商業国家の大賢者
ハンスを抱えて商都まで飛行し、ようやく辿り着いた。
都のはずなのに、街は不気味なほど静かだ。
家の中から こっそり 覗いている住民がいるということは、全員が家の中に隠れている?
念のため 結界くん を展開させながら歩いていると、街中なのに魔物が現れた。
すぐさま ジェイソン が対応し、難なく撃退したが…… 街の中で魔物が現れる など ありえないこと だ。
もしかして、これを恐れて家の中に避難している?
でも、どこから湧いて出てきた?
魔物避けの結界 と 警備兵 は何をしている?
ここに来る前、警備兵は 門の前にしっかりいたはず だ。
街の周囲には 大きな壁 もあった。
飛べない魔物 が 簡単に侵入できる場所ではない。
……なのに、先程から何度も 魔物が襲ってくる。
ランクは そこまで高くない魔物 だが、一般市民は死んでしまうだろう。
そんな時──
魔物に襲われている少女を発見した。
「ポチ!」
「ガルル!」
魔物をポチが食い殺すと、空気中に霧散していった。
彼女に視線を向けると、目をまんまるにして驚いているようだ。
フェンリル形態になったポチは目立つからな と納得していると、少女が話しかけてきた。
「助けていただいてありがとうございます。……お強いのですね?」
紫色の綺麗な髪 を三つ編みにして、一つにまとめている。
学者のようなベレー帽 が隅に落ちており、身なりも落ち着いている。
──ちがやと 同じぐらい小柄で華奢な女の子 が、へたり込んでいた。
「大丈夫か? 怪我は?」
ちがやが手を貸すと、すくり と立ち上がり、首を振る。
どうやら負傷はしていないようだ、と一安心した。
「帽子と本、あなたのよね。はい。」
ルナ が落ちていた帽子と本を拾い、埃を払ってから手渡す。
それらを受け取り、身なりを整えた彼女を見て、ふと気づく。
「もしかして……学者か?」
賢そうな見た目に、ベレー帽と本。
この国の賢者に類する存在かもしれない。
「似たようなものですね。
私はこの国の 第三王女・ミカ。
成り立てですが、賢者なんです。」
「第三王女って……姫様か!?」
「はい……」
「ごめんなさい、私たち 何かと姫様に縁があって。
こうも偶然が重なるとは思ってなくて……」
「なるほど。」
「とりあえず、安全な場所に避難しないか?
さっきから ひっきりなし に魔物が襲ってくるんだが……」
ジェイソンとハンスが対応してくれたことを思い出し、一時的な避難先に『夢境』へ移動することにした。
「とりま、こっちおいで。」
「あ、はい……」
ちがやに手を引かれ、恐る恐る 『夢境』へのゲートをくぐると……
ハンスを助けた時と同じ家の中に移動した。
「え? え? 転移……ではないですよね?」
「まぁ、細かいことはええやん。
ひとまず、スポドリ……じゃなくて、普通の紅茶でええか?」
ガチャガチャと キッチンで人数分のお茶を用意する。
今回はミカが消耗していないようなので、
一般的な紅茶を差し出していく。
「ふぅ……美味しい。」
ミカも 一安心したのか、ようやく笑顔になった。
ジェイソンとハンスは 先程の戦闘で消耗したため、
ちがや特製のスポドリを取り出し、ごくごくと飲み始めている。
「まぁ、お菓子でも食べてや。
ちょっとした疲れには、甘いものやで。」
「いただきまー……」
「ルナの分はこっち。」
「わーい!」
「ルナお姉ちゃん……」
「あ、美味しいですね。
確かに、ひと休憩入れたい時にちょうどいいかもです。」
ただのチョコなのだが、思いのほか 好評なようだ。
──お菓子を食べ、一段落したところで、ようやく 本題に入ることにした。
「まず、自己紹介からやな。
うちは 小夢茅、商人やってるんや。」
「私は ルナ。魔法使いよ。」
「ジェイソンだ。戦士だ。」
「ハンスだ。俺も戦士ってことになるのかな。」
「私はご存知かもしれませんが、聖女リリスです。
ヒーラーといったところでしょうか。」
「そして、この子がポチ。」
「わん!」
「大所帯のパーティなんですね。……って、聖女様!?」
「ちなみに、私たち姉妹です。」
「そういえば最近、公表されてましたけど……
まさか あのお二人 だとは。」
「うちもリリスも、立場的にはミカと似たような感じなんよな?」
「そうですね。
お姉ちゃんが 第一王女 で、私が 第二王女 といったところでしょうか。」
「私より、断然立場 上 じゃないですか!?」
「最近知ったことやし、気にせんでええで。
この通り、自由に生きてる身 なんやし。」
「……考えてみたら、姫なのよね……この二人。」
「ルナは 貴族令嬢 やん。魔法国家の。」
「魔法国家の貴族に、宗教国家の姫様二人、
そしてSSSランク冒険者・ジェイソン様……」
「俺は普通の冒険者だぞ!」
「……失踪した ハンス様 ですよね?」
「バレてる!?」
「いや、名前もそのままですし……
見た目も顔隠してますけど まんま じゃないですか。
知ってる人なら気づきますよ。」
「なんか、アリアの時のうちらみたいなこと言われとんな……」
「私たちって、本当に隠すの下手な気がしてきた。」
「もちろん、他言は致しませんので、ご安心ください。
あなたたちは恩人なのですから。」
「……助かる……」
「それはそうと、なんで 第三王女のミカ が、魔物がはびこる街の中におったんや?」
「……信頼できる協力者を探していたのです。」
「私の時と似ていますね。」
ミカの言葉に、ちがやは耳を傾ける。
話によると、この国では大賢者と大商人が激しく対立しており、国が二分しかけているそうだ。
大賢者と大商人は 元々5人ずつ 存在していたらしい。
しかし、バルザックの捕縛により 大商人の一人が減り、
さらに 芋づる式に悪事がバレたもう一人の大商人も失脚。
現在、大商人は3人、大賢者は5人というアンバランスな状態になっているという。
そして──
不利な状況になった残りの大商人の一人が暴走し、魔道具を作動させた。
だが、魔道具そのものに食われてしまい、肉体を奪われ魔物化してしまったという。
その大商人の名前を ゼクス といい、
現在は 黒くて禍々しい犬型の魔獣 になっているらしい。
ゼクスの意識は すでになく、
自在に魔物を発生させることが可能 で、とても凶暴だそうだ。
今は街の外にいるらしいが、魔物の発生は 止まることなく続いている。
ただし──
唯一、家の中には入ってこない特性 を活かし、外出禁止の勧告 が出されているそうだ。
「あぁ……門兵はゼクスを警戒していたのか。
勧告を無視しなければ安全と言われたら、そりゃあゼクスのほうを警戒するよな。」
「ちなみに、残りの大商人と大賢者は 安全 なんですか?」
「それなのですが……危険なのは、大賢者アトソンなんです。」
「そういえばバルザックが言っとったな。
『大賢者アトソンから魔道具をもらった』って。
……ってことは、暴走したゼクスも アトソンが渡した魔道具のせい ってことか?」
「そうです。
……私は 彼の弟子 なのですが、子どもの頃からずっと一緒にいて見てきました。
アトソンは、誰もいなくなった時によく王家や大商人への恨み妬みを吐いていました。
そして、彼が計画し始めたのも 私が子供の頃からなんです。
アトソンは、大商人を陥れ、国王を殺し、全てを乗っ取ろうと考えているようです。」
「……そうなったら、国は終わりちゅーわけやな。」
「……はい……」
「ほな、まずはバルザックのところにいかんとあかんな。」
「はい?」
「バルザックを味方につける。
あいつなら 大賢者アトソン相手でもうまく立ち回るやろ。
見た目は誤魔化せばいけるいける。」
「可能なんですか?」
「あの様子だったし、できると思うわ。
……ちがやは、敵すら惹きつけるのよ。
だから大丈夫。」
修正された文章:
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その後、ミカに許可をもらい、ちがやは一人で地下牢へと向かった。
牢の中では、かつての大商人バルザックが 悠然と腰を下ろしている。
「随分と丁重に扱われてるみたいやな、バルザック。」
「……やはり、お前が来たか。」
「単刀直入に話すけど──アトソンに一矢報いてやりたくない?」
「……そうくるのを待っていた。
無論、協力させてもらおう。」
「ほな、これを使って残ってる大商人のフリをしてくれ。
お前なら、アトソンのことぐらい軽くあしらえるやろ?」
「無論だ。
……お前に敗北してから、この時がくるのをずっと待っていた。
この胸に燻る炎、灯した責任は……とってもらうぞ、ちがや。」
──こうして、ちがやは バルザックを味方につけた。
一方で、大賢者アトソンは、かつてバルザックが味わった完全敗北の準備が、今まさに進められているとは知る由もない。
なぜなら、バルザックは "死んだ" ことにされているからだ。
アトソンには 嘘の情報を掴ませ、油断させている。
ちがやは、やると決めたら徹底的にやる。
故に──
アトソンの敗北は、もはや決まったも同然なのだった。
「楽しみやな……なぁ、バルザック。」
「そうだな……くくくっ。」