第九十話 デベロ・ドラゴへ
俺はリーナさんと家畜さんたちを連れて王都跡地へと戻った。
もう日は落ちている……間もなく結界の割れ目が発生するだろう。
今ここにいるのは、デベロ・ドラゴに向かうメンバーの俺、サーシャ、ゴレミ、ギルマス、マリィさん、マリヤちゃん、リーナさん、マリヤちゃんの姿をしたゴーレム、眠ったままのラブラン、アイラ、リンガーの11人。
それと牛、豚、鶏の家畜たちに、見送りのルーフとウルフたちだ。
「ルーフちゃん!」
「サーシャ!」
ハイエルフとフェンリルは、今生の別れかのようにイチャコラしている。
「俺たちは1時間ほどで戻って来る。だからルーフも一緒に行くか? いずれ住むかもしれない国だ。見ておいても損はない」
「いや、遠慮しておく。万が一の場合サーシャの足を引っ張る事になるからな」
「そうか……」
魔素からではなく食事から栄養補給してくれるならそれでも問題無いのだが、まぁ、無理強いする事でも無いか……
「英太殿、我の代わりに老ウルフたちを連れていってはくれぬか?」
「老ウルフ?」
「うむ、狩りに参加出来なくなったウルフたちだ。とは言っても、まだまだ動ける。人語も理解させてあるし、国家の力になるだろう」
ルーフが語り始めると共に、数匹のウルフが前に出てきた。俺の目からは老いているとはとても思えない。
「ウルフさんたち、俺たちの国にきてくれるか?」
俺の言葉に、老ウルフたちは激しく尻尾を振った。そんなウルフに衒いなく跨る若人間がいた。
「一緒に建国頑張ろうね! ウルフさんたち!」
マリヤちゃんの言葉に老ウルフたちの尻尾は千切れんばかりだ。
ルーフは俺に近寄って、小さく呟いた。
「エイタ殿、次の目的地は人間国のいずれかか? エルフ王国という手もあるが」
エルフ王国……サーシャの生存とハイエルフへの覚醒……長命種のサーシャは10年くらい戻らなくても……と言っていたが、早い段階で送り届けなければならないだろう。
タルトが言っていた通りに魔王国との結界が緩んでいた場合……次の目的地は魔王国になる可能性が高い。
「ルーフ、エルフ王国は後回しになると思う」
「そうか。サーシャが納得するならば、我はそれで構わない」
「とりあえず近くに待機していてくれ。ルーフにも島に来てもらわなきゃならないかもしれない」
「うむ、承知した」
「理由は聞かなくていいのか?」
「愚問だ。サーシャが信頼する英太殿だぞ」
「そうです!」
サーシャがニコニコ笑顔で駆け寄って来た。
人間国では沢山辛いものを目の当たりにした。俺と同じくらいには心身のダメージを負っている筈だが……きっとR.I.Pのオートスキル、トラウマ解除の力だろう。
「結局、ラブランたちは起きませんでしたね」ゴレミが眠る三人を見て言った。
「その可能性もあるとは言っていたからな。三人ともデベロ・ドラゴへの移住を覚悟してくれていた。後はグゥインに任せるさ」
「次の目的地は……」
「他の結界が緩んでいなければ、もう一度人間国に戻ってくる」
「承知しました。メンバーはどうしましょう?」
「俺、サーシャ、ゴレミ、ルーフだな。移住するみんなはデベロ・ドラゴに置いていく」
「ご意見宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「カマロ一家のアジトで爆破したゴーレムですが、彼を再構築して旅の共にさせませんか?」
「ああ、そうだったな……それもいいだろう」
俺が土を取り出そうとするのをゴレミが制止する。
「せっかくですので、グゥインさまの見守るところで」
「……あいわかった!」
俺たちはグゥインを想像して笑い合う。
「ゴレミ、牛さんたちはゴレミに任せる。結界を通り抜けられる範囲で檻になって連れて来てくれ」
「承知しました。グゥインさまの喜ぶ顔が目に浮かびますね」
はしゃぐグゥインの姿は容易に目に浮かぶが、向こうは大丈夫なのだろうか?
アドちゃんは有識者ではあるが、ちょっと変な奴だ。
ツバサは落ち着いたとは言え、まだ危なっかしい。
ゴーレムたちには常識があるが、完全たるグゥインのイエスマン。
妖精たちは完全にグゥインを小馬鹿にしていた。
これだと消去法でグゥインがしっかり者の部類に入るな……デベロ・ドラゴ、壊滅してないよね?
その時……結界の隙間が開き始めた。人が通れるようになるまではもう少しかかる。
「皆さん、結界の隙間が身体のサイズになったら、結界内に飛び込みます。俺たちが先導するので、信じてついてきてください」
「おお、ちょっとビビっちまうなぁ……」ギルマスが唸った。
「これくらいでビビる人の妻になった覚えありませんけど」マリィさんは辛辣だ。
「娘もです」マリヤちゃんも続く。
「勘弁してくれよー」
マリヤちゃんの追い討ちにギルマスはタジタジになっていた。
和やかな雰囲気に高揚感が混ざり合っていく。
やがて、結界の隙間は人間を通せる程に広がった。
「さあ、行きますよ」
俺がリンガーを、ギルマスがラブランを、サーシャがアイラを背負う。
マリヤちゃんは、マリィさんとリーナさんと手を繋いでいる。マリィさんのもうひとつの手には、マリヤちゃんの姿をしたゴーレムがしがみついていた。
しんがりを務めるゴレミは身体を檻に変えて、家畜たちを引き連れている。
我こそ斥候に! と、ばかりに老ウルフたちが結界の中に飛び込んで行った。
「ウォォォーン!」というルーフの雄叫びと共に、俺たちも続いて歪みの中へと飛び込んだ。
視界はねじれ、空間が軋むような音が鼓膜を叩く。身体の輪郭が曖昧になり、重力すらも頼りにならない。
……待ってろよ……グゥイン……移民を連れて行くからな!
☆★☆★☆★
視界が開けると、そこは死の大地だった。
……死の大地か?
死の大地だよな?
確かに見覚えがある……フレイマと繋がる結界の隙間……第一区画で間違いない?
しかし、視界に映る範囲全てに、大量のキノコが繁殖していた。
「英太さん!」
サーシャが慌てた素ぶりを見せる。
「エイっタっさああん」
その視線の先には、酔っ払いのように弛緩したリーナさんがいた。何者かの攻撃か?
「《聖なる光源》」
声と同時にあり得ない程の光量が死の大地を包んだ。それを発しているのは……マリィさん!?
「エイタさま、異常事態です。マリィさんとリーナさんに《上級状態異常回復》をお願いします」
「《上級状態異常回復》」
二人の酔いが治っていく。
「英太!」叫んだのはギルマスだった。
「ギルマス! この状況は!?」
「マナファンガスだ! 魔素を発するキノコ! 人間が吸うとハイになっちまう!」
……人間国に到着してすぐ、ゴレミが結界の隙間に投げ込んだキノコ……確か、マソックマッシュル……異常繁殖してるじゃん、どうすんだよこれ……?
「みんな! とりあえず俺の元に集まれ!」
結界を通り抜けた全員が、俺の元に集まる。俺は見よう見まねで、タルトが使っていた結界魔法の防護壁を作り上げた。
「……とりあえず、一安心ですね」
俺に向けられる全員からの冷たい視線。元凶であるゴレミは、既に土下座をしていた。
「マナファンガスの幻覚作用は口に入れた時だけの筈だ……近くに寄っただけでこの有り様とは……英太、お前……俺たちを騙して連れて来た訳じゃねえよな」
ギルマスったら迫力が凄い。俺じゃなきゃチビってるね。
「ごめんなんだよ。僕が品種改良しちゃったからなんだよ」
そこに現れたのは、ゆるキャラ然としたドライアド・アドちゃんだった。
「アドちゃん!」
「サーシャ! 元気なんだよ?」
ああ、こいつらもすぐイチャつくんだった。
「はじめましてなんだよ。僕はアドちゃん、この国に根付いたドライアドなんだよ。魔素を発するマソックマッシュルだけど、何とか力を強められないかと思って、改良したんだよ」
「それで、この有り様か」
「だよ。でもね、ひと口食べれば耐性が出来るから大丈夫なんだよ。人間の人たちに食べさせてあげてね」
「人間がこうなるって、何でギルマスは大丈夫なんだ?」
「ハーフオーガだからかもしれないな」
「マリヤちゃんもクォーターだからか……」
「英太こそ何でだよ、そこも規格外なのかよ!」
「知らないですよ。ところでアドちゃん、グゥインはどうした?」
「王都で待ってるらしいんだよ。王の威厳がどうこう言ってたんだよ」
……あいつ、出迎えくらい来いってんだよ。
「ちょうど試したいこともある。全員手を繋いでくれ」
俺たちは全員で触れ合い、デベロ・ドラゴの王都へと転移した。
どうやら『死の大地』でも転移魔法は有効なようだ。




