第八十七話 タルト・ナービスの惨殺 前編
ゴルディアの奴隷商に向かう道すがら、サーシャが自分を鑑定して欲しいと言い出した。
確かに俺も気になっていた。能力の前借りをしてレベルが下がっていた筈のサーシャだが、いつの間にかR.I.Pをかけられるだけの魔力を取り戻していたのだ。
名前:サーシャ・ブランシャール
年齢 : 330
種族:ハイエルフ
称号:暗黒竜の友達
レベル:73(次のレベルまで1820EXP)
HP:19,800/19,800
MP:33,200/33,200
基本能力
筋力: D
敏捷: A
知力: B
精神: A+
耐久: D
幸運: S
ユニークスキル
• R.I.P Lv.4
スキル
•生活魔法Lv.4
•隠蔽魔法Lv.8
•精霊魔法Lv.5
「レベルが戻ってる。最後に確認した時よりも上がってるくらいだ」
「やっぱりそうですか」
「心当たりはあるのか?」
俺にはあった。サーシャのレベルを元に戻したのは……
「タルトです。タルトに呼ばれて外で話した時、急に抱きしめられて……あの……」
「キスされた?」
「いえ、違います! あの! おでこにおでこをつけられたんです! そしたらなんだか、ポワンとして……」
それは照れたという奴じゃないのか? それとも、おでこから何かを発したのか……
「レベルか経験値を譲渡したのかもしれない。方法はわからないが、それしか考えられないな」
「どうしてタルトはそんな事をしたのでしょうか?」
「そりゃ……」
好きだからだろう……きっとタルトにとって、サーシャは初恋の人なのだろうから。
歩きながら話す俺たちの前に、人だかりが現れた。嫌な予感は敵中する。そこは奴隷商だった。隠蔽魔法を使って中に入ろうかと迷ったが、不足の事態を考えてやめておいた。
野次馬たちの話では、中にいた奴隷商人は全員殺されているそうだ。職員不在となった奴隷商の内部では、丁寧に隠し部屋も開錠されており、首輪を外された奴隷たちの中には他種族の者も大勢いたらしい。
騒ぎに紛れ、ゴルディアに設置された教会の神官が惨殺された。奴隷商との繋がりがあった人物なのだろう。結果として、俺たちは何も出来なかった。
ゴルディアの貴族が次のターゲットであると確信した俺たちは、そこまで向かう事にした。しかし、ゴルディアの貴族は大小合わせて100は下らない。移動はゴレミに頼んだとしても、タルトとエンカウントするかは微妙だった。
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結局、タルトと再会する事が無いまま、満月まであと二日になってしまった。
貴族の屋敷に切り込んだタルトは、12の貴族を没落させた。その全ての屋敷で四肢を切断された奴隷が発見されたそうだ。
少ないながらも事件の目撃者が現れた。犯人は姿を見られたにも関わらず、その者を殺す事はなかった。違法奴隷の売買に関わらない者だったからだ。
目撃者は犯人の特徴を、この様に語った。
鮮血を浴びたように、真っ赤な身体をした魔物。天使の羽を持つ悪魔……と。
事件を起こしたのが、タルト・ナービスである事は、まだ俺たちしか知らない。
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「結局、タルトは見つからず終いか」
ギルマスが唸るように言った。
「貴族を殺して回っている魔物って……」
「隠蔽魔法を使ったタルトだろうな。フレイマを滅亡させた魔王への当てつけだろう。特徴が魔王デスルーシそのものだ」
「諸悪の根源を断つ、という意味では間違っていませんが、後味は悪いですよね」
「いや、肯定も否定も出来ないな……因果応報……なんて言葉は俺たちが使うべきじゃない」
「パパ、牙さんたちにポーションあげ終わったよ!」
そこにマリヤちゃんがやって来た。眠っているラブラン、アイラ、リンガーの口元にポーションを垂らすのは、大聖女の娘であるマリヤちゃんの役目だ。
「おー! 愛しのマリヤ! よくやった!」
ギルマスがマリヤちゃんを抱きしめる。マリヤちゃんは頬擦りしようとするギルマスの頬を片手で軽々と押し除けた。さすがはハーフオーガの娘だ。
「ヒゲ痛いからやめてって言ってるでしょ! もう今日は口聞かない! 明日までご機嫌よう!」
「そんなぁ……」
「良かったですね。今日だけで」
落ち込むギルマスに優しく声をかけた。
「仕事の無い一日って長いんだよなぁ……」
切実な声だった。そうだよな……ギルマスがデベロ・ドラゴに移住してからの……やりがいのある仕事を作らなきゃいけないよな。
「ギルマス」
「ほーい」
「デベロ・ドラゴに行ってから、ギルマスはどんな仕事をしたい?」
「うーん……真っ先に思いつくのは、やっぱり『ギルドマスター』だな。可愛らしさと厳かさを兼ね備えた暗黒竜が統べる新興国家のギルマスってのは、燃えるものがある」
「ゴレミのグゥイン評は話し半分以下で聞いておいてくださいね」
「まぁ、現実的には、冒険者ギルドが必要になるのはしばらく後になるだろうな。商業の知恵もあるし、農業も出来る。建築の知識もある。こう見えて、全てのギルドの管理が出来るからな」
「そう見えて、凄いですね」
あ、心配する必要なかった。この人くらいエネルギッシュなら、自分でやりがい見つけて勝手に頑張るわ。
「それとな……」ギルマスは急に口ごもった。
「何ですか?」
「ずっと、ニイチャンって呼んでたけどよ……国の王様なんだろ? これからは英太様って呼ぶ事にするわ」
「……似合わな!」
「あんだと!」
「国交とか、式典とかの時はそれでお願いします。でも、今のところは暗黒竜がいて、ユグドラシルが根付いた人口10人ちょいの国なんで……普段は英太でいいですよ」
「わかった。これからも宜しくな、英太!」
俺はギルマスと硬い握手をした。
「ただいま戻りました」
ゴルディアのギルドへ偵察に向かっていたゴレミが戻って来た。腕の中にはマリヤちゃんが抱き抱えられている。
「マリヤ!?」
「あれ、ついさっき……」
「はい。この子は隠蔽魔法でマリヤちゃんに姿を変えたゴーレムです」
「生きてるよな?」
「はい。ドアの前に置き去りにされていました。救出した者の仕業でしょう」
「タルトしかいないな」
「そう存じます。さすがサーシャさまの隠蔽魔法です。タルトはまだこの子がマリヤちゃんだと信じていますね」
ギルマスは、マリヤちゃんの姿をしたゴーレムを抱きしめた。
「いつか、礼を言わないとな」
そう言って、ギルマスはゴーレムマリヤちゃんに頬擦りをした。
当然ながら、目覚めたゴーレムマリヤちゃんにも、激しく拒絶されていた。
「英太さま、ゴルディアでの新情報です」
冒険者ギルドに『紅蓮の牙』の解散届けが提出されたのだという。理由は、ラブラン、リンガー、アイラの死亡によるもの。
「見た目も、魔力も、全て一致していたとの事です」
「タルトが適当な野盗に隠蔽魔法をかけたんだろうな」
「ギルドってそんなに簡単に騙せるんですか?」
「タルトが凄いってのが大前提だが、田舎町のギルドで手続きすれば、上手く誤魔化せると思ったんだろう。大正解だったな」
「その通りのようです。ルウィネス王国の辺境にあるカンザビ村のギルドで手続きをし、また消えたようです……やはり犯人はタルトで間違いないのでしょうか?」
「状況証拠だけだが、他に考えられないよ。タルト本人も話してただろ?」
「そうですね」
「ゴレミ、一緒にゴルディアで買い物をしておこう。ギルマス、Dランクポーションを10,000個用意したんだけど、一括で売ったら……」
「大騒ぎだよ。せめて500本にしておけ……それでもかなり目立つ」
「了解です……それと、ルウィネス王国に関して聞きたいんですけど……」
「ルウィネス? まぁ、のんびりとした国だな……諍い事とは無縁の国だ。冒険者ギルドなんて、ただの雑用ギルドになってるよ……」
「その国に、ポーションを降ろそうと思ってるんですけど……どう思いますか?」
「……理由は?」
「『紅蓮の牙』の出身地なんです。今回の件がタルトによるものだとわかったら、立場も危うくなると思うんですよね」
「……確かにな。わかった。俺が一筆書いてやる。ルウィネスの商業ギルドにギンタ・メキキノって奴がいる。そいつと俺は心の友なんだ……そいつに預けろ……でもな、それだけのポーションの代金が簡単に用意出来るとは思えないな」
「……物々交換なら?」
「ああ、ルウィネスの法律がどうかはわからんが、一度売って、こっちも買う……みたいな感じになるかもしれねぇぞ」
「構いません。魔道具を手に入れたくて」
「おお! それも頼んでおく!」
ギルマスからの手紙を携えて、俺とゴレミは転移魔法でゴルディアに向かった。
奴隷商と教会は閉鎖されていたが、驚くほどに何事も無かったかのような日常がそこにあった。
「ゴレミ、この世界の人は強いな……」
「そうですね。生きる事にひたむきです」
沢山の食材と種を購入した俺たちは、その足でルウィネス王国へと向かう事にした。




