第八十九話 思わぬ商才
長い一ヶ月が終わり、ついにデベロ・ドラゴへと戻る当日となった。
満月を今夜に控えた俺たちは、最後にエルヴィンさんの墓参りと、リーナさんにお別れの挨拶をする事にした。
「もう湿っぽいのはお腹いっぱいだから、お腹いっぱいになるところ見てもらおうよ」
リーナさんの提案で、墓場でピクニックが行われる事になった。アラミナの街に残った人たちが総出で参加する、一大墓参りとなってしまう。
ちゃんと話した事がある人はリーナさんくらいだったが、なんだか楽しいピクニックになった。
そう言えば、外で卵かけご飯食べるのは前世も含めて初めてだな。暖かいご飯と生卵が必須だもんな。ピクニックには不向きだな。
リーナさんの提案通りにお腹いっぱいになった俺たちは、エルヴィンさんとの別れも済ませて、三度目のチェックアウトを行った。リーナさんの宿屋には、既にお客さんは一人もいない。俺は勇気を出して、リーナさんを口説いてみる事にした。
「リーナさん、一緒に俺たちの国に行きませんか?」
リーナさんは薄く微笑んで、こう言った。
「当たり前でしょ! 置いてくつもりだったの?」
リーナさんの指示で、調理器具をアイテムボックスにしまっていく。その途中でサーシャが言った「宿ごと収納すればいいのに」という言葉には感心させられた。
かくして、一軒の宿屋はアイテムボックスに収納された。何も無くなった宿屋の跡地を目にしたリーナさんは、少しだけ俺たちから顔を背けた。そして、満面の笑顔を覗かせて、こう言った。
「エルヴィンよりもいい男、移住させなさいよ」
「リーナ」
街の老人たちが、リーナさんを取り囲む。老人たちの笑顔を見れば、リーナさんが如何に愛されているかがわかった。
「エイタさん……」リーナさんが困り顔で俺に近寄って来た。
「どうしました?」
「なんか、お爺ちゃんたち……たくさんくれるって」
「え? なにを?」
「……家畜?」
自給自足をしながら暮らしていくという老人たち。しかし残された家畜は多すぎて老人たちの手には負えないそうだ。
「俺としては有難いけど、家畜がいないと大変だろ?」
「最低限は残すって……で、くれるっていうか、交換して欲しいって事なんだけど……」
老人たちは、ある程度の魔獣の死体を要求して来た。塩漬けにして保存食にするらしい。
保存食か……だったら。
俺は老人たちにマジックバックを渡す事に決めた。物流の途絶えるアラミナにでは、物を腐らせないで保管出来るマジックバックが必要だろう。
こちらが出すのはマジックバックひとつとオーク肉20匹ぶん。それを牛10匹、豚20匹、鶏40匹と交換した。
「エイタさん、マジックバックの価値わかってます?」リーナさんは呆れ顔だ。
金額で言えば100倍近い差があるだろう。しかし俺には、アラミナをこの状態にした責任がある。
たとえ、いずれはこうなっていたとしてもだ。
「わかってますよ。デベロ・ドラゴの国民には教えますね……俺、マジックバックくらい、いくらでも作れるんですよ」
リーナさんは目を丸くして、すぐに商売人の顔に戻った。
「大量生産しないで、質の高い物を貴族に売りましょう……お爺ちゃんたちには『そのマジックバック売ったらアラミナ滅ぼすぞ!』って言っておきます!」
……リーナさんは頼りになりそうだ。
俺はリーナさんと家畜さんたちを連れて王都跡地へと戻った。もうすぐ日が落ちる……結界の割れ目が発生するまで1時間といったところだろう。
最後の一仕事とばかりに、リーナさんと共にルウィネスに転移する。
メキキノさんの商業ギルドに、マジックバックを卸す為だ。
メキキノさんは、俺を見るなり身を隠し、最大限の警戒体制を取った。ギルマスが居ないのを確認すると、ようやく姿を現す。
「この人、変じゃない?」リーナさんには人を見る目がある。
「ギルマス恐怖症みたいで、警戒されてます」
「今日はどのようなご用件で? 前回のような取り引きは出来ませんよ」
「わかってますよ。ギルド潰れちゃいますもんね」
俺はマジックバックを取り出し、メキキノさんに手渡した。
リーナさんがプレゼンを始める。
「貴族様専用の高級マジックバックです。量産は出来ませんが、受注精算は出来ます……適正価格で取り引きしたいと考えておりまして、是非メキキノ様に窓口になっていただきたいのです」
「……はぁ」
メキキノさんが鑑定をする。惚けた表情が一変した。
「これは、あり得ない容量ですよ? 一体どうやって」
リーナさんが微笑む。
「ある神の加護を得た、魔導商人『エイタ・カブラギ』の最高傑作です」
「白金貨800枚です」
「は?」
「これは白金貨800枚の価値があります」
8億円?
驚く俺にリーナさんが耳打ちをした。
「英太さん、適当に容量小さいの作って……試供品にする。容量1/10!」
俺は急いでマジックバックを創造した。容量はキッチリ1/10。価値は……8,000万円!?
「メキキノ様、こちらは試供品です。どうぞ国王に進呈なさってください。それと……私たちはしばらく旅に出ます。次にこちらに伺えるのは、数ヶ月後になりますかね、英太様?」
「あ、そうですね。そうなりますかね」
「それまでに、マジックバックの在庫を増やすよう努めます。どうか、宜しくお願い致します」
「承知しました。このマジックバックの作成者をエイタ・カブラギ様で登録しておいても宜しいでしょうか?」
「ええ……そうすると、どうなるのでしょう?」
「魔導具製作者としての実績が残り、受注が増えます」
ブランド力が上がるって事か……悪くないかも。
俺の表情を読み取ったリーナさんが、俺とメキキノさんの間に割って入る。
「今回は保留とさせてください。貴族の介入する未来が手に取るように見えてしまいます。名前を打ち出す場合は、個人名ではなく、製作団体名として打ち出す事にしましょう」
貴族の介入は……確かに面倒くさそうだ。奴隷問題も貴族の戯れで起こったものだしな。それに、制作団体名ってのは……ブランドみたいなものか?
「制作団体名というと……」メキキノさんには伝わっていないようだ。
「個人名ではなく、製作者たちのチームの名前って事ですよね? 『紅蓮の牙』とか『漆黒』とか」
「ひいいいいっ!! し、漆黒っ!?」
メキキノさんは『漆黒』という名前に酷く怯えてしまった。どうやら、アラミナのギルマス、ショウグン・トクガワが産み出した暗殺チーム……と伝わっているようだ。風評被害も甚だしい。
「名前は……『D&D』にしてください」
『デベロッパー&ドラゴン』だ。デベロ・ドラゴをそのまま使うのは良くないだろう。
「素晴らしい名前です。では、よろしくお願い申し上げます。メキキノ様」
リーナさんのウインクに、メキキノさんは胸を突き刺されていた。おじさんが恋する瞬間……いただきました。
しかし……リーナさんのお陰で、交渉はスムーズにいった。ひょっとしてスキル持ちなんじゃないの?
「マジックバックがそこまで高価だとは」
「常識です。でも、英太さんの作ったものは、更に特別だったみたいですね」
「というか、お爺ちゃんたちに渡したマジックバックも……もしかして……」
「お爺ちゃんたちは価値を知りませんからね。安心してください。マジックバックを盗まれたら死活問題です。こっそり使うように言ってあります。それに、魔物の大群の中を掻き分けてまで、今のアラミナに向かう人なんていませんよ」
「魔物たちに襲われる心配もあるよな……一緒に来てくれたらいいのに……」
「先に移住した私が、良いところでしたよ! って言えばイチコロ。その為にいい国にしないとですね!」
リーナさんの笑顔に救われた。知れば知るほど頼りになる人だ。




