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ドワーフと勇者

宿の一室。

ランプの炎が静かに揺れ、外からはかすかに街の喧騒が聞こえてくる。


その音を聞きながら、ちがやは腕を組み、テーブルの上に広げた地図を睨みつけた。

ドワーフの街の周囲には、帝国の拠点がいくつもある。

この状況、どう見ても危険やん……。


「ドワーフと帝国の関係は最悪やな。」


ぽつりと呟くと、仲間たちの視線が集まった。


「一応、帝国の自治区ってことになっとるけど……要するに、帝国がドワーフたちの技術力を手放したくなかっただけってことやろ? ハンス、ジェイソン、ここまでは間違いないか?」


「……あぁ、俺がいない間に何も変わってないなら、その認識で合ってる。」


地図を覗き込みながら、ハンスが静かに答えた。


「すまんが、俺は詳しくない。ほとんど山にこもってたからな。」


ジェイソンは腕を組み、無表情のままそう言う。

ちがやは二人を見て、改めて思う。


――そっか、この二人、帝国出身やったな。


とはいえ、ジェイソンは 帝国の山奥で隠遁生活、ハンスは ダストエンドに囚われの身。

そら、帝国の最新事情なんて知るわけないわな。


「まぁ、ええわ。今回の話し合いは情報共有が目的やしな。」


ちがやは軽く息を吐き、テーブルを指でトントンと叩く。


――問題は、この街が 帝国にとって重要でありながら、手を出せない という状況や。


均衡が保たれているように見えるが、そのバランスは紙一重。

ちょっとした理由をつけて、帝国が 強引に攻め込んできてもおかしくない。


「……そもそもやけど、なんで帝国は今までこの街に手を出せんかったん?」


ふと浮かんだ疑問を口にすると、ハンスが少し渋い顔をした。


「500年前に結ばれた《ドワーフ自治条約》があるからだ。」


ちがやは眉をひそめる。


「は? なんやそれ?」


「帝国とドワーフの間で結ばれた条約だよ。」


ハンスは言いながら、指で地図の一角をトントンと叩く。


「簡単に言えば、『帝国はドワーフの街の自治権を認める』 という内容だ。」


「そんなもん、帝国が破ろうと思えば破れるんちゃう?」


ちがやがそう言うと、ハンスは静かに首を振った。


「それが、そう簡単にはいかないんだ。」


彼の表情には、少し厳しいものがあった。


「この条約が結ばれた背景には、勇者の存在が関わってる。」


「勇者?」


「そう。500年前、勇者とドワーフたちは魔王討伐で協力していた。

でも、魔王を倒した後、帝国は勇者を裏切った。」


――帝国の裏切り。

ちがやは、思わず拳を握った。


「その結果、ドワーフたちは激怒し、帝国に対して反乱を起こしかけた。

けど、勇者が仲裁に入り、『ドワーフの街の自治権を認めるなら矛を収める』 と帝国に迫ったんだ。」


「つまり、その場しのぎで結ばれた条約ってことか?」


「まぁ、そうだな。でも、それだけじゃない。この条約には“破ったらまずい”理由がある。」


ハンスの声が一層低くなる。


「もし帝国がこの条約を破ったら……“勇者の遺志を継ぐ者”が立ち上がる、って言い伝えがあるんだ。」


その場に、わずかな沈黙が流れた。


「勇者の遺志……?」


ルナが静かに眉を寄せる。


「まるで、勇者が今も生きてるみたいな言い方やな。」


「そう聞こえるかもしれないな。」


ハンスは肩をすくめたが、その顔は真剣そのものだった。


「だから帝国も、あえて手を出さずに、この街をじわじわと弱らせる作戦を取っているんだ。」


ちがやは腕を組みながら、考えを巡らせる。

帝国は、ドワーフの街を力づくで奪うのではなく、経済的に追い詰めようとしている……。


「それだけじゃない。」


ジェイソンが低い声で口を開いた。


「帝国内には、ドワーフたちを支持する貴族派閥がいる。

もし帝国がドワーフの街を武力で奪おうとすれば、“帝国内で内乱が起こる可能性”がある。」


「……それは、帝国にとってもリスクやな。」


ハンスが頷く。


「そうだ。だからこそ、帝国は慎重になっている。今はまだな。」


「まだ?」


「ちがや、今、帝国が何をしているか分かるか?」


ハンスの問いに、ちがやは息を呑んだ。


「……戦争の準備を進めているんやな。」


「その通りだ。」


ちがやは 軽く頭を振り、息を吐いた。


「……知らん間に、うち、焦ってたんかもな。」


「一人で抱え込むなって、いつも言ってるでしょ? ダメよ、ちがや。」


ルナが優しく諭す。


「うぅ……ほんますまん……考え出したら止まらんでな……。」


「ちがやは、考え込むと 顎に手を当てる から分かりやすいな。」


ハンスが クスッと笑う。


ちがやは 思わずバッと手を下ろし、顔を赤らめた。


「えっち……。」


「……。」


「……。」


ジェイソンの 威圧がハンスに向けられる。


ハンス、即座に目を泳がせて 「いや、冗談だって!!」 と必死の弁明。


リリスは 何がエッチなのか分からず、ポカンとしている。


「よしよし。」


ちがやは リリスの頭を撫でると、ポチが嫉妬したように「クゥン……」と小さく鳴いた。


「はいはい、ポチもな~!」


こうして、緊張感漂う作戦会議は、一旦の休息へと向かった――。


焦りは禁物や。


そして、もう一つ。


……ルナの 腹が、そろそろ限界だったのもある


 


 翌日。


しっかりと布団で眠ったおかげか、頭がすっきりしている。

寝起きはいいほうだ。


――その代わり、一度寝るとなかなか起きないらしいが。


だが、今日は体調も万全だ。


ルナは相変わらず寝起きが悪いため、起きるまで放っておくことにしている。

以前、一度起こしにいったら寝ぼけたルナに捕まって抱き枕にされたことがあった。

それ以来、彼女が起きるまでは 待つ ことに徹している。


「お姉ちゃん、おはようございます。」


我が妹ながら、リリスもすっきりとした顔をしている。

まだ早朝なので余裕はあるが、彼女には毎日の日課があるため、朝が早いのだろう。


――それにしても、なぜいつも こっちを向いて 祈りを捧げるのだろう?


邪魔をしたら悪いと思い、いつも何も言わずにいたが……。

自分が亜神ということもあり、まさかな……と考えてしまう。


「リリス……信仰対象、神様なんよな?」


「はい! もちろんです!」


――なぜだろう。

噛み合っているようで、どこか噛み合っていない気がする。


だが、満面の笑みを浮かべるリリスを見ると、深く追求する気にはなれなかった。


そんなことを考えていると、早朝ランニングから戻ってきた ジェイソンとハンス が姿を見せた。


基礎トレーニングは 日課になっている ようで、最初は死にかけのような顔をしていたハンスにも 余裕が見られる。


タオルとスポドリを手渡すと、ごくごくと勢いよく飲み干した。


「ぷは! いつもありがとう! 今日も死ぬかと思ったぜ!」


――一体毎朝何をやっているんだろう?


ハンスはそんなことを言いながらも、笑顔で応えている。

本当に死ぬ気でやっていたのか、疑問が湧くほどに。


「毎朝何やってるん? 走ってるだけちゃうやろ?」


「ランニングからの筋トレ、剣の基本動作、そして 模擬戦 だ……最後だけ いつも必死 なんだ……」


ジェイソンが 加減なし に迫ってくる姿が容易に想像できる。


なるほど……確かに、死ぬ気でやっている ようだ。


げんなりとした顔のハンスが、少し気の毒になった。


とはいえ、この二人の関係性は 不思議 だ。


師匠と弟子のはずなのに、遠慮なく言いたいことを言い合い、距離感も近い。


ハンスなら敬語で イエスマン になりそうなものなのに、そうでもない。

意外と 反骨精神 があるのかもしれない。


「ジェイソン的には、今のハンスは帝国でどの程度の強さなん?」


「ん? まぁ、人間程度なら造作もないだろうな」


人間程度ってなんだ?


強くなっていることは分かっていたが、そこまで 魔改造 されているのか?


「いやいや、帝国には猛者が多いんだよ。実を言うと 俺の姉 には今でも 敵わない ような気がする」


ハンスは王族だから兄妹がいるとは思っていたが、そんなに強い姉がいるのか。


帝国の王族で、ハンスの姉――。


どんなムキムキマッチョな女性なんだろうか……。


いや、さすがに女性だし、そこまでマッチョではないか。

どうにも帝国の人間 = ジェイソン というイメージが強すぎる。


最初の印象って、なかなか消えないものだ。


「皆、早いわね……ふわ~」


だらしない格好のルナ が、寝ぼけたまま起きてきた。


――胸元が はだけていて、とても いやらしい。


ルナはハンスのことなんて 意識していない ため、無防備そのもの。

しかし、ハンスは咄嗟に 顔をそらしている。


この むっつりめ……。


またジェイソンに睨まれろ。


寝ぼけているルナの 身なりを整える。


公爵令嬢だからか、誰かに 世話を焼かれることに慣れている ようだ。

なすがままのルナを見ていると、改めて 「お嬢様なんだな」 と実感する。


朝食を食べさせると、ようやくシャキリとした。


――ルナの将来が心配だ。


平和な朝。


だが、やるべきことは山積み だ。


窓の外に広がる 青空 を見上げ、ちがやは やる気を奮い立たせる のだった。

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