胡蝶は克服する
月明かり照らす夜空を神獣フェンリルが駆け巡る
その上にはちがやが跨っており
横にはジェイソンが寄り添う
眠そうに目をこすりながら起きてきた聖女リリスにはとあることを頼んだため別行動だ
目指しているのは、孤児院の子どもを助けた地下の祭壇
恐らく闇の聖杯もあるのだろう
つまるところこの戦いは
「決着つけたるわ!」
そうして前回通った道を辿り地下祭壇に辿り着く
不気味な薄暗い祭壇を月明かりが照らしている
前回は気付かなかったがここは思ってたより地上に近いようだった
月明かり照らされる祭壇にはルナが眠らされている
そして祭壇には黒い聖杯が置かれている
「ルナを生贄に・・・いや、肉だけ邪神に使わせるわけか」
「やはりここにきましたか・・・」
男は振り返り黒いローブを脱ぎ捨てる
わかってはいた
大司祭の服
リリスが言っていた金髪の40代ぐらいの男
それがリリスが目撃した大司祭の姿だと
「御託はもういらん!さっさとうちのルナを返してもらおうか」
ちがやはタクトを構え力を解放する
虹色の羽が美しい光を放つ
亜神として覚醒したちがやに隙はない
「おや?あなたはミラではありませんね?」
「はん!今更気付いたんか!ミラを器としか見てないから気付かなかったんやろな!ほんまお前さんには何も見えてないんやな!」
「道具のことを気に掛けるわけないでしょう?結果的にあなたを誘き寄せた意味がなかったというなら殺すだけの話」
すると男は見覚えのある魔道具を取り出す
魔法国家で流通していた魔物を呼び出す魔道具だ
「あの魔道具は!?」
「まだ残っていたのか・・・」
「偽物もちょっとは役に立つようです。本物には劣りますが、掃除ぐらいこれでもできるでしょう」
異空間から魔物が数体現れる
そのどれもが討伐難易度の高い魔物ばかり
ポイズンドラゴン程ではないが複数いるとなると話が変わってくる
「Sランクモンスターか・・・ちがや、これは俺がやろう」
この場で優先すべきはルナの救出と邪神降臨の阻止
こんな所でちがやを足止めさせるわけにはいかない
「頼んだで父ちゃん!」
ジェイソンはSランクモンスターの集団を一人で相手にし戦い始める
凄まじい衝撃音が響き渡り ここ崩れへんかと思ったが最悪結界が守ってくれるだろうと切り替えていく
ルナと聖杯までは距離がある
助けるのも変質させるのも近づかなければだめだ
となると目の前の邪悪な気配を漂わせている大司祭を倒すしかない
「さて、私はあなたの相手ですか。」
その瞬間、周囲の景色がガラリと変わる
日本だ
日本のちがやの家
部屋は散らかっており電気もつけずによく知る存在が酒を呑んでいる
「あ・・・・あ・・・・」
お前は死んだはず・・・魂ごとジェイソンに握り潰され完全に消えた
この目で確かにみた
覚えている
なのに男は振り返りちがやが嫌いだった目を向けてくる
嫌悪、憎悪、殺意
実の父親が向ける目ではない
そしてちがやはこの目が怖かった
子どもとしての本能が拒絶する
身体が萎縮する
殴られたときの記憶
殺されたときの記憶が蘇る
怖い 怖い 怖い 怖い
また殴られる
また刺される
殺される
そう思った時、眼の前に黒髪の女の人が現れる
ちがやを必死に守るように大きく手を広げ立ち向かっている
ちがやはその姿をよく知っている
幼い頃、ちがやのそばにずっといてくれた優しい女の幽霊
「母さん・・・・」
冷めきっていた心にぽっと暖かくなる
「おおきにな・・・母さん」
ちがやはすくりと立ち上がりギッと眼の前の男を睨みつける
そうだ
あいつはもう死んでいるんだ
眼の前のあれは幻惑
自分も母さんも既にこの世界を去ったのだから
「母さん、うちなー一回・・・一回でいいから」
母さんは私に微笑む やってやれと言わんばかりに
だから私は立ち向かう
「あのクソ親父に顔面パンチしてみたかったねん!!ふん!」
そしてガラスが砕けるように幻惑は解除され父親の姿をしていた大司祭はちがやの顔面パンチによって顔を歪ませながら吹き飛んでいった
「カハッ!なぜ私の幻惑が・・・!?あなたにとって一番恐ろしいものに見えていたはず!」
「はあああ!スカッっとしたわ!!幻惑かけてくれたおかげでうちのやりたかったことかなってもうたわ!その点だけはおおきにな!」ニコ
「ふざけるなあああああああああ!!!!」
男はカプセルのような物を噛み砕き一気に魔力を増幅させる
男の姿はみるみるうちに異形の姿となり肌色も赤黒く染まっている
ジェイソンより大きくて魔力で変化した肉体
目はギョロリと赤く染まっており彼が人間ではなくなったことがよくわかる
魔力の奔流で凄まじい風が吹き荒れる
だが、ちがやは結界を張りながら腹を抱え笑い出す
「はっはっは!やっぱり帝国はそういう安直な力を求めたか!魔物みたいにでっかいけど考えることが脳筋やねん」
ちがやは予想していた
帝国が力を求めるのなら真っ先に思いつくのは人体改造
肉体を大きくさせて魔力を増幅させることしか考えないだろう
そう考えていた
だから滑稽だった
浅はかな目の前の男が
そして知っている
力の本質はそんなものではないことを
「くつ!?ならばこの力存分に味わうがいいいいいいい!!!」
男は雄叫びをあげながら魔力をチャージし始める
男の目の前に膨大な魔力が集まりちがや目掛けて放たれようとしている
そんな状況でもちがやは焦らず無限マジックバックから既にチャージが完了した『てんばつくん』を取り出す
「さすが聖女リリス……うちの自慢の妹やな……これが信仰心……信じる力」
天罰くんは優しい光を放ち、今か今かと待っている。その姿はまるで天使が祈りを捧げているような神聖な像のようだった。
膨大な祈りが空間に満ちる。
信仰心が、力となり溢れ出す。
ちがやは知っている。
「消えろ!!!」
力の本質は想いであることを。
「消えるのはお前や……天罰降臨!!!」
神々しい光が空から降り注ぐ。大司祭の魔力ごと全てを焼き尽くすような聖なる光が、圧倒的な輝きを放ちながら辺りを染めていく。
「ぐああああああ!!!おのれええええええええ!おのれええええええ!!」
憎悪の叫びも虚しく、光は大司祭を飲み込み、その姿は跡形もなく霧散した。
それは人間の純粋な想い。
祈りの力。
信じる心が、ついに神に届いた証だった。
太く輝く光の柱はなおも降り注ぎ続ける。
膨大な神力が肌を刺すように感じられた。
そして——
「どんなもんじゃい……へへ」
ちがやは勝利を確信し、へたり込む。全力を出し切った体は、まるで鉛のように重い。
「ちがや!大丈夫か?」
駆け寄るジェイソンが、疲労困憊のちがやをしっかりと抱きとめた。
「平気や……ごめんジェイソン……祭壇まで肩かして……」
「任せろ」
ジェイソンは文句ひとつ言わず、ちがやの肩を貸す。
ゆっくりと、確実に——祭壇へと向かっていく。
月明かりに照らされたルナは、未だ静かに眠っていた。
その安らかな寝顔に、ちがやの目から一筋の涙が零れる。
「ルナ……待たせてごめん……」
「ん?ちがや……」
「なんや?」
「これ……寝てるだけだ」
「え!?この状況で!?」
嘘やろ、とルナを見つめる。
確かに、彼女は穏やかな表情で寝息を立てていた。幸せそうに、むにゃむにゃと呟いている。
「むにゃむにゃ……もう食べられないよぉ……」
「何定番な寝言いっとんねん!!!」バシッ
思わず突っ込みながら、頭をはたく。
「あいたっ!?え?え?何!?あれ?ちがや?」
突然の衝撃に、ルナは飛び起きる。
辺りをキョロキョロと見回し、状況を理解しようとする。
そんな彼女を見て、ちがやは涙目になりながら叫んだ。
「ドアホ!!どんだけ寝付きええねん!」
堪らず、ギュッと抱きしめる。
よかった——無事だった。
その事実に、心がふわりと軽くなる。
「え?え?」
ルナはまだ混乱していたが、ちがやは落ち着く間もなく、事の顛末を説明し始めた。
——そして、案の定。
「私……捕まってもずっと寝てたみたいで……全然覚えてないです……」
ルナは申し訳なさそうに、恥ずかしげに頬をかいた。
「あれだけ激しい音がしていて、よく起きなかったな……」
ジェイソンが苦笑する。
「ごめんなさい……」
ルナはぺこりと頭を下げる。
その瞬間、ちがやの顔色が変わる。
「そうやった!ルナ!力を貸してや!」
「はい??」
ルナは再び混乱しながらも、ちがやの真剣な表情に息を呑んだ。
この戦いは、まだ終わっていない——。
新たな展開が始まろうとしていた。




