還ってきた帝国第一王子
商業国家のダストエンドで囚われていた第一王子ハンスは、ついに帝国へと繋がる国境の街に辿り着いた。
この国境を越えれば、そこは帝国内。
まさか、再び帝国の地を踏める日が来るとは思ってもみなかった。
捕らえられ、奴隷の首輪をつけられたとき、正直すべてを諦めていた。
もし、ちがやと出会っていなければ、自分がどうなっていたのかも分からない。
――そんなことを考えながら街を歩いていると、妙な違和感を覚えた。
国境の街にしては、人が少なく、活気がない。
商業国家のトレードフロントとは大違いだ。
「嫌な予感がするな……」
帝国の状況については、商業国家の国王から話を聞いていたが、想像以上に深刻なのかもしれない。
胸騒ぎを覚え、自然と足が速まる。
やがて、国境の門へと辿り着いた。
そこには、ただ一人の青年警備兵が立っていた。
だが、門を通る者は誰もいない。
「すまない、国境を通りたい」
素直にそう告げると、青年は頑なに通そうとしなかった。
「悪いことは言わない。今、帝国に行くのはやめておけ」
彼の言いたいことは分かる。
国内の情勢が逼迫している以上、危険を承知で通そうとはしないだろう。
彼が門を閉ざしているのは、意地悪などではなく、帝国を訪れる人々の命を案じてのこと。
門番として、誠実な青年だ。
――だが、それでは困る。
自分はここで足を止めるわけにはいかない。
そう思い、帝国王族の紋章が刻まれた小刀を取り出した。
これを見れば、彼も一目で察するはずだ。
「……あんた、まさか……いや、聞くのは野暮ってもんだな」
彼は勘の鋭い男だった。
すべてを察しながらも、何も聞かず、笑顔で道を開けてくれる。
「ありがとう」
礼を告げると、小さな声で「国を頼む」と言われた。
「無論だ」
そう頷くと、彼は優しい眼差しで見送ってくれた。
――この国のために、自分は戻ってきたのだから。
捕らわれていた不甲斐ない自分を、それでも信じ、送り出してくれた彼に感謝しながら、ハンスは帝国の大地へと足を踏み入れた。
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街道を歩き、辺境の街フロストに辿り着いた。
だが、以前と比べて活気がない。
街の雰囲気は暗く、道端には貧困層と思われる人々が力なく横たわっている。
「元からこうなんか?」
ちがやも、この異常に気づいたのか、俺に尋ねてくる。
「ここまで酷くはなかった。
国境が閉じてなかった時は、もう少しマシだったはずだ」
国境が封鎖された影響で、物流が止まり、経済が回らなくなっているのかもしれない。
だが、だからといって国境を開けるのは危険だ。
門番の言うとおり、出ていくのは問題ないが、入るのは死に直結する恐れがある。
「帝国からの支援も期待できないだろうな……」
内からも外からも、支援が得られない。
そういうことなのかもしれない。
「おっちゃん、この街に商業ギルドある? ほい」
ちがやが、道端に座る男にパンを手渡しながら尋ねる。
「助かる……。商業ギルドならあるが、流通が止まっているせいで閑古鳥が鳴いてるぞ」
食糧と引き換えに情報を引き出す。
こういうときのちがやの行動力には、さすがと言うほかない。
「ちなみに、おっちゃんたち、働こうと思えば働けるか?」
「そりゃあ、飯が食えるようになるなら働きたいが……」
「そうか。なら、これを配って、まずは力をつけといてな。
これから忙しくなるで」
ちがやがにやりと笑い、商業ギルドへと向かう。
――こういうところだ。
ちがやの、決して諦めない不屈の精神 に憧れたんだ。
そして、助けを求める人の手を、迷わず取れる優しさ。
胸が熱くなり、俺も走ってついていく。
商業国家ではできなかったことを、ここで俺もやってみせる。
商業ギルドの扉を勢いよく開ける。
バンッ!
「ひっ!」
突然の音に、暇そうなギルド職員がビクリと飛び起きた。
どうやら、本当に閑古鳥が鳴いている らしい。
「暇そうやな」
ちがやが、少し怒ったように言う。
「国境が閉じられてるんで、仕方ないんです……」
確かに、彼女の言い分にも一理ある。
だが――ちがやは許さないだろう。
なぜなら、この 商業ギルドには『共有マジックボックス』がある からだ。
「ウチの 共有マジックボックス があるやろ?
あれを使えば、国境なんて関係ない。
そう考えんかったんか?」
あれは、商業ギルド同士で物を共有できる機能を持っている。
国境が閉じているからといって、物流が止まるのは 怠慢 でしかない。
「まぁええ、これを商業国家のギルマスに送ってや」
「は、はい!」
ちがやがその場で書いた手紙を送り、すぐに返事が届く。
――そして、大量の物資が転送されてきた。
ギルマスも、手紙を読んでギョッとしたことだろう。
何せ、書かれていたのは 『物資を送りまくれ』 の一言だけなのだから。
「これで流通は開通した。
あとは、この街の商人叩き起こして働かせ!」
「いますぐに!!」
……こんな簡単なことだったのか?
いや、ちがやの 影響力 もあるのだろう。
それにしても、たった五分で 止まっていた物流を再開 させるとは思わなかった。
すると、先ほどまで野垂れ死にそうだった男たちが、ぞろぞろとやってきた。
「これが元手や」 ドンッ!
「この恩は必ず返す! ありがとう!」
「利子なしで貸すだけやぞ」
「……わ、わかってますとも……」
なんだか、「くれないのかよ」 という顔をしている。
まぁ、利子なし という時点で、十分良心的だろう。
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そうして、辺境の街はたった一日で物流が動き出したのだった。
「でも、この街、衛生面が悪そうやったな。
ハンス、これを排水溝にぶん投げていって。一気に綺麗になるから」
「よし、任せろ!」
これだよ、これ! こういうの、ずっとやりたかったんだよな!
ほい、ほい、ほい!
投げ込んだ「洗浄くん」が排水溝に落ちた瞬間、汚れがみるみる落ちていく。
……それだけじゃない。
なんと、水や半径10メートルの空間までもが、一瞬にして清潔になった。
「うお、すげぇ……これは、間隔考えて投げんとあかんな」
次々と投げ込んでいくと、排水溝だけでなく、広場や路地裏までもが瞬時に浄化されていく。
これがちがやの技術力……恐るべし。
そうこうしていると――
ちがやが 超広範囲の回復魔法 を街全体に展開し始めた。
「おぉ……!」
街が、光に包まれる――
あれは ルナが水を引いて くれたのか?
さらに、浄化の魔法らしきものも展開されている……リリスだろうか?
……なら、俺も負けてられない!
「ほいっ! ほいっ! ほいっ!」
夢中で「洗浄くん」を投げ込み、ひたすら街の浄化に貢献する。
そして――
辺境の街は、わずか一日で生まれ変わった。
物資も食糧も、街全体に行き渡り、活気が戻りつつある。
人々の顔にも、笑顔が戻った。
「……やったな」
そう呟くと、ちがやが 満足げに笑っていた