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胡蝶、奪われる

その日の夜

宿屋の窓辺から星空を眺めながら、一人考えにふける。

 癒やしの女神リファから頼まれた邪神のこと。

 このままでは世界が危ない。

 だから、その顕現を阻止するのは当然。

 だけど……。


「闇の聖杯……」


 帝国が作り上げたミラの代用品。

 黒い盃の形をしているらしい。

 それに生命は宿っておらず、破壊しても問題はない。

 でも、ミラと同じ“器”と思うと、どうしても壊したくない。


 ミラは人間で、聖杯は道具。

 違いは明らかだし、誰も何も言わないだろう。

 それでも、心がズキズキと痛む。


 今日も夜空を照らす星が美しい。

 久しぶりに満月が顔を出している。

 ルナと初めて空を飛んだあの日を思い出す。


「うぅむ……ルナが恋しくなってきた」


 隣の部屋にいるし、布団に潜り込もうかな――そう思い、そっと部屋を出る。

 そして、ルナが寝ている部屋の扉を開けた。


 すると、そこには黒いローブを着た怪しい男が。

 ルナを横抱きにし、まさに部屋から出て行こうとしていた。


「ルナに何すんねん!!!」


 咄嗟に男を狙って魔法を放つ。

 しかし、ルナがいることに気づき、急いで軌道を逸らした。


 その隙に、男は窓から外へと跳躍。

 慌てて駆け寄ったが、見下ろした時にはすでにルナ共々姿を消していた。


「ちがや!!」


 背後から聞こえた力強い声。

 振り向くと、ジェイソンが険しい顔で立っていた。


「ジェイソン……ルナが……ルナが……」


 言葉にならなかった。

 ただ、涙が止まらない。

 ジェイソンが部屋まで駆けつけてくれたのに、私は泣きつくことしかできなかった。


 悔しい、悔しい。

 大切な家族を――ルナを奪われた。


 私の姉が攫われた。


 悔しい、悔しい。


 なんで私は、肝心なところで無力なんだ。


 少しずつ、少しずつ強くなっていることは実感していた。

 でも、でも……。


 私はいつも調子に乗って。

 力に奢って。

 仲間に甘えて。


 私は……。


『ウチだって守りたい時があるねん!!』


 何が“守る”だ。


「畜生……畜生……」


 拳を強く握りしめる。

 私は――家族すら守れないんだ。


「すまない……守ると誓ったのに、俺は……」


 ジェイソンが、低く苦しそうに呟く。


 違う。


「ジェイソンは悪くない」


 確かに、ジェイソンはいつも守ってくれた。

 どんな時も、私たちのそばにいてくれた。


 でも、それは私が甘えすぎていただけ。


 ジェイソンは、悪くない。


「ご主人」


 不意に聞こえた、冷静な声。


「ポチ……?」


 振り向くと、白い狼の姿がそこにあった。


「私は、ルナの匂いをよく覚えています。なので、あの男とルナがいる場所はわかっています。まだ、間に合うんです」


 ポチの言葉に、胸の奥で何かが弾けた。


 そうだ、そうだった。

 諦めるのは、まだ早い。


 奪われたなら、取り戻せばいい。


 ウチは……何をとち狂ってたんや。


「お姉ちゃん……?何かあったのですか?」


 振り向くと、寝ぼけ眼の少女が立っていた。


 ――小さな家族、そして大切な仲間たち。


 今度こそ、絶対に守る。


「……行くで」


 涙を拭い、決意を込めて。


「ウチがルナを取り返すんや!!」



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