第八十一話 ユグドラの果実
四肢を切断されたギルマスは死んでいなかった。ギルマスの生命力云々ではない。生かされていたのだ。
「切断面は完全な止血がされている。切り落としてすぐに《上級回復魔法》をかけられたんだろう。舌も切って喋れなくさせてる。反撃させる気力も持たせないって事か?」
「……どうして」
「理由はわからない。嫌がらせ、拷問の類いじゃないのか?」
「どうする? 起こすか? どうせ回復させるんだろ?」
そりゃそうだ。ユグドラシルの果実は三つある。希少な物とは言っても、ここでギルマスに使わない選択肢はない。
「エイタ、待て!」
タルトは鋭い視線で俺を静止する。
「なんだよ」
「音声遮断出来るか?」
音声遮断……サーシャが使っていた……
「《音声遮断》……したぞ」
「罠が仕掛けられていない事が引っかかる。ショウグン殿が本当にショウグン殿なのかも疑問だ」
「教会の隠蔽魔法って事か?」
「ああ、回復手段があるかどうかを探っている可能性がある。人間の欠損を回復出来るのは、大魔導師アンカルディアでも不可能だからな」
「Sランクポーションでも回復出来るんじゃないのか?」
「馬鹿、Sランクポーションなんて夢物語だよ。そんな物が流通したら世界が一変する」
「……確かに」
創造でも(現状は)作れない。かなりの高レベルなポーションで間違いない。
「慎重になれよ」
俺は《音声遮断》を解いて、ギルマスの元に向かった。頬を軽く叩き、ギルマスを起こす。頬を叩き、ギルマスを起こす。頬を強く叩き、ギルマスを……
「おいエイタ、一応怪我人……ではないが、被害者なんだから、優しくな」
ようやくギルマスが目を覚ました。
「……おぉ……あぉ……」
ギルマスは何かを言いかけたが、言葉を飲み込んだ……舌が無い事、自分が喋れない事を察知したようだ。
「ギルマス、今から欠損を回復させる果実を食べさせます。これを人間に試すのは初めてです。それでも構いませんか?」
ギルマスは首を縦に振った。俺はアイテムボックスから切り分けたユグドラの果実を取り出して、ギルマスの口へと運んだ。
ギルマスが果実を飲み込むと、欠損した部位が光を放った。その光に耐えられず眼を閉じる。次に眼を開けた時には、ギルマスは四肢を取り戻していた。
「ギルマス……左腕……」
「懐かしいな……」
そこにあったのは、禍々しいオーガの左腕だった。
「ギルマス殿は、オーガだったのか?」
驚いたのはタルトだけだった。
「正確にはハーフオーガって奴だ。貴族が奴隷のオーガに産ませたんだろう」
「なるほど、左腕は自ら切り落としたのか?」
「いや、獣人国との諍いの時にケジメとして渡した。鬼眼か左腕の二択だったからな……そりゃ腕だろ?」
「責任を取るべき存在は貴族であり、国王だと思うがな」
「そりゃそうだ。でもな、俺はその場でカッコつけたかったんだよ。だから許してくれ」
「その場ですか?」
「ああ……惚れた女がそこにいたからな、惚れた女が惚れた男もいたがな……まぁ、その辺はそのうち話すから、今は聞くな……そんな事より、聞きたい事が山ほどある」
それはこっちのセリフだった。何故ギルマスはこんなことになったのだ?
「ショウグン殿が捕えられた状況を知りたい」
タルトはそう言った。
「俺は……教会内部を調べる為に、教会に向かおうとしていた……一応、『紅蓮の牙』にも伝えておかなきゃと思って、安置所にいたアイラに話したんだ……そしたら、アイラが護衛するって言い出してな」
「アイラも一緒にいたのか?」
「ああ、教会の近くまでな……そこで記憶が無くなって……今に至る」
「アイラ……アイラ!!」
タルトは声を荒げて廊下に飛び出して行った。
「アイラも捕まったんですか?」
「わからん。でも、アイラは宿屋から監視するって言ってたぞ」
……ならば無事な可能性もある。俺たちが教会に入るところを見ていなかったのか? という疑問は残るが……
俺はタルトの様子を見に廊下に向かう。
タルトは見たことも無いほどに同様した様子で、アンデットの残骸を《探索》していた。
「タルト、アイラは宿屋から教会を監視していたらしい」
「……そうか。外を探して来てもいいか?」
「いいよ。俺はギルマスと話をしておく。『音声遮断』するから、戻って来たら顔見せてくれ」
音声遮断は、外部の音も遮断してしまう。戻って来ても気付かないかもしれない。
「ギルマス、教会の人間にやられたんですか?」
「わからん。人の気配が感じられなかった。気付いたらお前等が目の前にいたよ。絶望を味わう前に回復されてた。ありがとうな……これはなんなんだ?」
「ユグドラの果実です。欠損を回復する効果があります」
「ユグドラ……ユグドラシルの大樹に成るってアレか? 御伽噺じゃねーのかよ……」
「ええ、うちの国、暗黒竜とユグドラシルに恵まれているんです」
「ハイエルフとフェンリルにもだろ」
「サーシャは、そのうちエルフ王国に戻……」
俺は部屋の外で見た事を話した。エルフを含めた多くの種族がアンデットにされて襲いかかって来たのだ。
「……そうか、それは間違いなく奴隷にされていた奴等だろうな」
「なんで教会の下に放置したんですかね?」
「そりゃ、俺に全ての罪をなすりつける為じゃねーのか?」
「ギルマスに?」
「違法奴隷の売買に携わっていたのはギルドマスター……妻のマリィは夫を断罪し、自らは行方不明になった……そういう筋書きだろうな」
「マリィさんも行方不明に?」
「ああ、あのマリィがな」
「うーん……確かになすりつける相手としては適任ですよね」
「きっとマリィは始末されてる」
「あのマリィさんですよね?」
「勿論そうだ」
「あのマリヤちゃんも行方不明なんですけど」
「俺が教会に向かう前は家にいたけどな。攫われでもしたかな」
「あのマリヤちゃんの事ですよね?」
「ああ、マリヤは世界一可愛いからな。奴隷としても価値が高いだろう」
「親馬鹿ですね。ホント、ギルマスとは似てなくて可愛いですよ」
「ふん、仕草とか、似てる部分も多いぞ」
「マリヤちゃんを追えば、違法奴隷に辿り着くんじゃないですか?」
「マリヤには探知の魔道具を持たせてあるがな……」
探知の魔道具……GPSみたいなものか?
「それは、本物のマリヤちゃんにですよね?」
「そうだ」
本物のマリィさんとマリヤちゃんは、ギルマスが秘密の場所に匿っていた。二人はサーシャの隠蔽魔法で姿も変えている。
攫われたと仮定しているマリヤちゃんと、失踪したマリィさんは、俺が創造したゴーレムだ。外見は隠蔽魔法で完璧に偽ってあるし、言語能力もゴレミばりにある。
「まあ、攫ったのが教会なら、魔道具なんか壊されておしまいだろうがな」
「探知魔法をかけておくべきでしたかね」
存在さえ知れば、俺は魔法を創造出来る……探知魔法という手を考えつかなかったのが敗因だ。
「いや、それも含めて解除されるさ。じゃなきゃ、とっくに尻尾掴んでるって」
「教会で間違い無いんですかね……教会が主犯で、マリィさんを殺したと思い込み、マリヤちゃんを攫ったと思い込む……ギルマスも行方不明のまま……そうすれば尻尾も掴みやすくなるかもしれないですが」
「俺も行方不明か……隠蔽魔法をかけた魔物でも置いてくか?」
「オークでいいですよね?」
俺はアイテムボックスからオークの死体を取り出した。
「構わないが、マリヤにかけた隠蔽魔法も教会なら解くと思うぞ」
「《隠蔽変化》」
俺はオークをギルマスに、ギルマスをオークに変身させる。
「おい、俺をオークにする必要あるか? 人前で喋れなくなるだろ、人間にしてくれ」
「口調でバレるんで、上品な言葉を使うと約束出来るなら」
「するよ! ったく……」
「しますよ。全くもう……です」
「承知しております。毎度ご贔屓に!」
俺は決めていた。ギルマスは女の子の姿に隠蔽する。理由は、楽しいからだ。
その時、小さく「ラブラン……」という声が響いた。声の主はアイラだ。どうやらタルトと合流出来たらしい。アイラはオークと喋る俺をからかったのだろう。俺は『ノイキャン』を解いた。
「ギルマスだよ。隠蔽魔法」
どう見てもオークのギルマスに向かって、アイラは言い放った。
「え、いつも通りのギルマスじゃん」




