【第9話:おんなのこの魔法】
ノアは町を見下ろす丘の上に居た。
町の墓地である。
大きめの木に登り、太い枝を選んで座っている。
今朝までユア達を追いかけてきて、町に入る勇気は無かったので見晴らしの良い場所をとここに来たのだった。
今の町には暖かさとやわらかさしか感じないが、町と人々にはいい思い出がなかった。
そうして2人が入っていった町の入り口を、こそこそと監視していたのだ。
どれくらいそうしていたか、いつの間にか太陽が真上に来ていた。
移動の途中でもいできた野生のアケビを取り出し、ノアはもぐもぐしていた。
ふと異質な気配に振り返る。
後ろの森の中だ。
(これはあの影の獣の気配だ)
まだ少し距離があるが、気配は止まっている。
あちらもノアに気づいているのかも。
そう思ったノアは木から飛び降り気配に向かった。
森に入って行くノアを密かに監視する者がいた。
森の木々の間、影に沈むように隠れる男だ。
直ぐ側を通ったノアは気付かない。
それほど丁寧に隠れているのだ。
探知しようとしなければ気付けないだろう。
男はこの場所には相応しくない姿。
黒の燕尾服が鍛えられた身体を包んでいた。
ノアがその獣の前まで行くと、獣は伏せて動かずに待っていた。
視線がノアを捉えているので気付いていない訳ではない。
こんもりとノアの身長を超える巨体は、熊であろうか。
黒い炎が輪郭を覆い形はあいまいに見えるが、シルエットだけで熊だと感じられた。
躊躇うことなく近づいたノアは、しゃがみ込むと熊の頭をなでだした。
前回の記憶からかにっこり笑顔で無心になでている。
獣も目を閉じじっとしていた。
少しづつ黒い炎の輪郭は薄れていく。
同時にノアは強い多幸感を感じる。
撫でている左手には紫色の光がまとわれていた。
さらに続けるとついに熊は輪郭も定まらない影の塊になり、それもやがて消えた。
ノアは体中に巡る力に打ち震える。
叫びが喉を破りそうであった。
盛大な笑顔になり天を仰ぐ姿は、少しづつ大きく育っていく。
見た目の年齢が少し成長したのだ。
ローブをささやかな膨らみが押し上げ、腰も若干豊かになる。
身長が伸びた分素足と足首がローブから覗いた。
両腕にも力がみなぎってきて、傍らの大きな木に手をついた。
指先に力を込めると黒い影が爪となり食い込む。
ぎゅっと握り込むと、恐ろしいことに樹皮を切り裂き手の中に一塊握りとった。
ノアの手のひらの形以上に大きく、木はえぐられたのだった。
ノアはきょとんとそれを見ていた。
爪はもう消えていた。
手の中にあるそれをポイと投げ捨てる。
焦げ臭い香りと共に薄く煙がたなびいていた。
興味が無いのかノアはそれに気付かない。
ふと思い出したように、丘の上を目指した。
出口の監視に戻るのだろう。
大きな木の下まで戻ると、ひょいと簡単に元の場所に戻り座った。
何の準備もなく、膝もあまり曲げず跳んだのだ。
その身体能力は、強化魔法をまとったユアに匹敵した。
「一旦スリックデンに戻って、カーニャに馬車を返したいな」
医師と別れ部屋に戻ったユアは、ドレスを脱ぎながら話し出した。
アミュアも小物を外したり、手袋を脱いだりしている。
貸衣裳屋はもう閉店しているので、明日返却予定だ。
手際が良いユアはすでに下着だけになり、ベッドに腰掛け靴を脱ごうとしている。
「それが良いですね、10日位かかりますかね?」
アミュアも答えつつストンとドレスを落とした。小さかった頃よりあちこち引っかかったが、無事床にわだかまった。
「それが済んだらハンターオフィスに行って、依頼を受けつつ移動しよう。」
チラとアミュアを見るユア。
良いかな?という視線だ。
「それで良いです。行きたいところあるのです?ユアは」
答えるアミュアも隣のベッドに座り靴に取りかかっている。
アミュアはとても身体が柔らかく、ぺたりと胸がももに付いていた。
ユアは入浴の準備か、バックパックから新しい下着を出しながら答えた。
「特に希望ってことじゃないんだけど、南に行ってみない?」
靴を終えたアミュアは、躊躇なく下着も脱ぎだす。
「南は沢山の町が有りますね。王都も南かな?」
スリックデンから南の街道には、多くの歴史ある町や城塞都市がある。
ついに全部脱装したアミュアがそのままユアの隣に来る。
小さい頃と同じ動きなのだが、今のアミュアはあちこち揺れてユアはドキっとした。
全く気にせずユアの横で下着を漁るアミュア。
はっとユアは何かに気付き、あわててアミュアの肩を抱き、自分と視線を合わせさせる。
きょとんとするアミュアに、ユアはとても真剣な顔で話し出す。
「アミュア良く聞いて。これはあたしが13才になった年に……」
ユアはとつとつとアミュアに教える。
これは母が大事な事だと真剣に、何度も繰り返しユアに教えたことだと。
女の子の身体には特別な魔法があること。
男性には決して見せてはいけないこと。
簡単に男性に触ってはいけないこと。
意図せず男性を狂わせる魔力があるのだと。
自分が特別だと思った男性にだけ、裸を見せ触ることで魔法をかけるのだと。
あとは細かな女の身体の取り扱いなどを、ユアの母が言ったとおりに伝えた。
実は前の方はユアも理解していない。
後半は体験もあるので実感がこもる。
「アミュア急に大きくなったから、伝えるの忘れてたの」
そういったユアはアミュアの肩を離しぺたりと座った。
コテンと首をまげアミュアがつぶやく。
「魔法ですか?」
全く信じられない様子。
むむむと言った顔でベッドに立ち上がるアミュア。
ユアに向かい両足を大きく開き、腕を水平にあげた。
大の字だ。
腕を動かすと連動してぷるんと一部が揺れる。
「どうですか?ユア魔法ありそうですか?」
綺麗な白いアミュアを見上げながら、ユアが真剣な顔でじっと見て答える。
「特に特殊な気配はないな。女には発動しないんじゃないかな?」
と考察をのべ、ふとアミュアの下腹部を見る。
(大きくなったのにツルツルだ)
自分との違いを発見したが、特に魔力は感じ取れないユアであった。
全く理解が及ばないでいる、危うい2人であった。
優しく理性のある周りの男性に、感謝すべきである。




