第九十四話 少しずつ街になっていく
「すびーくぴー……」
久しぶりのデベロ・ドラゴでの起床。ベッドには俺とグゥインとサーシャ。久しぶりの川の字だ。グゥインは一ヶ月ぶりのR.I.Pのお陰で気持ち良さそうに熟睡している。
しかし、1ヶ月前はそこにツバサも加わっていた事を考えると、少し複雑な気持ちではある。でも、今は前向きでいたい。グゥインがそう言っているんだ。俺もそうであるべきだ。
昨夜がとても楽しい夜だった事に感謝しよう。移住を決断してくれたみんなは、きっとグゥインと上手くやってくれると思う。
「ふぁーあ……おはようございます。英太さん」
サーシャが目を覚ました。寝起きから抜群の美しさだ。
「おはよう」
「英太さん、結界の外にはいつ向かうんですか?」
「一応、明日の夕方までは猶予がある……らしい」
第二区画の結界が開いているのは、アドちゃんの予想で48時間……既に第一区画の結界が閉じてしまった今、それを逃すわけにはいかなかった。
「魔素の事を考えると、一ヶ月伸ばすわけには行きませんよね」
タイトでキツいスケジュールだ。人間国であの有り様なのだ……魔王国では何が起こるのか想像もつかない。
いや、タルトの復讐劇が起こり得る……だろう。魔王への復讐……出来るのか? タルトの方が危ないに決まっている。
「サーシャは、ここに残ってもいいんだよ」
サーシャは少し口を尖らせた。
「嫌です。私は一緒に行きますよ。今は役立たずでも、必ず役に立ってみせますから」
「いや、そういう意味じゃ……」
危険な旅になる事が目に見えている。サーシャを心配してのことであって……
「でも、ゴレミちゃんがデベロ・ドラゴに残りたいって言ったら困ったでしょう?」
んぐっ……確かにそうだ……ゴレミが居ると居ないのとでは安心感が違う。
「いや、次に向かう土地は、もっと危険かもしれないし」
荒れ果てた人間国の街と、魔王国……どちらが俺たちにとって安全なのだろうか……
「すみません。困らせてしまいましたね」
「少しね……でも、これだけは理解しておいて欲しい。サーシャが生き物を攻撃出来ないのは、サーシャの優しさだ。それに、ドライアドでの防御や回復には助けられたよ。それが無ければアラミナはもっと大変な事になっていた」
「それに、サーシャの存在があるから我がいるのだぞ」
ベッドの下から声が聞こえた。
「ルーフちゃん!」
サーシャはルーフのお腹を撫でる。
「そうだ、『漆黒』の最大戦力は、サーシャの従魔だ」
「英太殿、あの結界が魔王国に繋がっているのは知っているのか?」
「さすがルーフ、お見通しだな」
「うむ、入り込んでくる魔素の量が段違いだからな。あの結界を開きっぱなしに出来れば良いのだろうが、そうもいかんのだろう?」
タルトならそれが出来る可能性はある。
そのタルト自身は魔素獲得の方法として、『魔王を拉致する』なんて、荒っぽい事を提案して来たけど……
「不測の事態が起こり得るやもしれぬ。出発は早めにするべきだ……メンバーは、英太殿に加えて、我とサーシャとゴレミであるか?」
「それに新たなゴーレムのゴレオを加えた5人だ」
「承知した!」
「魔王国……どんな国なんでしょう?」
「うむ、王子の暗殺など、覇権争いが絶えぬと聞いたな。魔王の立場が揺らいでいるのやもしれぬな」
覇権争い……そこに捨てられた魔王の息子が現れるとは……一波乱も二波乱もありそうだな。
「すぴー……ぐぴー……ぐがっ……すぴーっ……」
グゥインの寝顔に皆の視線が集中する。
「頑張りましょう。グゥインちゃんの寝顔を守る為に」
「だな」
獣のように大きく口を開けたグゥインの寝顔に、俺たちは魔王国での奮闘を誓った。
☆★☆★☆★
移民組のみんなは移住二日目から動き始めていた。ギルマスは精力的に鍬を振るっている。あれだけの酒を身体に入れて、次の日もピンピンしているなんて、流石はハーフオーガだ。
ギルマスは将来的に『デベロ・ドラゴ』の冒険者ギルドでギルドマスターになって貰う予定だが、当面の間は農業担当となる。
「おう、英太! グゥイン! ゴーレムたちは凄いな! 教えた事の100倍は動きやがる!」
人と同様の言語力を手に入れたゴーレムたちだが、こと作業に関しては機械そのものになる。凄まじい速度で畑を耕し、種を撒いていく。そして栄養価たっぷりの『死の滝の水』を噴射していた。
「当然じゃ! 妾の友達は凄いのじゃ!」
「だそうです」
「英太たちが帰って来るまでに、畑だらけにしてやるぜ!」
「このペースだと、そんなにかからず、畑だらけになりそうですけどね」
「ははっ! 違いねえ!」
「あの……ギルマス、マジックバックなんですが、基本的にグゥインとギルマスに管理して貰いたいんです。お願い出来ますか?」
移住してくれた大人たちは、皆頼りになる。それでも、全てを託すとしたらギルマス一択だ。
「それは構わない。グゥインと話し合って、必要ぶんを使って行く事にする……それと、これは提案なんだが、この国にダンジョンを作らないか?」
ギルマスの言葉に、ダンジョンコアの存在を思い出した。コアを移せば新たなダンジョンが作れる。
「ダダダ、ダンジョン!? なんと!? 英太! 作らぬ選択肢はないぞ!」
グゥインの前で軽はずみな事を言うのは危険だが……ダンジョンが国家運営のキモになるのは、既に承知済みだ。
「攻略したダンジョンコアを移せる事はタルトから聞いていましたが、詳しい方法までは……ギルマスは知ってますか?」
「知識はある。過去に実際に移動させたって例はねぇんだがな」
「それ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ! 妾がおるでな!」
「ギルマス、それも含めて大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。何が起こってもグゥインがいれば問題ないだろ? ダンジョン自体を作るのは問題なく出来ると思うぜ」
不安……でも、任せてみよう。
「それでな、器となる箱物が居るんだわ。洞窟の形なのか、塔の形なのか……中は異空間だから、大きさはそれほど必要無いんだが……」
「英太よ! 特大のダンジョンを創るのじゃ!」
久々のブラック企業ドラゴン降臨ですね。俺は島の北東部、第一区画と第二区画の間に位置する場所に、100階建ての巨大な塔を創造した。
もちろん、尻尾肉ジャーキーは食べ続けたし、それを見ていたリーナさんは呆然としていた。
「この塔は勇者マリヤが制覇するわよ!」
マリヤちゃんが拳をかかげるが、マリィさんに抱き抱えられた。
「では勇者様、お勉強の時間ですわよ。ダンジョン攻略には読み書きが出来ませんとね」
連れ去られるマリヤちゃんの背中をグゥインが見つめていた。
「英太、マリヤは勇者なのか?」
「子供の言う事を間に受けるなよ」
「ふむ……妾もそろそろ読み書きを覚えねばならぬな」
「そうなの?」
流暢に喋るから、読み書きなんて当然出来るものだと思っていた。
「そうじゃ、妾もマリヤと一緒に学ぶとするか……じゃが、今日は英太と共に過ごすぞ!」
ダンジョン創造でへとへとなんですが……時間も無いし、とことん付き合いますよ。
中身が空っぽのダンジョンは、グゥインとギルマスに任せる事にした。1ヶ月後のお楽しみとさせて貰おう。
リーナさんも農業を手伝ってくれていた。農業の目処がついたら、他の事に回ってくれるそうだ。
「英太さん! 買った魔道具なんだけど、置いて行ってくれるんだよね?」
「ええ、勿論ですよ。宿屋に設置しますか?」
「宿屋じゃ狭くなっちゃうからさ! みんなが集まれるホールを作って欲しいな。さっきのダンジョンみたいに」
あれ、聞き間違いかな……ブラック労働の提案されてる?
「宿屋も広く改築して、ホールと隣接させたいの。街が発展した時、好立地の方がいいでしょ? それと、魔道具なんだけど、改良と複製も頼めないかしら? 王族が使ってたって言っても、ちょっと過不足が多いというか、生活魔法で事足りることにスペックさきすぎというか……私のアイデアとしてはね……」
「ストップ! リーナさん! やれる事はやりますけど、時間と体力が……」
ヤバすぎ提案をするリーナさんを宥めようとしていると、珍しくグゥインが味方になってくれた。
「そうじゃ! リーナよ、英太にも限界がある。今発言した事までは今日中に終わらせるが、これ以上は一月後じゃ! なんせ、英太は今日中に王城も完成させねばならぬでな!」
王城……今日中に!?
「嘘でしょ!?」
「うむ、しかし、王城は急を要さぬか……英太、リーナの提案する楽しそうな事を叶えてやれ! 王としての勤めじゃ! 尻尾肉ならいくらでも用意するぞ!」
あれ……旅よりこっちの方が大変かもしれない……魔王国に早く行きたいかも。
俺はリーナさんの宿屋を拡張し、そこに生活魔道具を設置した。そして、それと隣接するホールを創造し、そこにも同じものを設置する。そう、創造で生活魔道具をコピペしたのだ。新たな生活魔道具に関しては、一旦保留にさせて貰った。その代わりに、在庫管理用のマジックバックをプレゼントした。
お陰様で、創造のスキルレベルは6にアップした。言うと面倒だから、内緒にしておこう。




