商業ギルドのルーキー
商業ギルドには、取引回数や売上によって上がるランクシステムが存在する。
しかし、取引が終わるたびに何かと騒がしく、毎回ランクのことを伝え忘れていたのだった。
その問題の張本人──名前を小夢ちがやという。小さな商人である。
そして、ようやく彼女が商業ギルドに顔を出した。
「ちがやさん! 本日はギルドマスター室にどうぞ」
「あ、そう?」
軽い返事をしながらギルドマスター室に入るちがや。
そこで初めて、自分が知らなかった事実を耳にすることになる。
「え? 商業ギルドにもランクがあるんか!?」
ちがやは驚いた。何せ、ギルドに登録してからそれなりの時間が経っているのに、そんな話は一度も聞かされていなかったからだ。
(それ、どうなん?)
そう考えながらギルマスを見ると、彼女は深々と頭を下げて謝罪してきた。
「説明不足ですみません」
「ほんで、ランクいくつなん?」
まぁ、ええか。ちがやは気を取り直し、自分のランクを聞くことにした。
登録してからそれなりに売上は上げている。最低ランクではないだろう。良くてAかB──。
だが。
「最上級、SSSランクです」
「……商業ギルドのジェイソンみたいになってるやん……そんなに稼いだか?」
ギルマスは真顔だった。冗談ではないことがすぐに分かる。
(いやいや、そんなわけ──)
ちがやは信じられず、ぽかんと口を開けた。
「こちらがちがやさんの現在の資産額です……」
ギルマスが差し出した書類には、今までの売上や経費が記されていた。
そして、そこに記された数字を見た瞬間、ちがやの思考が停止する。
「えっ、これバグってへん? こんなにあったっけ?」
桁数が明らかにおかしい。
スラム再建でかなりの大金を使ったはずなのに、それを遥かに上回る額が記載されている。
「ちがやさんにとっては小銭のようなものですよ。1日あればすぐに取り戻せます」
ギルマスが肩を竦めながら言う。
まるで、「あの程度の出費であなたの資産が減るわけがない」と信じて疑わないかのように。
「まじか……これ、税金関係はどうなってるん?」
これだけの資産があるなら、税金の処理を誤るとやばいことになる。
日本にいた頃は子供だったので税金については詳しくなかったが、今は旅人である自分の税金事情がどうなっているのか気になった。
「それならこちらで処理しておりますので、ご安心ください。商業ギルドの利益から天引きされる仕組みになっています」
「滞納はしてないってことやな……それならまぁええか」
ホッと胸を撫で下ろす。
ギルドが管理しているなら問題はないだろう。
「あ、預かっている商品も補充可能ですか? 売れ行きが良すぎて、もう少しで無くなりそうなんです」
「はぁ!? あれだけ作ったのに!?」
ちがやは驚いた。
旅の最中はギルドに立ち寄れないこともあるため、余裕を持って一年分の商品をまとめて預けていたのだ。
それが、もう底を尽きかけている?
「だからこそのこの資産なんですよ……。それに、ちがやさんが作った商業ギルド専用の共有マジックボックス。あれのおかげで輸送が不要になり、その分利益が倍増しています」
ちがやはハッとした。
(そういや、そんなもんも作ったなぁ)
大量の商品を預けるのはギルド側の負担も大きいだろうと考え、商業ギルド専用の共有マジックボックスを作って渡していた。
「あれな、負担減らしたくて作ったんやけど、そこまで役立っとんか……。配送業の人達の仕事は大丈夫なん?」
作ったときは深く考えていなかったが、ここにきて雇用の重要性に気づく。
運送業者の仕事を奪ってしまっていないか、少し心配になった。
「そこは輸送時間を減らす代わりに高めの費用を頂いているので、安価な配送業者を選ぶ方もおり、バランスが取れています」
「なるほど……ギルドも商売上手やなぁ」
ギルマスのしたたかさに、ちがやは感心する。
「ぶっちゃけ商業ギルドが一番美味しい思いしてへん?」
「ふふふ、慈善事業ではありませんからね。おかげさまで商業ギルドは安泰です」
ギルマスは手もみしながら悪い笑みを浮かべる。
「いやいや、そっちばっか儲かっとったらあかんやろ」
「ちがやさんにもお返ししますよ。その代わり、もうひとつお力を貸していただければ……」
ちがやはギルマスの顔をまじまじと見る。
寝不足がひどいのか、目の下にはクマができていた。
「……でも、残業増えてるやろ? クマすごいで……」
「ははは、これも利益のため……徹夜なんて気合でなんとかしますよ」
このギルマス、やばい。
(しゃーないな……またギルドに力貸すか)
「しゃーないな。ちょっとでも業務楽になるように、ええもん作ったるわ」
ちがやは、商業ギルドの未来のために、新たな発明品を開発することを決めた。
──こうして、商業ギルドの業務効率は飛躍的に向上し、
ちがやとギルマスはまたひとつ、悪徳商人のような笑みを浮かべるのだった。
結局のところ、この二人、息ぴったりである。