幕間 隻腕の理由
左腕を失って五年が経過した。
その傷はすっかり癒えていたが、同時に背負った失恋の傷は未だに癒えないままだった。
心の底から惚れた女は、けして結ばれるはずのない男に恋をしていた……いや、惹かれ合っていた。
身分の違う者同士の恋だなんて、高尚な演劇だけで充分だ。俺が苛立ったのは、責任も負えないくせに女を孕ませやがったことだ。
こんな奴は、王子でも勇者でも親友でも無え! ……そう言い切れたら、どれだけ楽だっただろうな。
俺は親友に決闘を挑んだ。
笑っちまうくらいの惨敗だった。
そこは、黙って親友に殴られておけよ!
正々堂々全力を出すんじゃねえよ!
こちとら、左腕が無えんだからよ!
それだってそもそも、お前の代わりに……いや、やめとこう。
決闘の後、俺たちは必要最低限の会話しかしなくなった。
そして、父親のわからない子を妊娠した『大聖女』は聖女の地位を剥奪された。
生命を授かることが汚らわしいだと……? ふざけたことを抜かすんじゃねえよ!
俺はブチ切れた。
喧嘩だコラァ! 大聖女を孕ませたのは俺だコラァ!!
……教会本部に殴り込みをかけるのを、元聖女様に必死で止められた。
そのお返しに、必死で口説いてやった。
この俺ですら気が狂うほどの口説きだったんだから、口説かれる方はたまったもんじゃねえだろう。
最初の一年は門前払い。二年目でようやく、まともに話を聞いてもらえた。
「お前の娘を幸せにしてやれるのは、俺しかいねえ」
それだけを伝えたら、ポカンとした顔のあと、ボロボロ泣かれた。
馬鹿か俺は。
こんなに強がってる女を、一人にしちまってたんだからよ。
二年かけて、俺たちは家族になった。王都のギルドマスターをしていた俺は、王都から離れた小さな街のギルドマスターになった。薬草採取やドブさらいの依頼をまとめて、毎日を回していく。
刺激は無いが、最高に幸せな日々だ。
俺にちっとも似て無い可愛い娘は、今日も俺の右腕の中ですやすや眠っている。
「パパ大好き」
こんな単純な一言で、心臓を撃ち抜かれるんだから、父親って生き物はちょろいもんだな。
娘が生まれてから、俺の妻は穏やかな笑い方をするようになった。
「この子がいれば、もう何もいらないわ」
おいおい、そんなこと言うなよ。俺もいるんだからさ。
平和な日々は続くと思ってた。
……続くはずだったんだ。
ぶっ壊しやがったのは、俺の元親友……いや、今でも親友だと思っている奴だ。グレアルのやつめ、勝手こきやがって……
フレイマの王都が燃えていた。王都だけではない……王都を中心とした数百キロは、爆風にすべてを攫われ、跡形もなく消し飛んでいた。
「必要だった」なんて、理由にならねぇんだよ!
お前じゃなくても、出来たはずだろうが。
なのに、お前は自分でやった。
一人で背負って、カッコつけるんじゃねえよ!
この国をぶっ壊して何になるんだよ!
お前こそが、真の勇者なんだろ?
紀元前の勇者の生まれ変わりなんだろ!?
……だったら、また生まれてこいよ!
その時までに、この国は俺が完全にぶっ壊してやるからな!
☆★☆★☆★
あれから三年が経過した。
魔王が遺した魔素のせいで、ダンジョンができた。人間国に新しく出来たダンジョンは評判を呼び……この街の治安は最悪になった。
タチの悪い冒険者は増え、チンピラは喧嘩を売り、ならず者どもは好き勝手に暴れまわる。
そのたびに、俺は拳を握りしめる。
腐っても元S級冒険者だ。そこいらのチンピラなんざ、片手で圧倒出来る。
街を守るってのは、結局のところ、暴力のバランスを取ることに他ならねえんだ。
……笑っちまうくらいに、やりがいに満ちている。
しかしよ、こいつらの幸せってなんなんだ? 奪って、騙して、その場を楽しんで……
可愛い娘の顔でも見てた方がよっぽど幸せだろうがよ!
……ん? 防犯装置に反応があるな……誰かが鑑定魔法を使いやがった……それも、上位の鑑定魔法だ……
「ギルドマスター!」
扉が乱暴に開かれた。
いつも冷静な受付嬢のニーナが、息を切らして駆け込んできた。その瞳……何か魔法がかけられてやがる。
「ポーションを買い取れ?」
「ギルドカードも持ってねえ?」
「金も無いだと?」
ああ、こりゃあ面白え。
この街に、また厄介な奴らがやって来たみてえだな。




