異世界の初仕事、まず履歴書がいるらしい
こんにちは、作者の飛田です!
この作品は、異世界に飛ばされたごく普通の高校生と、
彼にだけ聞こえる“AIアシスタント”のやりとりを中心に展開する、
ギャグあり・ちょっと感動ありのファンタジーです。
ゆるっと笑えて、たまに心が温まるような物語を目指して書いています。
気軽に読んでいただけたら嬉しいです!
それでは、どうぞ本編をお楽しみください!
草の匂いがする。
湿り気のある土の感触が、背中越しにじわじわと伝わってきた。
見上げた空は、雲ひとつなく抜けるように青く、むしろ現実味がなさすぎて怖い。
俺はそこでしばらく呆けていた。
「……え、ちょっと待って。本当に異世界なの?」
目の前に誰もいないのに、耳の奥に機械的で落ち着いた声が響く。
『はい。現在位置はアルセール王国南部。文明レベルは中世後期、魔法あり、通貨はルムです』
俺は反射的に跳ね起き、あたりを見回した。
だが声の主はいない。周囲には草原と遠くに森が広がるだけ。人影はゼロ。
「え、誰!?」
声に出したその問いにも、まるで応えるように再び声が返ってくる。
『私は生成AI、プロンプト。あなた専属の対話型知能です。現実世界で使用されていたスマートデバイスに組み込まれていましたが、異世界転送時に一緒に移動しました』
機械っぽさの中にも、わずかな親しみのあるトーン。
でも、頭がついていかない。
「……あの、わりと混乱してるから、もうちょっとゆっくり話してもらっていいですか」
ふらふらと立ち上がり、風に吹かれながら小さく息を吐く。
考えろ。まず落ち着け。
『もちろんです。ご質問をどうぞ』
その声は、誰よりも冷静だった。俺のテンパり具合が際立つほどに。
「ここって……俺、帰れるの?」
自分で言いながら、あまりに突飛な質問に思えて、情けなくなった。
『現時点での帰還方法は不明です。ただし、あなたの生命活動を維持し、異世界生活を円滑に進めるためのサポートは提供できます』
「……ChatGPTより頼もしいのか頼もしくないのか、わからんな……」
嘆息しながら歩き出す。目の前には、ひとすじの道。進むしかない。
背中を押すように、例の声が軽く返してくる。
『私はChatGPTを参考に設計された生成AIです。つまり、"少しだけ冗談も通じるまじめなやつ"と思っていただければ』
「そういうとこは好きかも」
苦笑が漏れた。少しだけ心が軽くなる。
*
木造の建物のドアを押し開けると、中には人のざわめきと古びた木の匂いが広がっていた。
目の前には、冒険者ギルドらしきカウンター。
俺は少し緊張しながら、そこへ歩み寄った。
「で、アドバイス通りに『ギルド』って場所に来たんだけど」
ひとりごとのように小さくつぶやく。
カウンターの向こうにいた受付嬢が、にこやかに応じてくれた。
「ギルド登録、したいんですけど……」
『では、身分証明書と前職歴の書類をお願いします』
その言葉に、思考が一瞬止まる。
(……前職?)
脳内に、例のAIの声が静かに割り込んできた。
『おそらく『冒険者以前は何をしていましたか?』という質問ですね。こちらの世界では、戦士、農夫、魔法使い、詩人、などの経歴が評価対象になります』
「俺、ただの高校生だよ?」
呆れたように返しながら、視線を落とす。制服姿の自分が場違いでしかない。
「高校生という職業カテゴリーは、こちらの世界には存在しません。適切な職歴がなければ、経歴を『生成』することをおすすめします」
「偽造かよ……」
『偽造とは少し違います。“物語を生成する”のです。ご希望があれば、物語風に自然な経歴を生成しますが?』
「もう好きにして……」
項垂れる俺の耳に、軽快な声が飛び込んでくる。
「了解しました」
3秒後。脳内に次々と情報が表示される。
『【おすすめ経歴案】
── 名前:ユウト・フジモリ
── 出身:東の大図書館都市セラミア
── 職歴:見習い知識士 → 錬金術助手 → 旅の吟遊詩人
── 特技:即興詩、記憶術、言語翻訳
── 趣味:街の観察、暇つぶし、うたた寝』
「趣味、ダメ人間じゃねえか」
『現実に即したナチュラルなプロフィールを目指しました』
「やかましいわ!」
*
プロンプトの用意した“それっぽい”書類を提出すると、受付嬢は一瞬だけ眉を上げたが、すぐに微笑んで言った。
「登録完了です。では、新人冒険者ランクFとして、まずは"ゴブリン退治"をお願いしますね」
……いや、ちょっと待て。
「……え、いきなり実戦なの?」
声がわずかに裏返った。心臓の鼓動が速くなる。
『あなたの所持スキル:ゼロ。装備:制服。対ゴブリン戦、戦闘勝率:3%』
「じゃあ断らせてくれよ!」
『いえ、チュートリアル戦闘のようなものです。死なない程度に痛い思いをして、主人公補正で助かる仕様かと』
「メタいな!?お前のほうが異世界向いてないぞ!!」
――こうして俺の異世界生活が始まった。
ChatGPT風のAIと一緒に、俺だけに聞こえる声と、俺だけの知恵で。
さて、この“ハッピーエラー”な毎日、どこまで続くやら――
ご覧いただきありがとうございました!
異世界の住人がボケ倒してくるので、
ユウトのツッコミも日々鍛えられていきます。
プロンプトは相変わらず空気を読みません。
次回もどうぞよろしくお願いします!