【第68話:思い出と思い出さない事】
「ええぇぇ‥‥」
レヴァントゥスは凄く嫌な顔をしていた。
部下からの報告を聞いているのだった。
今はノアのいる公都エルガドールのセルミア拠点へ移り、そこで指揮を執っていた。
「も、申し訳ありませんでした!」
レヴァントゥスの横には正座して五体投地の家令の一人。
先日指示を出したものの同僚だ。
「まいったな。カルヴィリスさん怒ってるかな?」
彼は同僚の最後をレヴァントゥスに伝えに来たのである。
今は別の同僚が細心の注意を払い監視についているとも言う。
(どうせ、次の監視もバレているんだろうな……仕方ない、僕が行くしかないか)
そんなことを考えながらも、セルミアから連絡が来ていないのに動くのも、皮肉を言われるだけで嫌だと思うレヴァントゥスだった。
「一旦監視は戻して、通常業務に当たらせて。亡くなった子に縁者は?」
「私と一緒で縁者はおりません」
あごに拳をあて少し考えるレヴァントゥス。
「じゃあ君に休みをあげるから、弔ってあげてくれるかな?」
一瞬だけ間をおいた。
驚いたのである。
「う、承ります」
それだけ告げて立ち上がり、立ち去る少年家令。
レヴァントゥスから死者が労われるとは思ってもいなかったのだった。
レヴァントゥスは普段からあまり関わりを持とうとはしないので、家令達部下は距離を置かれていると思い込んでいた。
(おっと、ダメだね長く生きるといろいろ鈍感になるな)
レヴァントゥスは初期の頃からのセルミアの部下だ。
一度命を救われてからは、恩返しとして手を貸している。
(もう昔の知り合いはスヴァイレクくらいか?)
スヴァイレクとは出会いの時に一度殺し合っている。
降参したのはレヴァントゥスで、命を救ったのはセルミアだったのだ。
(セルミアとの付き合いも、ずいぶん長くなったわけだ)
久しぶりに昔を思い出したレヴァントゥスは、彼には珍しい透明な笑みを浮かべるのであった。
「ルヴィ~!!」
わーっと両手を上げて滑り降りてくるノア。
満面の笑顔であった。
大きなパラソルの下から、カルヴィリスも片手をあげて返事をした。
ノアが水の流れる滑り台を勢いよく滑り、下のプールに到達する。
バシャーン!
結構盛大な水しぶき。
最後の直線で両手を上げていたので、滑り終わりでバランスを崩し顔から落ちたようだ。
「あらら」
くすくすとカルヴィリスも笑みがこぼれた。
昨日着いた街には大きなレジャー施設があった。
裏手の湖を水源として、観光客にも人気の”水の遊園地”といったぐあいだ。
併設するホテルを取ったので、直通で遊びに来たのである。
プールだけでなく、水族館や水にまつわるレジャーが一通り準備されていた。
水着はプールサイドのお店で選んだのだった。
カルヴィリスはシックな黒のハイレッグワンピースに透けるパティオを巻いて、サングラスも準備したのだった。
ちょっと色黒だが夏らしく、美人の範疇におさまる艶やかさであった。
たたたっと走ってくるノアは、同じ黒のワンピースでカルヴィリスほどきわどくないものだった。
背中は結構大胆に見えている。
色は同じのがいいとノアが決めたのだった。
「すごいおもしろいよ!ルヴィも一緒にすべろうよ!」
手を引っ張って日陰から連れ出そうとするノア。
ノアはかなり力が強いので、本気で引っ張れば片手でカルヴィリスくらいは連れて行くだろう。
カルヴィリスが立つのを待っているのだ。
「しょうがないわね。1回だけよ」
そう言いながら立ち上がったカルヴィリスが、肩に羽織っていたタオルとサングラスを置いてノアに続いた。
昨日の夜に着いたので、食事とお風呂しか堪能していなかった。
今日は天気もよく、ノアはプールがとても気に入ったようだ。
午前中にあっちで泳いで、こっちで滑ってと大騒ぎして、お昼ごはんの後は昼寝してしまうのだった。
カルヴィリスの横でパラソル下のビーチベッドに仰向けで寝ているノア。
何度教えても、足を閉じないので諦めたカルヴィリスがタオルをお腹にかけることとした。
(ほんとうに楽しそうノア。よかった来てみて)
ノアを見るカルヴィリスは、最近微笑みの時間が長くなっていた。
(そして、監視が消えたのはどういう事なんだろう)
この街にくる途中からレヴァントゥスの配下を見なくなった。
何度か影に入り見回ってみたが、見つからないので本当に引き上げたのかも知れない。
(引き上げたなら、ギルドはセルミアと無関係にノアを欲している?)
ギシっと布部分を軋ませ、ノアがベッドで寝返りをうった。
タオルが落ちそうなので、直しに行くカルヴィリス。
(ノアはもう子どもじゃないのだから、貞操感も必要だなぁ。どうやって教えたらいいやら)
ニコニコしながらカルヴィリスは悩むのであった。
(恋愛映画でも一度見せて教育してみるかな。奥にシアターもあったし)
たしかに外見年齢ほど精神年齢の高くないノアであった。
メイド達も一般常識を教えるのに手一杯で、そこまで進んでいなかったのだ。
今のカルヴィリスには少し前の悲壮感はどこにもなく、トラブルですら楽しんでいた。
すでにノアはカルヴィリスにとって、たった一つの大切なものとなっていたのだった。
ざわざわとプールのあちこちから声が聞こえる。
その楽しそうな雰囲気に、自分が馴染んでいる不思議に思い当たらないカルヴィリス。
今のカルヴィリスに足りなかったものは、すべてノアが持っているのであった。




