【第27話:ゆるされないこと】
「とても大事なお仕事があるのよ」
セルミアの目にはやさしい光がある。
微笑みと慈しみの光だ。
セルミアの部屋に左手前に手を組み、直立する若いメイドが二人。
「森の下でハンターを迎え撃って、戦い始めたらここに逃げて来て。途中で死んではダメよ」
そう言ってセルミアは笑みを深くした。
にんまりだ。
若いメイドに許される受け答えは少ない。
承知いたしました、承ります、後ほど伺います。
否定できる言葉は教わらなかった。
先延ばしが最大限だった。
まして主人に意味を訊ねるなど、有ってはならないのだ。
『承知いたしました』
綺麗にそろって返答したのであった。
そうしてくるりと周り部屋を出るのだ。
途中で死ぬことは許されないと。
途中でなければ死んでも構わないと告げられて。
明後日に王都を立つことが決まり、カーニャはハンターオフィスに来ていた。
先日の誘拐未遂を受け、必ずユアかカーニャの前衛が武装し護衛することとした。
なので以前のように気軽に2人で出かけることはしなくなった。
4人で出かければいいのだが、折角の王都だし3人で楽しんでと言われたら、断れなかったのである。
ただでもカーニャは王都に着いてから単独で動くことが多い。
ユアはとても心配なのだが、言葉には出来ずにいた。
「他に参加者はいないか?!」
カウンターの左奥でメンバー募集しているのか声がした。
特に気に掛けずツンとしたカーニャはカウンターで届け出処理を進めるのだった。
「丘の離宮で影獣が出ると確認された!王都まで1日の距離である!」
聞き流していたカーニャも目を向けた。
「王都を守るため、手を貸してくれ!!報酬は格別だぞ!」
わいわいと人が集まっていった。
装備を見ればそれなりに手練れもいるようだ。
カーニャは少しだけ考え、ユア達には黙っていることとした。
折角の旅行をこれ以上自分の話で、暗くしたくないと思ったのだった。
「上にいったぞ!魔法撃てー!」
指揮を取っているハンターが叫ぶ。
人型の影獣は黒い血の筋を引きながら坂を登って行った。
動きは大分鈍くなっている。
まだ魔法使いの射程に居るはず、と声を限りに叫んだのだ。
色とりどり3色のマジックアローが飛び影に突き立つ。
マジックアローはほぼ回避不能な射撃だ。
残念ながら下半身に当たらなかったようで、獣は速度をおとしつつも坂を登り切りあちら側に倒れた。
「よし!仕留めにいくぞ」
『おーーー!』
声をそろえた6人のハンターが坂を追っていく。
「おねがいミシェリ‥‥おきてよ‥」
白黒のメイド服に包まれた体からは、次々と命が赤く流れ出している。
ああ、もうたすからない。わかっているのに同期のミシェリを抱きしめずにいられなかった。
何度も怖いメイド長に二人で怒られた。
「ノアお嬢様の髪を洗うときも、二人で乗り越えたじゃない」
だから起きてと願わずにいられない。
ハンター達の声が近づいてくる。
申し付け通りに、影を纏い誘い出してきた。
途中で足を打たれたジュリエラを庇いミシェリはハンターに向かったのだ。
途中で死ぬことは許されないのに。
自分を先に逃がすため頑張ってくれたのだ。
だんだんと腕の中の熱が失われていく。
両腕に限らず、全身の白衣部分が朱にそまる。
頭のプリムすら朱色になっただろう。
(わたしも一緒にいくねミシェリ)
そういって胸に抱いた同僚に頬を押し付けるのだった。
遂に坂を登り切ったハンターたちが、こちらを見て指さしている。
「居たぞ!あいつらは人に化けるらしいぞ!あいつで間違いない行け!」
そんな声を聞いたとき、奇跡は起こった。
ドン!!
そこには屋敷の2階の窓から飛んだノアが裸足で地を踏みしめていた。
どれほどの距離を飛んで来たのか。
通路になっている床石を踏み割っていた。
八の字に眉を下げてふるふる首を振っている。
真っ赤になったメイド達を見て。
ハンターの叫びがまた聞こえた。
ミシェリを抱くジュリエラにはもうよく聞こえなかった、血を流しすぎたのだ。
「なんか飛んで来たぞ!」
叫んだハンターの首が飛んだ。
ノアだった。
熟練のハンター達にも瞬間移動にしか見えない速度。
振りぬいた右手には黒々とまがまがしい爪。
影でできた爪だ。
ノアは泣いていた。
メイドが好きなわけではないと思っているが、自分で思った以上に怒りがわいた。
「よくも!!よくも!!」
怒りがノアの語彙を少なくした。
湧き上がる黒い炎はすでにノアの姿を隠してしまった。
二人目のハンターを襲おうと飛んだ時、そのハンターを庇う女がいた。
爪は女の背を切り裂き走り抜けた。
ノアは止めようとしたのだが、間に合わなかったのだ。
女を抱きしめたハンターが叫ぶ。
「このバケモノめ!!」
残っていた指揮官をふくむ3人のハンターが、その男を引きずり逃亡に移る。
ノアの動きを見て、敵うはずもないと判断。
即時撤退を選んだのだ。
ノアは振るった右手をみてまた震えていた。
影はすべてなくなり、黒いワンピース姿のノアだけが残っていたのだ。
(二人ころした)
ノアはショックを受けていた、バケモノと言われた熱い痛みよりもずっと。
急速に怒りが消え、心が冷えていくのを感じた。
(ころしてしまった?)
それは初めてノアが人間の命を奪った夜であった。
逃げていくハンターの絶叫がこだましてとどいた。
ゆるさないぞ、と。




