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わたしがわたしになるまで  作者: Dizzy
第1章
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【第6話:ほほに落ちる気持ち】

 森の中をゆっくり進むカーニャの馬車。

運転席にはアミュアが座り、すぐ後ろの客車の窓からユアが上半身まで出し、アミュアの肩越しに前を見ていた。

「いまさら急いでもそんなに変わらないんだよね、どうせアイギスにいさんには手紙が届いてしまっただろうし」

とユアはちょっと唇を尖らす。

 心配かけちゃってるな、と思い至ったのだ。

そもそも手紙になんて書いたかもおもいだせていない。

さがさないで、とか心配しないで、とかだった気がする。

まるで家出少女である。

「アイギスさん、ちゃんと回復出来てるといいね」

 アミュアの声にはユアに対するいたわりがある。

最近のアミュアの話し方は、前よりもすこし滑らかだ。

大きくなってから顕著に感情がのってくる。

ちょっと背のびしてから、ユアがそっとアミュアの肩にあごを乗せる。

「うん…」

 兄を心配してくれたからではなく、自分を労わってくれたことがユアは嬉しかったのだ。

そうして進んでいくとまもなく森が切れ切れになり、山裾のなだらかな斜面を成す草原が現れるのであった。

間も無く山越えの街道に合流するはず。

時間もそろそろいいので、前にキャンプした辺りで馬車でする2度目の野営となった。

明日は町に着くだろう。

(先生はお元気かな?)

ふと診察してくれた医師を思い出すアミュアは、ふわりと心が温まる。

やさしい青年の微笑みと、自分をいたわってくれた言葉を思い出したのだ。




 今日はシンプルに携帯食料を使った濃厚スープに、パンとサラダという晩御飯だった。

サラダは付近の原でユアが集めてきた。

スープはアミュアが作った。

作ったと言っても、ユアが計り置いていった水を沸かし、携帯食料のバーを投入しただけだが。

ユアはスープにパンをひたし食べながらしきりにアミュアを褒める。

「うんうんおいしいよ!アミュア腕をあげたね」

「たいしたことしていないよ。かき混ぜていただけ」

 無表情でこたえるアミュアだが、頬が赤くなるのを隠せていなかった。

ユアが満足そうににやにやするのが、腹立たしいアミュアであった。

ちょっと乱暴にサラダを食べるその姿が、ユアには愛おしいとは気付かずに。




 夜のたきぎの前でユアとアミュアが一枚の毛布にくるまり、並んで座っていた。

もう交代するの面倒だしこれでいいか、となったのであった。

ユアはこういった役割にとても優秀で、ふたり同時に寝てしまうことはないのだった。

どちらからともなくほほを寄せ合い、ぴったりとくっついて包まる。

ユアは前に実家の暖炉のそばで、こうして座ったことを思い出していた。

そうしてふと思い至って、ゴソゴソと胸の隠しを探る。

「あった」

ユアがもぞもぞしたので、アミュアも顔をあげユアを見ていた。

「これ、前に村で見つけたおかあさんの手紙。いつかアミュアに見せたかったんだ」

ちょっと照れくさそうに、封筒から紙をそっと出しアミュアに渡す。

「アイギスにいさんには見せたことあったんだけど、あんときアミュア寝ちゃってったから」

 膝を抱えちょっと前後に揺れるユアは珍しく照れが見える。

そっと大切に広げた紙には、流暢だが走り書いた筆跡が見える。

短い文面だったので、そう時間はかからず読み終えた。

最後の3行に込められた慈しみに、きゅっと胸が締め付けられるアミュア。

涙は堪えたが、顔がゆがむのがわかった。

ユアの母の気持ちがわかるのだ。

大切で大切で、守りたかったものが指の間をすり抜ける。

その切なさを今のアミュアは思い出せる。

そっと壊れてしまわぬよう折り畳み、ユアに手紙を返したのだった。

すこしまた二人で膝を抱え、並んで座っていた。

静かにアミュアが言う。

「ユアのおかあさんは凄いとおもう。きっとユアに付いていきたかったのに村を捨てなかった」

ゆっくりと感じた気持ちを言葉にしていく。

そういった事がアミュアは出来るようになっていた。

ちょっとだけ俯いてから顔をあげユアが礼をのべた。

「‥ありがとう」

言葉は短いが、気持ちがこもった。

アミュアにもそれは伝わり、二人の距離をまた縮めるのだった。

 しばらくはそうして揺れる火を見ていた二人だが、安心したのかアミュアは寝てしまう。

そのまま静かに時間が過ぎていき、ユアがそっとアミュアの腰に手をのばす。

いつかの暖炉の夜のようにそっと抱きしめたのだ。

 あの時胸に感じたアミュアの頭は、今同じ高さで目の前にあるのだった。

もう涙は流れず震えることも無かったが、母の想いとそれを認めてもらった暖かさが確かにあった。

ユアの感謝は自然なキスとなってアミュアのほほに落ちたのだった。

「ありがとうアミュア」

言葉はそれだけだったが、ユアの胸には沢山のアミュアへの気持ちが溢れていたのだった。




 森を出てから何度かモンスターの襲撃があったが、手こずるような相手はいなかった。

そうして城をでて3日目、ついに二人はあの病院のある町に戻ったのだった。

「おー懐かしくさえあるね。こじんまりしてるけど、暖かそうな町並み」

今日はユアが運転して、アミュアは客車だ。

前側の窓は開け放たれていて、窓枠に両肘をつき頬を支えるアミュアがいた。

風にながれて顔にかかった1房をすっと耳にかけ、アミュアも言葉にした。

「うん、ただいまって気持ちになるね」

そうして町の入り口までにこにこを展示していく二人は、すれ違う旅人も商人もふんわり明るい気持ちにするのだった。


もうすぐ熱くなるぞと、太陽はサンサンと降り注いでいるのだった。

いまだ涼しい山から来る風に負けないくらいに。


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