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【第18話:雨が濡らすもの】

 ひとまずはノアと接触し、ある程度知己を得たので良しとしたかどうか。

セルミアはノアと別れ、どうやって知るのか分からないが、隠れているスヴァイレクの隣に影から現れる。

「うまく話せていたかしら?」

自信のある声を聞くまでもなく首尾はよかったのだろう。

「私では測りかねますが、悪い評価にはなりますまい。あれでしたら」

ひざまずくスヴァイレクは無難な回答。

「色々あの子の事が解ったわ」

セルミアの笑顔には悪意が見えない。

「あの後色々文献も調べてみたのよ。詳しいものは無かったけど、伝聞の中に黒い女神の記述があった」

興味を持ったのか、顔を上げるスヴァイレク。

 彼らの間には基本的な身分の上下はない。

礼儀もあくまで両者の間に育まれなされる。

「黒い女神‥‥申し訳ありません耳にしたことは無いですね」

スヴァイレクににこっと微笑み説明を続ける。

「私も生まれれていないほど過去からの伝聞。神話と言っても良いわね」

話の規模についていけないスヴァイレク。

「金の女神が力を集め、黒の女神が影獣を生んだと書いてあった」

話が繋がり片眉が跳ねるスヴァイレク。

「あの黒い娘がそうだと?」

クスリと笑い続けるセルミア。

「まさか。でも能力を持っているのは確か。見てたでしょう?」

ここからノアと話すセルミアは表情までは分からない距離。

しかし言わんとしている事はスヴァイレクも観測した。

「影獣が大きく強くなったように見えました」

肯くセルミア。

「そう、間近で見たから間違いないと思う。あのノアと言う娘は左手で影獣を集め、右手からその力を影獣に与えられる。これだけは確かね。発動の条件はあの子にも分かっていないかもしれないけど」

スヴァイレクの目には理解の光。

セルミアもそれ以上は話さず、少し前に立ち去ったノアが向かった先を見る。

 雨がふりだした暗闇の先には何も確認できる事はなかった。




 ノアは闇夜の草原を歩いていく。

少し前から雨が降り出しその髪を濡らしていた。

風が強くないのでしとしとと小雨が、夜の草原にささやくように落ち葉を鳴らしている。

ペッタリと額に貼り付く濡れた髪を乱暴に後ろに撫でつける。現れたこれも黒い眉は八の字に下がっている。

少し寂しいのだ。

先程セルミアと会い、会話をして影獣を撫でた。

そんな痛みを伴わない触れ合いが恋しいのだ。

 獣が去った方向に、しばらく進んでいると、こんもりとした森が目に入る。

近付こうとして、ぱっと伏せ匂いを嗅ぐ。

ノアは風下に居た。

(あいつらだ。痛くするやつ)

ノアはハンター独特の匂いをすでに覚えていた。

森の中ではハンターのチームが3人で薪を囲んで野営していた。

以前のノアなら迷わず撤退し逃走していた。

今日はその楽しそうな声に興味を覚えたのだ。

殺気をだしていない彼らはあまり嫌なにおいがしないのもある。

少しだけ這ったまま森に近付き、様子を見た。

 若い3人組、一人は女の子だった。

おそらくDかEクラス、初心者であろう若い彼らは依頼の帰りなのか大荷物だった。

明るい話声は首尾が上等なのだろう。

もう明日にはスリックデンという辺りだ、少し油断していたのだろう、周囲警戒はおろそかだった。

 実はこの場所は夕方に野営を考え周囲探索していたとき、親切な女性に出会い教えてもらったのだ。

土地勘のあまりない初心者の彼らは礼を言い、ここで野営をしていた。

女性の顔はあまり特徴がなく良く覚えていないが、灰色のローブを着てサークレットを着けていた。

変装したセルミアである。

かつてカーニャの前に立った姿だ。

 さらに親切に警告までくれたのだ。

滅多なことではないが、ごく稀に少女に化けた影獣が出ると。

招待を知りたければ殺気を向けるだけで獣の姿になるだろうとも。

足は速くないが、とても強いので戦わず逃げるようにと。

そこまで仕込んで、ノアから離れた影獣にこちらに去るよう指示したのだ。

ノアは楽しそうに話す彼らを羨ましく思ったのだった。

(とてもあたたかくて甘い匂いだ)

フラフラと誘われるように近づいたのは、既にハンターへの警戒が少なくなっていたのもあった。

 かさりと音をわざと立て、彼らに近づくノア。

寂しそうな笑顔を浮かべ話しかけたのだ。

3人は緊張し警戒していたが、現れたのが女の子だったので緊張は切れた。

「とても楽しそう。わたしもいてもいいかな?」

勇気を出してふるえる声をかけたのだった。

話だけでもしたいなと、ちいさな声で。

 孤独を知らなかったノアは一人が当たり前に過ごせたが。

触れるぬくもりを知ってしまったので、恋しくなるのだ自分以外の存在が。

「こんな夜にどうしたの?一人なの?」

優しそうな女の子が心配して立ち上がった。

その向けられたいたわりは、とても甘やかだった。

 少しだけ笑顔に戻ったノアが暗闇から焚き木の明かりに近づく。

はっと3人が気付き緊張を高めた。

ノアの服も髪も黒ずくめで、まさに夕方親切に教わった容姿だったのだ。

一番背の高い男の子の後ろに女の子は隠れた。

3人の顔には嫌悪と恐怖が貼り付いていた。

「どうしたの?お話がしたいだけなの」

とは震えたノアのちいさな声。

 ノアは気配の変化に敏感だが、まだ話ができるつもりでいた。

目を見合わせた2人の男の子の一人が、女の子を庇いつつ荷物を拾ってさがる。

ノアは意味が分からずただ眺めていた。

準備が終わり、うなずきあった3人は一気に殺意を向け抜刀した。

殺気に敏感なノアは突然火でも当てられたように飛び退き影をまとった。

「逃げろ、アイシャ!レンも行け!」

一番大きな男の子が叫ぶ、その声に含まれる険悪がノアを打つ。

実際にぶたれたように顔を背けた。

剣を向ける男の子も少しづつ下がり、ノアに敵意を向ける。

「くるな!!バケモノ!!」

その声にノアは撃たれたようにうずくまる。

チャンスとばかりに素早く男の子は逃げ去った。

ノアはただただうずくまることしか出来なかった。

黒い影はもうまとっていない。

まとえないほど傷ついていたのだ。

しとしとと雨がノアを打つ音だけが流れる。

そうしてしばらく経った頃、ノアの口から絞り出すような呻きが流れ出す。

「あ‥‥あ‥あ」

絶望か。

「あ‥あ」

苦悶か。

「ああ‥あああ‥ああああ」

いや、悲哀だ。

「あああああああああああああああああ‥」

顔を上げたノアの両目から、雨と見間違いのない流れ出す涙。

ただただ不器用な泣き声だった。

過去に聞いた声までがノアを改めて傷つけた。

愛されないのだと。

矢傷や殺気の痛み以上にそれは、ノアに深い痛みを与えるのだった。


少しずつ激しくなる雨がノアを打つ。


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