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わたしがわたしになるまで  作者: Dizzy
第1章
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【第3話:狩られる獣】

 スリックデン北部にはなだらかな山体をもつ連山があった。

街の真北にあるため、古くから旅人や商人に目印としても知られていた。

おおむね3つの山に分けられていて、細かくは20以上の頂を持ち複雑な地形であった。

大きな3つの山は見る角度により重なり具合が違うため、どちらから見ているかで方向の指針になった。

その一番西側ルメリナ側の山には、昔から草木が少なく、そこだけ色が違って見えるのも目印として有効だった。



 西側の山の中で山頂に近い岩肌に今影獣が一体いた。

強い日差しを避け、岩陰の暗闇にうずくまっていた。

それほど高山ではないのだが、植生は弱く木々は少ない。

獣は弱っていた。

意識が芽生えてから随分長い距離を移動してきたのだ。

何かから逃げるように。

今いる山よりもずっと高い所も越えてきた。

 長い長い移動の果てにスリックデンの街にたどり着いたのだ。

初めてみる人の街は赤赤と燃えていたのだ。

あたたかそうと思い近づいていったのだが、人気のない所に隠れていたのに見つかってしまい。

とても怖い思をした。

 自分のこともよくわからない獣に一つだけ確信を持っていることがあった。

自分の名前である。

”ノア”と、それが自分の名前であると。

それだけが獣の持っていたものだった。

今までは。

街で恐ろしい者に追われた、愛を知らぬおぞましいものと追われたのだ。

(あいされたことがない)

獣は言葉が分かった。

カーニャが作戦としてだが投げつけた言葉がずっとノアに残っていた。

(かげにひそみ、あいされない)

 それが名前の次に覚えた言葉となった。

獣は飢えていた、色々なものを食べしのいでいたが、狩が得意なわけでもなかった。

泉や川で渇きをうるおし、山中の果実や野草が主な食事だった。

 そうして体の飢えをみたしても、満たされないものがあった。

満たす方法も判らず、ただ逃げ、さ迷ってきたのだ。

その黒い髪も汚れ、元は白かっただろう肌も日に焼かれ風にさらされ黒ずんでいた。

手足は細く、まとう衣も元の色以上に黒くなっていた。


 そうして丸くなりうずくまっていたノアがピクと起き上がる。

麓の方に気配があった。

まだ距離はあるがこちらに向かっている。

ノアは気配に敏感であり、さまざまな情報をそこから得ることが出きた。

危険な動物や虫を避け、食べられるものも気配で分かった。

今こちらに登ってくるのは人だ。

三人の登山者。一人は小さい、子供だろう。


 ノアは移動し出会わないようにした。

ほとんどの人はノアを恐れる。それは経験上解っていた。

恐れない人は、ノアを害する者だ。

影獣すら恐れぬハンターと言われる人間。

どちらともノアは会いたくなかった。


 いつものようにやり過ごそうとしていたが、突然ザワリと別の気配がわいた。

殺気をまとう影獣だ。

ノアは影獣を初めてみたので、何者かわからなかった。

影獣はノアではなく3人の登山者を狙っている。

さきほど感じた影獣の気配にノアは惹かれる。

意味は解らなかったが、それに触れたいと思ったのだった。


 ノアが影獣の所にたどり着いたとき、そこには惨殺され引き裂かれた3人の登山者の遺骸があった。

影獣の仕業なのだが、ノアはそれに気づかず近寄っていく。

影獣もノアに気付いたのだが、じっと留まっている。

利口な影獣ではなかったが、ノアが近づくにつれふんわりとした安心感を覚えていたのだ。

ノアが獣のもとに辿りつく。

すっと左手を伸ばし獣をなでた。

ザワリとした肌触りだが、嫌な気はしなかった。

獣も首をたれなでさせる。

 ノアは初めて自分を恐れず害さないものに出会ったのだ。

そうして撫でているとノアの左手が紫の光を帯びていく。

同時に獣が少しづつ薄くなっていく。

ノアが吸い取っているのだ。

そして撫で続ける中ついに獣は無くなってしまった。

ノアが未だかつて経験したことのなかった、あたたかさに満たされた。

(これがわたしのほしかったもの?)

ノアの体に熱と力が湧いてくる。

瞳にも赤い光が増し、体中を黒い炎が纏っていく。

それは小さな影獣の姿であった。


 そうして体に流れる満たされた力に酔っていると、突然気配がわいた。

後方から殺気だ。

気配に鋭いノアはその殺気から身をかわした。

ノアの先ほどまでいた地面に白木の矢が刺さった。

すっと気配の元を見れば、いままで隠していた気配があふれ出している。

手練れのハンターだ。

「影獣め、いつまでも人が貴様らを恐れると思うなよ」

言葉とともに大きな弓を引き、また矢を打った。

避けたつもりだったが、それはノアの肩に刺さった。

「ぐあああぁぁぁぁ!!」

ノアの喉が叫びを放つ。凄まじい痛みだった。

「死ね、聖水に浸して置いた白木の矢だ。貴様らにもよく効くものを人はみつけたのだ!」

3連射が来る。

痛みに耐えながらノアは身をよじり、後ろの林に逃げ込んだ。

ハンターは追ってくるが、すぐに諦めたようだ。

森はそこから深く、獣を追うにはわずかな隙間を進まねばならなかったのだ。

ハンターの男は、道にもどり手を合わせる。

「なんとむごい‥‥子供もいるではないか。影獣め‥‥次は逃さぬ」

男はその後3人の被害者を弔い、遺品をオフィスに持ち替えるのであった。

人型の小さな影獣の仕業であると情報を添えて。




森を走るノアは泣いていた。

傷も痛いのだが、ハンターの殺気のほうが痛かった。

ノアは人の感情が暖かさや痛みとして感じられるのだった。



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