積み重ねる胡蝶
翌日
ちがや達はドワーフ達の信頼を得るために冒険者ギルドで街のためになりそうな依頼を受注した
依頼のランクはどれも低く、本来なら駆け出し冒険者がやるような仕事だ
だが、ちがや達の目的は『報酬』ではなく『信頼』だ
そのためなら誰もやりたがらない低ランクの依頼でも受けようと決めていたのだ
坑道の中、ちがやたちは黙々と鉱石を運んでいた。
ふと、頭上から響く重たい声。
「おい、そこの冒険者ども!」
声の主は、屈強なドワーフの鉱山親方。
分厚い腕を組み、煤けた髭を撫でながら睨んでくる。
「お前ら、どこの鍛冶屋の手先だ?」
ちがやは一瞬、意味が分からず首を傾げる。
「え? うちら鍛冶職人ちゃうで?」
「ほぉん?」
ドワーフの親方は目を細める。
「この鉱山に入ってくるヤツってのは、たいてい『どこの鍛冶屋が引っ張ってきたか』で態度が変わるんだ。
最近は、帝国の息がかかった鍛冶屋も多いからな……」
「帝国の……?」
ルナが眉をひそめる。
「お前ら、まさか帝国の犬じゃねぇよな?」
ちがやは、苦笑しながら腕を組んだ。
「んなわけあるかい。こちとら何度も帝国と敵対しとるわ!」
「……ほぉ?」
ドワーフの親方はじろりとちがやを見つめる。
少しの沈黙の後、親方は重いツルハシを地面に突き立てた。
「なら、証明してみせろ。」
坑道の奥を指さす。
「そこで採れる《赤鉄鉱》はめちゃくちゃ重いんだが、これを運べるなら……信じてやらんこともねぇ。」
「しゃーない、やったるか!」
そう言って、ちがやたちは腕まくりしながら鉱石運びに挑んだ。
「ねぇ、丁寧に運んだらええんよな?」
「ん?そりゃあ大切なものだからな。運べれば問題ねぇが・・・」
ちがやはほいっとマジックバッグに収納し指定の場所に移動した
傷一つなくだ
「魔法・・・なのか?」
ルナやリリスが魔法で浮遊させながら運んでいるので同じなのか尋ねた
「みたいなもんやな。ほいっと」
次々と運ばれる光景に呆気に取られる
「これはいい鍛錬になるな」
ハンスは重いはずの鉱石を何度も上下に動かしながら運び込んでいる
ジェイソンはその倍の量を箱にいれてまとめて運んでいる
「へへ・・・なにもんだよこいつら」
その後も真面目に働くちがや達を見て信じるしかねぇよなと思い直すドワーフなのだった
――――――
工房の中はいつものように熱気に包まれていた。
炉の中で真っ赤に燃える鉄。
あちこちでカンカンと槌の音が響き、職人たちが忙しなく動き回る。
そんな中、見慣れない一団が工房に足を踏み入れた。
「へぇ……あんたらが手伝いに来た冒険者か。」
親方である俺は、手を止めずに槌を振るいながらそいつらを値踏みする。
一番前に立つのは、小柄な少女。
年は若いが、目つきが鋭い。
後ろには、気品のある銀髪の娘と、神聖な雰囲気を纏った少女。
そして、一目で並外れた実力を持つと分かる男――そいつを見た瞬間、工房の空気がピリッと引き締まった。
「悪いが、素人がいじっていい道具なんざねえぞ。せいぜい雑用くらいだな。」
経験の浅い冒険者が鍛冶場に入るとロクなことにならねぇ。
道具を壊すか、火傷するかのどっちかだ。
だが、少女――ちがやと名乗ったその子は、肩をすくめて軽く笑った。
「別にええで。雑用でもなんでもやったる。」
その言葉に、俺は「ほう?」と眉を上げた。
こいつ、見た目に似合わず根性あるな。
「じゃあ試しに……そこの鋼材を選んでみろ。」
工房の隅に積まれた何種類もの鋼材を指差す。
「いい武器を作るには、適切な素材選びが大事だ。せっかくだ、お前らの“目利き”を見せてみろ。」
素材の良し悪しを見極められるかどうかで、こいつらの本物度が分かるってもんだ。
少女は腕を組み、仲間たちと何やら相談を始めた。
それを横目で眺めながら、俺は黙って槌を振るう。
「お、ジェイソンのナタに使ったミスリルやな。」
「……お?」
一発目からミスリルを選び出したちがやに、俺は思わず槌を止める。
「この鋼の中だとどれがいい?」
試しに、少しクセのある鋼をどさっと積んでみせた。
こういうもんは見た目じゃ分かりづらい。
商人崩れの小娘に選べるとは思えねぇが――
「これやな。」
即答だった。
「なぜそう思った?」
「鉱石のことはよー知らんけど密度とか? ぶっちゃけ、うち商人でもあるからそっち方面の目利きやな。」
なるほど。
確かに、同じように見える鋼でも密度や硬度は微妙に違う。
職人なら経験と手の感覚で分かるが、こいつはそれを“商人の目”で見抜いたってわけか。
「ほぉ……」
なかなか見どころがあるじゃねえか。
「こんなもんでええか?」
「……あぁ。」
それから、ちがやたちは黙々と仕事をこなし始めた。
運び方はそれぞれ違ったが、どいつもこいつも扱いが丁寧だ。
特に、仮面の男――ジェイソンの力は凄まじく、鋼材の塊を軽々と運んでいく。
一方で、ルナとリリスは魔法で素材を浮遊させ、器用に動かしていた。
そして、ちがやは……。
「……?」
あいつ、どこ行った?
キョロキョロと視線を泳がせると、いつの間にか俺の横に立っていた。
「親方、これ。」
そう言って差し出されたのは、水筒だった。
「……お前、なんだこれは。」
「いや、水分補給と塩分補給は大事やからな? ほっといたら働きすぎて倒れそうやし。」
「っ……」
俺は思わず絶句した。
確かに、この工房の温度は常人にはキツい。
新人の職人なんて、最初のうちはよく倒れる。
だが、この少女はそんなことを気にして差し入れを持ってきたってのか?
水筒を受け取り、一口飲む。
喉を潤す冷たい水が、火照った体に染み渡る。
「……頼んじゃいねぇが、ありがとよ。」
ちがやはニッと笑い、次の作業に向かった。
「ったく……変な奴だぜ。」
思わず、口元が緩むのを感じた。
やがて仕事が終わり、一息つく頃。
俺は、作業を終えたちがやに声をかけた。
「ちがや、この後軽く付き合ってくれねぇか。奢るからよ。」
「お?」
少女が首を傾げる。
「酒場か?」
「おうよ。」
くいっと盃を煽る仕草を見せると、ちがやは苦笑しながら首を振った。
「悪いけど、うちは未成年やから酒は飲めんで?」
「ちっ、そうだったか。……まぁいい、ジュースでも飲めや。」
「ほな、お言葉に甘えよか。」
こうして、俺たちは鍛冶場を後にし、酒場へと向かうのだった――。
――――――
仕事終わりのドワーフたちが集まる酒場。
カウンターには、見慣れた顔の職人たちが並んでいた。
「おう、ちがや!」
店主のドワーフが、大きなジョッキを片手にニヤリと笑う。
「最近、鉱山や鍛冶屋でコツコツ働いてるって聞いたぞ?」
「まぁな。うちら、ドワーフの信頼を得たいねん。」
「……信頼ねぇ。」
カウンターの隅で、年配のドワーフが苦い顔をした。
彼は長年この街で働いてきたらしく、どこか物悲しい雰囲気を漂わせている。
「昔はよ……こんなに静かな街じゃなかったんだ。」
「静か?」
ちがやはジュースを手にしながら、ドワーフの言葉を待った。
「そうさ。昔は、鍛冶場の火は一晩中燃えてたし、どの店も活気があった。
道を歩けば、あちこちでドワーフのガキどもが駆け回ってたもんだ。」
「……確かに、ドワーフの街って割には、子供をあんまり見かけへんな。」
ルナが周囲を見渡しながら呟く。
「そりゃあ、そうだ。」
別のドワーフが、苦々しく酒をあおる。
「500年前のあの裏切りのせいでな……多くのドワーフが、この街を捨てて他国に移ったんだよ。」
「……え?」
ちがやの手が、一瞬止まる。
「帝国に裏切られた後、ドワーフたちはどうするか考えたんだ。
このままここに残るか、それとも新天地を求めるか……。」
「結局、半分近くが街を出ていった。」
「そんなに……!?」
驚いたようにリリスが声を上げる。
「そりゃそうだろ。」
店主がため息混じりに言う。
「帝国が、勇者を裏切った時、俺たちもハッキリ悟ったんだよ。
『いずれ俺たちも、同じ目に遭う』ってな。」
「それで、帝国の支配下を抜け出したわけか。」
「……おうよ。ドワーフたちは腕がいい。だから他国でも歓迎されたんだ。
中には立派な鍛冶屋を開いた奴もいるし、どっかの王国に仕えてる奴もいる。」
「へぇ……」
「けどな。」
ドワーフの一人が、酒をじっくりと味わいながら言った。
「ここに残った俺たちは、意地でもドワーフの誇りを守りたかったんだ。」
「誇り?」
「帝国は俺たちの技術を利用しようとした。
だからこそ、『あんな連中には絶対に魂を売らねぇ』って決めたんだよ。」
ちがやは、その言葉にじっと耳を傾けた。
「けどな……」
年配のドワーフが静かに呟く。
「昔みたいに、家族みんなで鍛冶場を囲んで仕事してたあの頃に比べると……今は寂しいもんさ。」
彼の視線の先には、ぽつぽつとしか灯りのついていない街並みがあった。
かつては、ここに多くのドワーフたちが暮らし、笑い合っていたのだろう。
「……せやな。」
ちがやはジュースのグラスを握りしめる。
「帝国のせいで、ここを去らなあかんかったんやな。」
「そうだ。でも、それでも俺たちはここに残った。」
店主が笑う。
「だから、お前たちみたいに街のために働いてくれる奴らがいるのは、ちょっと嬉しいんだぜ?」
「……!」
ちがやは目を丸くする。
「まぁ、まだ完全には信用しねぇがな。」
「ははっ、それは当然やな!」
ちがやはグラスを掲げ、ドワーフたちとジュースで乾杯した。
――帝国は確かに酷いことをした。でも、それでもここに残り続けたドワーフたちは、誇りを捨てなかった。
それが、この街の「誇り」なんやな。
ちがやはその思いを胸に刻み込んだ。
ドワーフたちの話を聞きながら、ちがやは静かに考えていた。
――ドワーフの技術は世界に広がった。でも、その代償として、彼らはバラバラになってもうた。
帝国の裏切りのせいで、多くのドワーフたちは新天地を求めて散り散りになった。
だが、それぞれの国で活躍し、腕を振るいながら生きている。
「……せやけど、もし――」
ちがやは、ジュースのグラスを片手にふと呟く。
「もし、ドワーフたちがもう一度“繋がる”方法があったら、どうやろ?」
「繋がる?」
酒場のドワーフたちが、不思議そうにちがやを見る。
「せや。今のままやと、バラバラになったドワーフの技術も、それぞれの国に散らばったままやろ? けどな……冒険者ギルドみたいな、“国に依存せえへん組織”があれば、世界中のドワーフが繋がることができるんちゃう?」
その言葉に、酒場の空気が一瞬静まる。
「……お前、何を言い出すかと思えば。」
年配のドワーフが、渋い顔で笑った。
「鍛冶屋にギルドなんざ、必要ねぇだろ。俺たちは鍛冶場にこもって仕事してりゃ、それでいいんだ。」
「そりゃあ、ここに残ったドワーフはそうかもしれへん。でも、他国に散ったドワーフはどうや? みんな孤立して、国に従うしかなくなってるんちゃうん?」
「……!」
ドワーフたちが思わず顔を見合わせる。
「せやから、国に頼らず、ドワーフ同士で助け合える仕組みを作ればええんちゃう?
例えば、各国のドワーフが情報交換できる場を作るとか、技術を共有できる場を作るとか。」
「……」
ちがやは、静かに拳を握る。
「ここに残ったドワーフたちは、誇りを持って生きてる。でもな、帝国のせいで別れ別れになった仲間たちは、ほんまにそれでええんか?」
「……」
酒場の空気が、少しずつ変わっていく。
「せやから、“鍛冶ギルド”を作るんや。」
ちがやの目が、強く輝く。
「“鍛冶ギルド”を作れば、ドワーフはもう一度繋がることができる。
国に縛られず、自由に技術を伝え合い、助け合えるんや。」
酒場のドワーフたちは、一瞬沈黙した。
――そして、誰かがポツリと呟く。
「……おもしれぇ。」
低く、しかしどこか力強い声だった。
「鍛冶ギルド……か。」
店主のドワーフが、目を細めてちがやを見る。
「正直なところ、最初はお前らのこと、あんまり信用してなかった。」
「せやろな。」
「だが……お前らは、街のために働いた。お前らは“口だけ”の帝国の連中とは違う。」
店主はニヤリと笑う。
「……もし本気でそれをやるってんなら、俺たちも考えてやるぜ?」
「……!」
ちがやは、ぎゅっと拳を握る。
――ドワーフたちはまだ半信半疑や。でも、確かに、希望の種は蒔かれた。
「……せやな。ほんまにやるんやったら、まずは色々と準備せなな。」
ちがやは、ゆっくりと息を吐き、目の前のドワーフたちを見渡した。
――“鍛冶ギルド”を創る。
それは、ただの思いつきやない。
帝国によってバラバラになったドワーフたちを、もう一度繋げるための第一歩なんや。
この街のドワーフたちと共に、ちがやの新たな挑戦が始まる――!