枢機卿は苦労人
枢機卿。それは宗教国家のナンバーツーで、教皇に次ぐ権力を持つ存在。
その男は教皇の部下とは思えないほど、愛想が良く、気さくで誰にでも平等だ。
しかし、そんな枢機卿でも、今の聖女には手を焼いているようだ。
扉を開けてもらい、目の前に誰もいないことに気づくと、ふと気配を感じて下を見ると、怒った表情の聖女が立っていた。
自分はただ教皇に頼まれて交渉に来ただけなのに、何がそんなに怒っているのか分からない。
彼女は、子供の頃から見てきた娘のような存在。
それが、こんなに怒っているのは一体どういうことだろう。
これはちょっとまずいなと思いながらも、よくよく考えるとその理由が意外にも可愛いものだと気づく。
「父親に会いたい」と言って、まだ子供らしい一面を見せている彼女に、少し安心してしまう。
最近は状況が悪化し、離れていたから仕方ない。
寂しさを感じているのだろう。
そう思っていると、周りの様子がおかしい。
みんな、凄く慌てている。
確かに現状では合わせるのは危険だが、ここまで慌てることか?
と考えていると、ちがや嬢が彼女を止めてくれていた。
教皇の隠し子で、神の器としての適性を持つ唯一の存在。彼女を狙う者を恐れた教皇は、彼女を平民として育て、監視を続けていた。
しかし、ある日、監視の目をかいくぐって帝国に誘拐されてしまった。
もちろん、私たちは救出の手筈を整えたが、彼女を保護したのは意外にも、後ろに立つジェイソンという男だった。そのため、私の指示は監視に変更された。
彼女が自力で帰ってくるとは思わなかったが、成長したものだ。
幼少期から見守ってきたが、その噂を耳にしていた。
ふと、親目線で彼女を見守っていると、我に返る。
「何ぼーっとしてんの?仕事で疲れてんのか?」
「あ、いや、失礼…大丈夫です。」
まずい、今は仕事中だ。職務を全うしないと。
「まずは、聖女様を保護してくださったこと、孤児院の子供たちを救ってくださったこと、感謝します。」
「ふむ…感謝は受け取るけど、別にやりたくてやっただけやから、まあええねん。」
どうやら、暗に本題に入ってほしいと言いたいらしい。
この子、なかなかせっかちだな。
「では、報酬の話を。」
「それはいらん。」
「え?でも、正当な対価を…」
「依頼受けとらんからな。まあ、くれるって言うなら、冒険者の依頼として処理してくれるならそれでええわ。最近依頼受けてないから、そろそろヤバいねん。」
「掛け合ってみます…」
事後報告だから少し難しいが、やるしかない。
大金を要求しているわけじゃない。これなら譲歩するべきだろう。
「あと、堅苦しく話さんでええで。うちもこんな感じやし、気を使わんでええよ。」
おや?この子、意外と人を見ているな。
それとも、聖女様から聞いていたのか?
まあ、どちらにしても楽でいい。
「ははは、それはすまなかったな。仕事だからと思っていたけど、まさか見破られるとは!あ、そんなに警戒しなくてもいいよ!俺はただ聖女様の体質について伝えに来ただけだから。」
「体質?」
「ん?」
「聖女様にも聞いてほしいことがあるんだ。聖女として力を振るうと、どうしても一時的に寝込んでしまうだろう。もうわかっていると思うけど、どうしてだと思う?」
「疲れ…ではないってことか?」
「それもあるかもしれないけど、聖女様は祈りを捧げることで神から力を授かっているんだ。聖女様の力は魔力とも神力とも違う。御使いとしての特別な力なんだ。」
「つまり、力には上限があるっちゅうことか。そんで、その力を補充する方法が祈り…はぁー!聖女って、ほんまに特別やな!」
「ちがやも大概だけどね…でも、魔力でも枯渇すれば体調を崩す、それと同じようなものってことだね。」
「そう、今回は特に力を使いすぎたから寝込んだんだろうね。普段は教会に来た人を回復させるぐらいだったから。」
「あ!まさか…うちのせい?」
「何かあったのか?」
「やってもうた…リリス、ごめんな…」
「あれは本当に素晴らしいものだった!私も知らなかったから、私にも責任があるよ。だから気にしないで!」
「ほんま、ごめん…」
「まあ、いいか…。とにかく、回復するには祈りを捧げる必要がある。教会に行くか、御神体を作って祈るだけでもいい。」
「御神体なんてもってへんで!…てか、どんな神様かも知らんし。」
「御神体って、特別なものじゃないんだ。例えば十字架を御神体として見立てて祈るとか。」
「それなら、確か持っとったな!あれって御神体の代わりになるんやな…知らんかったわ。」
「まあ、国民は手を合わせて祈るだけでもいいんだよ。聖女様はそこだけ少し厳しくて。」
「神様的には違うんやろな…。うちからしたら、どっちでもええやろって思うけど。」
「まあ、儀式みたいなものだから。祈り自体はどんな方法でも届いているよ。」
「なるほどなー!うちも試しにやってみよか!」
「では、一緒に祈ってみましょう。こうやるんですよ、お姉ちゃん。」
「おぉ!頼んだで!」
神を知らないと言いながらも、祈りを捧げること自体には特に疑問を持っていないのか…。
枢機卿としては、少し気になっていたが、それも自由だ。
「ん?」
なんか、この二人、光ってないか?
祈りを捧げる姿は微笑ましいが、どうも普通ではないようだ。
「ジェイソン殿…あの二人、光ってますよね?」
「あ、あぁ…間違いない…」
やっぱり間違いなかった。
最近仕事が続いて疲れているせいか、少し疑ってしまったが、確かに二人は神々しい光を放ちながら祈っている。
こんなこと、初めて見た。
「リリスの祈りって、いつもあんな感じじゃないんですか!?」
「見た目は普通です!普通!あんなに光ることはありません!ていうか眩しい!!」
聖女様は特別だけど、こんなに神々しい光を放って祈っているわけじゃない。
普通に祈っているように見えるのに、この現象は、まるで神と直接対話しているようだ。
とはいえ、祈りの最中に止めるわけにもいかない。それはさすがに無礼だ。
迷っていると、光が収まり、二人はすっと立ち上がった。
「リリスと祈ったおかげで、神様に会えるとはなー!驚きや!」
「マジで!?」
「ん?ほんまやで?私たちのこと、どんな風に見えてたか知らんけど。」
無自覚って、怖い…
「光ってた…すんごい光ってたよ…」
「ほんま?まぁ、あんなこと起きればそりゃ光るかー!あっはっはっは!」
彼女たちは豪快に笑っているけれど、これ、本当に凄いことだからね…。
「はっ!?もしや、ちがや嬢も聖女様に!?」
「いや、それはあかんやろ…。そんなにポンポン聖女生まれるか!っちゅうか、うちのガラちゃうわ。」
でも、ポンポン生まれる瞬間を見た気がするけど…。
「その辺り、どうだったの、リリス?」
「そこまでは、何も…」
「聖女様が違うって言うなら、そうなんだろう…あの…これ、教皇に報告してもいいのだろうか?一応、仕事だから報告の義務があるんだが…」
申し訳ないが、こればかりは仕事なんだ!頼む!
「んー」
「教皇なら問題ないんじゃない?広められると困るけど。」
「せやな!」
「ありがとう…いやぁ、中間管理職も大変でね…」
教皇が人望のある人で良かった。
ありがとう、上司。
「ご苦労様やな…上はいいけど、下が問題あるし。」
「それな!さすが、話がわかる!」
わかってくれる人が少ないから、本当に話しやすいな!
「ほなら、さっさと問題片付けなあかんな!神様からも頼まれてもーたし!」
「へ?」




