【第12話:青い月夜の再来】
「ミーナ。これでは体があらえません」
ちゃぽん
がっちりと湯船の中でアミュアをホールドするミーナ。
前からアミュアの胸が変形する勢いで、ぎゅむっと顔から行っていた。
アミュア成分補給中である。
スリックデンのカーニャの実家である。
長旅の果てにスリックデンにたどり着いたユアとアミュア。
ハンターオフィスにより、途上で狩ったモンスター素材を、売ったり常設討伐に当てたりした。
あちらの町で散財した分は、すっかり賄えておつりが来た。
その後は真っすぐカーニャの家に来たのだが、屋敷に入って早々にミーナがお風呂どうぞと言って誘ったのだ。
しばらく宿に泊まれず、野営のときにタオルで拭いただけ。
時々アミュアの生活魔法で頭を洗ったりくらいしか出来ず、お風呂が恋しかった二人であった。
ミーナも一緒に入るとなって、今はアミュアとミーナ二人で入っていた。
いかな貴族邸宅とは言え3人入るほど大きなお風呂ではなかったので、ユアはお茶を飲んで待たせている。
「もうすぐ姉さまが帰宅しますので、ユアさんは姉さまと入るといいです!」
とはミーナの提案だったがユアは、べべ別に一人ではいれますわよ?などとカーニャみたいなことを言いテレテレであった。
一方のアミュア・ミーナはべったりで、体を洗うのも一苦労であった。
「ミーナもあらってあげますよ」
そう言ってミーナの背中を流すアミュア。
ミーナは素直に洗われ、子猫のように目を細めるのであった。
そうして交代で洗ってもらい、髪も流せたのだった。
2人なら割と余裕の大きさなので、頑張れば3人でも行けたかもであった。
ミーナたちがお風呂から上がり、客室で待つユアの元に戻った頃には、カーニャも戻りユアとお茶を飲んでいた。
「おかえりなさいアミュアちゃん、ごめんねミーナがわがまま言って。大変じゃなかった?お風呂」
「ただいまですカーニャさん。大丈夫ですミーナはとても良い子です」
「そうです姉さま、わたしアミュアさんの背中と髪を洗ってあげたんですよ」
わいわいと仲の良い姉妹とその友人たちであった。
前にも何度か泊まったが、快くカーニャ邸に宿泊の流れとなった。
食事の際にも4人で食べて、泊まる部屋はやはり年長組と年少?組になったのだった。
何度目かの宿泊だが、ユアとアミュアは、二人の両親と顔を合わせたことがないのだった。
さすがに3回も泊ってるのでご挨拶をと言ったユアにカーニャが答える。
「二人共、今日は出かけると言ってたので、ごめんなさい伝えておくわ」
と毎回同じ話をされるのであった。
その夜の裏庭。
カーニャ邸の裏庭はそれなりに大きく、手入れが行き届き毎回美しい姿で迎えてくれる。
今は夏に向かって、多くの花が開いていた。
カーニャ邸は紫の花が多く、白い金属のテーブルセットにも紫の小さな花が鉢植えで置かれている。
今夜はいつかの夜のように丁度半月であった。
カーニャもいつかのように物憂げに夜着で腰かけていた。
考えていたのは両親の事だ。
ユアに聞いてほしい気持ちと、聞かせたくない気持ち両方があるのだ。
18年生きてきたカーニャは、他人に頼ることはほとんどなかった。
優秀だったのもあるが、煩わしく思っていたのだ。
自分を理解してもらうのが。
ここ半年ちょっとの短い付き合いで、ユアはカーニャにとって掛け替えのない友となっていた。
本人が思うよりもずっと。
ユアはカーニャを理解しない。
きっとただ感じ取るのだ、色々な事を。
今日は先日ユアと話した時よりも早い時間だが、家人は気を使うのか裏庭には出てこない。
少し離れた所からユアが呼びかけてきた。
「カーニャ、少しだけ話しできるかな?」
ちょっと予想通りすぎるなと苦笑した顔を見せないように、月を仰いでからユアを見るカーニャであった。
「もしも迷惑じゃなかったら。一緒に旅に出ない?ひと月くらいでいいから」
パチパチっと瞬きしたカーニャが短く答える。
カーニャの優秀な頭でも予想できないのがユアである。
「急な話ね?」
「えへへ。今日ハンターオフィスで聞いてきてね、馬車を買おうと思うあたし達も」
まだ話が読み切れないカーニャは続きを待った。
「雪月山脈近辺の帰り道でね、結構魔物を狩ったの。多分シルヴァニアの結界が無くなってた」
椅子を動かして少しカーニャに近付くユア。
「その素材で一財産できたんだけど、オフィスで紹介してくれる店で十分な馬車が買えるのよ」
「なるほど、試運転も兼ねてってこと?人数で移動してみると足りないものに気付くかも?」
「ふふふさすが優秀カーニャさんだね」
「からかわないで」
すんっと顔をそらすカーニャは少しほほが赤い。
「ミーナちゃんも少しくらいなら旅行いけないかな?アミュアが喜ぶよ」
カーニャは人の思考を読む訓練もしたので、その一環で人の感情にも詳しくなっていた。
この一連の提案は、アミュアやミーナのためだけではなく、もちろんユアのためでもない。
ただただカーニャのために話しているのだと気づいてしまう。
すっと目を伏せるカーニャ。
(なさけないな、年下に気遣われるなんて)
思考はそう冷静に考えるが、ユアの優しさがじんわり心にしみるのだった。
「ありがとう、ミーナにも両親にも話してみるわ」
ユアは今日の両親不在の言い訳で、察してしまったのだろうカーニャと両親の不仲を。
カーニャは12才の折に、両親と仲たがいしていた。
ハンターになったのも両親への当てつけだ。
今でも顔を合わせるのはミーナの方が多く、両親とは最低限だ。
そこまで考えてふっと気づく。
ユアの家族はもういないのだと。
自然と視線はユアに向く。
陰りの無い笑顔で見返してくるユア。
(平気なはずがない、親の話題など)
カーニャは心の中で詫びる。
当てつける当てもない者に、なんて自分勝手な事で気遣いさせたのだろうと。
ただそっとユアの手を両手で取った。
言葉で詫びるのは重ねて失礼だと思ったのだ。
「きっと楽しい旅になるわね」
カーニャも今夜初めての曇りのない笑顔を作った。
出来ているといいな、とも思ったのだった。
少し高度をおとした月はカーニャの笑顔を照らした。
今日は座った位置がよかったのか、半分だけ照らすことはなかった。




