大賢者アトソンの敗北
「やはり勝ちましたね……」
王宮の窓から一部始終を見ていたリリスが呟いた。
「そんな馬鹿な!? あれは魔物のような生易しいものではないのだぞ!?」
「ほう、何故それを知っている? 大賢者アトソン」
「賢者故に知っていた。それだけのことだ……」
「聖女である私の前で、神に誓えますか?」
「っ……」
「大賢者アトソン、あなたが魔道具をばらまいていたことは既にわかっています。言い逃れはできませんよ」
威厳のある声でリリスが問い詰めると、案の定、アトソンは王にナイフを突き刺そうとした。
だが……
「させるか!」
「くっ! どけ!」
「無駄だよ」
ハンスがナイフを蹴り上げ、誰もいない場所へと転がしてしまう。
賢者アトソンは細身のため、大柄な大商人の身体からは抜け出せない。
武器も失い、万事休すといった時、聞きなれた声が響いた。
「大賢者アトソン、私のことを覚えているか?」
聞きなれた声……だが、やつは既に死んだはず……。
そう思いつつ後ろを振り向くと、そこにはバルザックの姿があった。
「バルザック!? なぜお前がここに!?」
「ちがやに頼まれてな。ふふ、どうだ? 切り札を倒され、聖女もいる。証拠も揃っている。完全に詰みだろう?」
ちがやの『ぎそうくん』の効果によって見た目も声も変えていたその姿が、今、明かされる。
バルザックは、かつてちがやに敗北した屈辱を、今度はアトソンに味わわせるかのように、にやりと笑った。
「……」
「ちなみに帰り際に残党も捕まえた」
―――ドサッ―――
「諦めなさい。あなたは長年計画を練っていたようですが、私も同じくらいあなたのことを見てきました。残念です、アトソン」
「育ててやった恩を忘れたか、第三王女ミカ」
「忘れていないからこそ、あなたを止めたのですよ。師であるあなたが、これ以上過ちを犯さないように……」
「ははは、くだらない……何年かけたと思っている……。少しずつ国を支配下に置き、バレないように種を蒔いてきた……なのに、なぜ……なぜこんなぽっと出の商人に台無しにされなければならん!?」
「バルザックと戦った時点で、お前の運命は決まっていたっちゅーだけや。お前が最初から何もしなければ、破滅なんかせずに済んだんやけどな」
「子夢ちがや……!」
「アトソン、これがちがやのもたらす完全敗北だ。いっそ清々しいだろう?」
「……そうだな」
「それに、あの戦いを見ていて何か思わなかったか?」
「え?」
「協力して共に戦う姿は、昔の私達のようだった。喧嘩しながらも国のために働き、同じ未来を目指した……。あの時のちがや達を見ていたら、俺は思い出したぞ」
「っ!?」
「私もお前も、裁かれた後にやり直せばいい。罪を償わねばならないのは、俺も同じだからな」
「バルザック……っ」
こうしてアトソンの反逆は幕を閉じた。
バルザックとアトソンは捕縛され、数年間牢獄で過ごすことになったが、情状酌量の余地ありとして処刑だけは免れたのだった。
ミカは二人の面会に度々訪れ、釈放されるその時まで甲斐甲斐しく面倒を見たのだった。
そして、ちがや達は……
「この度の功績、真に大義であった。このレオナルド・オルゴンの名において――」
「あ、爵位とかいらんで。金も」
「え? では、功績の報酬が……」
「ほなら、帝国のこと教えてや。うちら次は帝国に向かう予定やねん。だから、情報を報酬ってことにしてくれへん?」
「わかった……」
そこから出るわ出るわ、帝国の問題の数々。
・魔王国に宣戦布告した結果、内乱が勃発
・内乱が酷すぎて戦争どころではなくなった
・魔王国側は善政を敷いているため、戦う理由がない
―― こいつらアホなん?
山のような問題にちがやは頭を抱えた。
「これまたやること多そうやな」
「でも、やるんでしょ?」
「ま、やらんとあかんやろ。ハンスの願いやし」
「お前達……」
「ちがやさん、無理はなさらないでくださいね?」
「おおきに!」ぎゅっ
「はわっ!? なんですか、突然!?」
「友達のこと泣かせんように、頑張るわミカ」
「友達……はい!」
こうして商業国家での全てが終わりを迎え、
ちがや達は新たな国、帝国へと旅立っていくのだった。