第八十八話 タルト・ナービスの惨殺 後編
ルウィネス王国は、俺たちの拠点があるフレイマからは正反対だが、ゴルディアからはすぐ隣りだった。
俺の隠蔽魔法でもフリーパスで国境を渡れてしまった。警備がザルなのは、平和が続いているからだろうか?
王都の広さ自体はゴルディアと変わらないのだが、活気は段違いに低かった。なんというか……避暑地? スローライフに向いてる感じ? の王都だった。
俺は隠蔽魔法を解いて、ギルドへと向かう。
「すみません。ギンタ・メキキノさんはいらっしゃいますか?」
閑散としたギルドの受け付けで、白髪頭の男性に声をかけた。
「私がメキキノですが?」
白髪頭の男性は、自分をメキキノだと言った。
「あれ? すみません……ギルマスが友達って言ってたから」
「ギルマスとは、どちらのですか?」
「あ、アラミナの……」
俺が手紙を手渡そうとすると、メキキノさんは幽霊でも見たかのような「ひぇぇぇーい」という絶叫と共に震え出した。
「ショウグンくん? え……行方不明なんじゃ……」
「あ、行方不明になる前に……紹介状を書いて貰って……」
「よ、よ、よ、読ませて頂きます」
メキキノさんはギルマスからの手紙を読んで、深い溜め息をついた。
「承知しました。ポーションと魔道具の交換ですね。本来なら違法なのですが、承ります。こちらで少々お待ちください」
そう言って、俺たちを事務室へと案内すると、また溜め息をついて、出て行ってしまった。
「……ゴレミ、どう思う?」
「私なりの分析ですが、ショウグンさまはメキキノさまに怖がられていると存じます」
「……かなりな。片方は友達と思ってるけど、もう片方は虐められてるって感じてるパターンだ」
「同意見です」
そうこうしているうちに、溜め息をついたメキキノさんが戻って来た。手にはマジックバックが握られている。
「えーと、ご入り用なのは魔道具ですよね? ルウィネス王国の国王が使用していた旧式の生活魔道具が一式ございます。市場価格で言うと白金貨2,000枚なのですが、金額も金額でして、売れ残ったままになっております……はあぁっ……ですので、ショウグンくん……トクガワさんのご紹介の鏑木様には特別価格の……はあぁっ……白金貨100枚相当のポーションでお譲り致しますはあぁっ……」
めっちゃ溜め息出るじゃん……っていか、ギルマス……1/20に値切るのはやり過ぎでしょ? この人たちの関係性大丈夫なの?
「えっと……Dランクポーション10,000本なのですが……」
「はい……ですと、白金貨50枚相当ですね。承知しました。100枚には足りませんが、更に半額に値引きして、50枚で王室の生活魔道具一式と引き換え致します」
ダメだ! この人完全にメンタルが崩壊してる!
俺は心の中で《交渉》と唱えた。
「メキキノさん、とりあえず鑑定してください……扱いとしてはDランクですけど、効果はCランク相当ですから! それと、追加でCランクポーション5000本と、Bランクポーション500本をお渡しします!」
これでざっくり3億円だ。20億円だった事を考えると、まだエグい値引率ではあるけど、ギルマスの提示した金額の3倍は支払っている事になる。これで勘弁してください!
「はぁぁっ……承知しました。では、こちらの魔道具をお確かめください」
メキキノさんが用意したのは、冷蔵庫魔道具、エアコン魔道具、洗濯機魔道具、映写機魔道具の4点だった。最初の三つはイメージ通り……映写機魔道具に関しては、自分で撮影したものだけが見られる投影機のようなものだった。
「はぁぁあっ……確認させていただきました。ポーションは総額で白金貨1,800枚相当でした」
白金貨300枚相等と思っていたポーションには、白金貨1,800枚の価値があった。またしてもハイスペックにし過ぎたみたいだ。
「ですので、白金貨1,700枚のお返し……」
「いりません! というか、まだ本来の価格に200枚足りないくらいです! お値引きありがとうございます! 失礼致します!」
俺は魔道具をマジックバックに仕舞い込んで、ギルドを出ようとした。しかし、立ち止まる。ひとつ質問したいことがあったのだ。
「あの……」
「ひぇっっ! まっ、まだなにか?」
メキキノさんはまた震えていた。
「この街の人たちにとって、『紅蓮の牙』はどういう存在でしたか?」
俺のその言葉に、メキキノさんは涙を抑えきれなくなった。それだけで、どのような存在かは伝わってくる。
何故メキキノさんが泣いたのか……それは、『紅蓮の牙』全員の死亡が確認されたからだ。既に訃報が届けられていたラブラン、アイラ、リンガーだけではなく、タルトも死亡したのだ。やはり四肢を切断されるという……それはそれは無惨な殺され方だった。
きっとその死体はタルトのものではない。ラブランたちも生きている……その事を伝えられなくて、申し訳ない気分になった。
ギルドを出たところで、ゴレミが口を開いた。
「ポーション、宜しかったのでしょうか?」
「でも、まだ白金貨200枚ぶんは足りないんだよ」
「ですが……高性能過ぎるポーションが流通する事はショウグンさまも懸念していましたし、今後需要が増す事になると、値上がりも必須です……万が一戦争が起こると仮定した場合……価格は3倍〜10倍になると思われますよ」
18億円ぶんのポーションが、最大で180億円になるのか……
「……ゴレミ、ギルマスには内緒で」
魔道具を手にした俺たちは、ドラゴン形態のゴレミに乗って帰宅する事にした。人気の無い場所を探して《探索》する。
「よし、生命反応はないな」
「どうなさるのですか?」
「素材集めだよ……《創造》」
俺は地形の変動を抑えるように気を付けながら、大量の土をミスリルへと錬成した。創造と土魔法のスキルレベルが上がり、10Kgほどのミスリルを創り出す事に成功した。
「素晴らしいですね」
「この感じ……デベロ・ドラゴが懐かしいなぁ……」
「やはり人間国は少し疲れましたか?」
「最初はワクワクもしたけどさ、色々あり過ぎたよ……やっぱり精神的な疲労はあるよな……」
「次の一ヶ月は、デベロ・ドラゴで過ごしましょうか? 購入品の仕分けなど、色々とやることも多いでしょうから」
「そうなんだよなぁ。でも、十分な魔素が手に入ったとは言い難いしな」
「訳半年……180日の猶予が183日に伸びた……程度でしょうかね?」
「30日は経過してるから、153日になるな」
「グゥインの食料は大量に補給出来たけど、結局、魔素の大半はユグドラシルの大樹に必要な分だからな」
デベロ・ドラゴ最大のウリは、今のところ枷でもある。
「やはり、一ヶ月を無駄にするのはリスクが高そうですね」
「そうだな……ラブランたちみたいな、魔族を連れ帰る事が出来ればいいんだけど」
「となると、魔王国に向かうべきですね。空路で向かえるでしょうか?」
「いや、空路はやめておこう」
「そうですね……英太さま、サーシャさまと合流しましょう」
俺たちは、アラミナ近郊で狩りとキノコ採取をしているサーシャとルーフに合流した。楽しそうなサーシャを見ると心が落ち着く。
ゴレミもキノコの採取に加わり、俺は一人、タルトのステータスを思い出していた。
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名前:タルト・ナービス
年齢:298
称号:紅蓮の牙リーダー
灼熱の騎士
A級冒険者
種族:魔族
職業:剣士
レベル:180(次のレベルまで893,800EXP)
HP:86,600/86,600
MP:25,200/25,200
基本能力
筋力:SS
敏捷:S
知力:B
精神:S
耐久:S
幸運:B
ユニークスキル
• 紅蓮の魂 Lv.4
スキル
• 剣術Lv.8
• 体術Lv.6
• 炎魔法Lv.6
• 全能鑑定Lv.4
• 空間魔法Lv.6
「タルト……種族名があるぞ」
魔族……と書いてある。
「ご覧の通りさ」
「それはわかったよ……何の目的があってここにいるんだ?」
「ほとんど話したよ。嘘はあまりついてない。ステータスまで曝け出したんだ。疑うな」
「……わかった」
「二つだけ伝える……俺は親に捨てられた魔族だ。色々あって死にかけて、人間国にたどり着いた」
「それがひとつ目か?」
「いや、ここまでがひとつ目だ。死にかけの俺を助けてくれたのが、サーシャ・ブランシャールだ」
胸が高鳴る……サーシャが救った魔族の子供……それがタルト?
「そして二つ目、俺は俺を捨てて、フレイマを壊滅させた父親に復讐する」
「フレイマを壊滅させたのって、勇者と……」
「魔王だ」
「タルト、お前……」
魔王の息子?
「魔王なら大量の魔素を発する事が出来るだろう。生け取りにしてお前の国に連れ帰ってもいい。人間国でのやり残しが終わったら、俺は魔王国へと渡る……着いてこいとは言わないが、俺はお前の国と繋がっているであろう結界に心当たりがある」
「魔王国とデベロ・ドラゴを繋ぐ結界が?」
「あぁ、間違いなくそうだろう。俺なら、それを弱める事が出来る」
☆★☆★☆★
タルト……お前は既に魔王国に向かったのか?
「英太さーん! これ、凄く美味しいキノコでーす!」
サーシャの楽しそうな声が耳に響く。自らの命を懸けてまで復讐を目指すタルトと、サーシャをもう一度会わせてやりたい。心からそう思っていた。




