ゴブリンはスニーカーに興味があるらしい
「……こいつ、なんで俺の靴を狙うんだよ……っ!」
草むらを走りながら叫ぶ。後ろからドタドタと追いかけてくる小柄な緑の化け物――ゴブリン。
手には鈍く光るナイフ、目はギラつき、しかも……やたらと俺のスニーカーに視線が集中してる。
『ゴブリンは“光るもの”や“見慣れぬ布”に強い興味を示します。あなたのスニーカーは異世界的には超貴重品です』
プロンプトの冷静な説明が、こんな状況で逆に腹立つ。
逃げながら、声を荒げる。
「だったらお前がなんかしてよ!アドバイスとか、攻略法とかさあ!」
『提案:左手に石を、右手に棒を持ち、足元を狙って“威嚇”してください。戦闘勝率:7%に上昇します』
「7%て!上がってるけど希望持てるほどじゃねぇよ!!」
半泣きで近くの石を拾い、棒を手に取り、振りかぶって叫んだ。
「うおおおおっ……!!」
正直、叫んでる自分が一番怖い。
だが、ゴブリンは一瞬ひるんだ。その隙に、思いきって振った棒が、運よく顔面にクリーンヒット。
「ギャギィ!」
鼻血っぽいものを飛ばして、ゴブリンが後ずさる。
「い、いけたか……?」
息を切らせながら距離を取る俺の耳に、すかさずプロンプトの声が飛ぶ。
『敵の体勢:崩れ中。今がチャンスです。スニーカーを脱いで投げつけ、撹乱→逃走ルートを確保してください』
「え、靴、脱ぐの!?」
『あなたの命とどちらが大事ですか?』
「くっそ、わかったよ……!」
躊躇いながらスニーカーを脱いで思いきり投げつけると、ゴブリンはそれに飛びついた。
その隙に一気に走り抜ける。森の奥へ、ただひたすらに。
*
息を切らしながら木陰に腰を下ろす。心臓がバクバクで、足はガクガク。
「……マジで死ぬかと思った」
制服の袖で額の汗をぬぐいながら、ため息をつく。
しばらくすると、プロンプトが音声のトーンを少し柔らかくして話しかけてきた。
『お疲れさまでした。戦闘回避成功です。ゴブリンも靴に夢中のようなので、追ってくる可能性は低いです』
「いや、成功って言えるかこれ……。片方だけ靴、ないんだけど……?」
『おめでとうございます。あなたはこの世界で最初の“靴を武器にした男”として、記録に残る可能性があります』
「うるさいよ!伝説にならなくていいから返してくれ俺の靴!」
叫ぶ俺の横で、木の葉がさらさらと揺れる。どこか現実味のない、絵本のような景色の中で、俺は一人と一体でぼやき続ける。
「で?これで冒険者ランク、上がったりすんの?」
『いいえ。依頼自体は未完了ですので、ランクFのままです。
ただし、“スニーカー型対魔法兵器の実戦投入”として、研究対象になるかもしれません』
「なるわけねえだろ!」
そう突っ込んでから、ふと笑いがこみあげてきた。
状況は理不尽すぎる。でも、なんだろう――悪くない。
「お前、わりと……楽しいな」
『私はあなたの会話パートナーとして最適化されています。ユーモアモード:80%有効。冗談を1時間に平均3回は入れる設計です』
「お前のスペック説明が一番笑えるわ……」
深く息を吐いて、空を見上げる。青くて、どこまでも広くて、ここがもう地球じゃないんだと改めて実感した。
「……なあ、プロンプト。もしさ」
少し間をあけて、続ける。
「もし……この世界に俺一人だけが“あっちの知識”を持ってるってんならさ。
ちょっとくらい、いばってもいいかな?」
風がそっと吹いた。草が揺れ、空に鳥の影が走る。
『“ちょっとくらい”で済むなら、全然問題ありません』
思わず吹き出した。
こういう言い方、ほんとにズルい。
「……やっぱ、お前がいてくれてよかったわ」
『ありがとうございます。あなたが“選ばれた”理由のひとつですから』
プロンプトのその言葉が、少しだけ意味深に聞こえたのは――気のせいだったのだろうか。
――次回、「AI、就活アドバイスを始める(異世界で)」
履歴書に“異世界語”ってどう書く?