりとしか届かない。
重すぎる苦しさがのしかかる中で、おおきな老いた銀色の竜と、優しそうな銀髪の老人の笑顔が重なって浮かぶのだ。
老人は様々な顔を見せてくれるが、言葉は無く気持ちも曖昧にしか伝わってこない。
そうしてしばらくは、動けないアミュアをおろおろとするユアが見ているのだった。
肩以上に触れる事が出来ずに。
(もういいのだ‥アミュア)
老人の声が聞こえた。
いつも魔法を撃つと聞こえる声だった。
「あぁ‥あ‥‥あぁぁ」
アミュアの喉を割るように言葉がこぼれる。
「いや‥‥いや‥」
ついにアミュアの瞳が受け止めきれない痛みを溢れさせた。
大粒の透明な涙として。
もう竜も老人も見えない。
ただ暗転していく視界。
何が起きているのか把握出来ずにパニックになるアミュア。
呼吸も思考も乱れ、ふっと意識を失うのだった。
抱きとめたユアが、呼吸と脈を確認し大丈夫と判断。
シルヴァ傭兵団の救急看護は幾度となくユアを救ってくれる。
「いったい何が起こったの?」
理解が追いつかないユアはそっとアミュアを抱き上げるのだった。
馬車に目を覚まさないアミュアを寝かせてから、ユアは一人で落ちた花も集める。
何組か横を過ぎる旅人が不憫そうに眺めて過ぎていく。
ユアの顔を見れば、花の意味を想像出来てしまうのだ。
アミュアが見ていないと最近のユアは、表情を無くす。
感情の抜け落ちた顔で、崖の際に花を供えるユア。
しゃがんで手を合わせた。
(シルヴァリア‥‥お願いアミュアを救って下さい)
その祈りを聞き届けたか確かめようも無いのだが、一羽の白い鳥がユアの上を通り過ぎた。
鳥はくるりとユアの上を回り山間へと消えたのだった。
夜になってもアミュアは目を覚まさなかった。
旅の疲れもあったのかな?とユアは思うことにした。
手際よく焚き火を起こし、そばで座っている。
少しだけ馬車から距離を取るのは、寝ているアミュアに気を使ったのか。
距離を置きたかったのか。
揺れる明かりを見つめていると、気持ちが静まっていくのを感じた。
ユアの心こそ悲鳴を上げ続けているのだ。
ユアの目は真っ赤に潤んでいる。
直ぐ側でアミュアが苦しんでいるのに、何もしてあげられない辛さに。
ユアの喉を苦しい嗚咽が通り抜ける。
音にはならないその苦しさがユアを締め上げる。
パチっと薪がはぜ火の粉が上がる。
(アミュア泣いてた)
火の粉を目で追うユアの心に答えが浮かんだ。
(きっと辛いことを思い出したんだ)
それだけがユアに解ったこと。
何を思い出したのかも、どんな辛さなのかも解らない。
ユアは解らない事を苦しく抱え続けたのだった。
長く明けない夜の中で。
翌朝目覚めたアミュアは顔色が悪かったが、もう大丈夫と告げ先へと進むこととなった。
丸1日ほど山を下ると、前回来たときは霧に沈んでいた村が見えた。
アミュアは一度も外に出ず、食事も断って車内にいた。
アミュアが食事をとらないと、ユアも食欲が無くなり、非常食のバーも半分以上残してしまう。
街道から別れてきた小道は村までで途切れるのだが、道の跡が村を過ぎてからも続いていた。
その跡に沿うように進んだユアは、こんもりとした森に行き当たる。
道の跡はその森の中へと続いている。
馬車はこれ以上進めないようなので、車内のアミュアに声をかける。
「これ以上は馬車が進めない。道は続いているから歩いて行こうと思うよ」
馬車が停まったことで察していたのか、すぐにアミュアが降りてきた。
顔色は相変わらずだが、足元はしっかりしていた。
「わかりました」
アミュアの声は意外としっかりしていた。
それがユアには嬉しく、少しだけ心が軽くなった。
森に入ると少し枝や、下生えの草が歩く邪魔になった。
そうゆうのは得意分野なので、ユアはサクサクと短剣で払っていく。
そうして間もなく二人は見慣れたものを見つけた。
半ば予想もしていたのだ。
そこには植物に守られるように包まれ、白い古びた祠が静かに佇んでいた。
斜めに差し込む日差しが緑を透かし祠を照らしている。
ラウマ像の祠がここにも忘れ去られていたのだった。




