第八十話 深淵
アラミナの教会へと足を踏み入れた。そこに広がったのはレトロRPGで目にしていた佇まいの教会その物だ。
あれだけ黒い噂を聞いても神秘的なものを感じるとは、不思議なものだ。
アラミナの街の教会は、さほど大きくない。代わりに隣接した神父やシスターの居住スペースがあったのだが……どちらからも気配が感じられない。
「やっぱり人の気配がしないな。ゴレミの探知能力が必要か?」
「いや、二人で行こう。万が一にも隷属魔法の使用者がいると厄介だ……お前たち二人を倒すのは、俺も苦労する」タルトが言った。
「おい、俺たちを殺す気かよ」
「戦闘不能までだよ。ゴレミはお前が回復させられるんだろ? お前は回数制限付きで欠損回復も可能……命だけ奪わなければいいんだ」
こいつ、本気で言ってるな……
「というか、その考えだと、タルトが隷属魔法にかかった場合は詰みじゃないか」
「俺は隷属魔法にはかからないよ。前からその可能性を感じてはいたけど、今回のレベルアップで確信した」
「どういう理屈かわからないが、とりあえず信じるよ」
「お前にも耐性はあると思うぞ」
「なんで?」
「勘だよ、カン……エイタ、建物に隠蔽魔法はかかっているか?」
「いや、隠蔽看破に引っかかるものは何もない」
「もっと強くイメージするんだ。お前の隠蔽看破は、まだ成長の余地を残している。教会が使う隠蔽魔法にだって対応出来る筈だ」
「……なんだよ、偉そうに」
隠蔽看破はオートスキルだ。強くイメージしたところで……いや、創造の根本は想像だ。俺は隠蔽を解くイメージに集中した。
「《隠蔽看破》」
すると、地下室への入り口が浮かび上がった。
「タルト、地下室がある」
「驚いたな。本当に出来るとは……お前は勇者か何かか?
勇者……よりは邪神の側近感が強いが……一応、同じ国王だよな。
「勇者よりは魔王に近いよ」
俺の冗談に、タルトが笑い出す。
「はははっ……だったら、いつかは敵になるな」
敵って……でも、そうだよな。邪神の存在を一番嫌うタイプだよな……想像出来るわ……その未来。
「仲良くしようよ」
「無理だな。俺はフレイマを壊滅させた魔王を許せない」
「良かった。どっちかっていうと邪神だからな」
「……さあ、無駄口はここまでだ……気合いを入れるぞ! ありったけの身体強化をかけてくれ!」
何を許されるのかは不明だが、俺は指示通りに自分たちにバフをかけた。
そして隠蔽された教会の深淵へと足を踏み入れる。
地下室は四部屋。そのどれもから人の気配は感じられない。人が居た気配すらも……だ。
「《探索魔法》」
タルトが痕跡を追うが、反応はなかった。しかし、俺の隠蔽看破には反応があった。
「タルト、地下二階がある」
「……この階はあくまでもダミーということか」
俺たちは更に地下へと降り進んだ。扉を開いた瞬間にわかった。この据えた匂い……カマロ一家のアジトで嗅いだものの……数倍の体臭……そして腐臭だ。
「タルト……灯はどうする?」
「つけよう。襲いかかる敵は切り伏せればいい……それよりも、目に入るものの方が怖いな……吐くなよ」
「……頑張るよ」
吐かないよ! とは言えない……おぞましい光景は予想できた。
「《聖なる光》」
光源に照らされる。今立っているのは長い廊下で、その先に大広間があった。飾り付けは教会の様相と同じだった。
廊下には様々な種族の死体が捨てられるように並んでいた……のだろう。
目の前の死体は、見た事もないような不自然な動きで立ち上がった。サーシャを連れて来なくて良かった……立ち上がった死体の長い耳には見覚えがある。これはエルフの死体だ。
「アンデット化しやがったのかよ」
タルトの目は怒りで満ちていた。
「《全能鑑定》」
俺は干し肉を咥えながら、周囲の魔物を一括で鑑定する。腐敗臭を嗅ぎながら肉を喰らうのは正直キツかった。
「鑑定結果はどうだ?」
「廊下にいるのは47体……全部足したとしても、強さはレッドドラゴン以下だな」
「比較対象がレッドドラゴンか、思ったより厄介そうだな」
「弱点は炎と聖属性……それ以外の攻撃で倒しても死なない……破片になっても動き続ける」
タルトの言う厄介とは、その点も加味してだろう。通常攻撃では勝利に辿り着けない。細切れにすればするほど、霧散して脅威に変わってしまう。
「炎が弱点なのは有り難いが、密室だしな……エイタ、聖属性の魔法はどの程度使える?」
「使った事があるのは、回復魔法と光源魔法だけだ。教えて貰えれば何でも使えると思う」
「笑っちまうな。リンガーが使っていた《聖なる鎖》はどうだ?」
「やってみるよ《聖なる鎖》」
光の鎖が兎耳の獣人アンデットを縛りつける。腐った肉が周囲に撒き散らされ、アンデットは踠きながら消滅していく。
「……消滅したな。エイタ、ここまお前に任せていいか?」
「了解……《聖なる鎖》」
「《聖なる鎖》」
「《聖なる鎖》」
俺は魔物たちに聖なる鎖を叩きつけた。しかし本来は攻撃用でない鎖の魔法は効率が悪かった。俺は独自の魔法を飛ばしてみる事にした。
「《聖なる槍》」
「《聖なる矢》」
「《聖なる散弾》」
「《聖なる輝き》」
光の槍、光の矢、光の散弾、光の光? がアンデットたちを攻撃していく。
「殲滅完了……かな」
「……エイタ、お前は剣より魔法の方が向いてるな」
「自覚はあるよ」
「ドラゴンの剣に拘りがあるのか」
「お見通し過ぎて気持ち悪いよ」
「しかし助かったよ……俺にはこいつらは殺せなかったからな」
「炎だと教会自体が燃えちゃうからな」
「……だな。しかし、教会の手の者なのかはわからないが、ネクロマンサーがいるようだな。操られた者を倒す為には跡形もなく消し去るしかない。証拠も何もあったものじゃないのさ……ここにどの種族がいたかわかったか?」
「兎耳獣人とエルフは居た気がするが……」
「エルフ、獣人、ドワーフ、ピクシー、魔人、魔物、人間、鬼人、竜人……俺が知る種族で居なかったのは、機械族くらいのものだよ」
「堂々と教会の地下に忍ばせておくって事は、バレても構わないって事か」
「いや、普通に侵入者を殺せる戦力だと踏んだんじゃないか? 聖属性魔法の使い手に教会関係者以外の者がいるのは珍しいしな」
ふーん。人前で聖属性魔法を使うのも控えなきゃな。基本的にはポーションがあるし平気か。
「アンデットが病原菌を持っていた可能性もある。念の為に、浄化魔法をかけてくれ」
「了解。《浄化魔法》……さあ、扉を開こう」
扉の中からは気配がしない。しかし、違和感はある。きっと何もないのではなく、遮断されているのだ。
「エイタ、扉があまりにも無防備過ぎる。罠の可能性が高い」
タルトはそう言った。俺はゴーレムを創造する。
「おいおい邪神殿……残酷な事をするな」
「……邪神扱いは堪えるな」
タルトは説明無しでも、意図を理解したのだろう。残酷な思考はお互い様だ。
ゴーレムがドアに手をかけるが、特に異変は起こらない。ゴーレムは一度こちらに視線を送ると、部屋の中に入ってしまった。
「エイタ、これは大丈夫って事なのか?」
「俺にもわからない」
俺たちは静かに部屋を覗いた。だだっ広い広間の中には、左腕の無い男がいた。ギルドマスターのショウグン・トクガワだ。
「ショウグン殿……」
タルトが言葉に詰まったのは、ギルマスの姿が変わり果てていたからだ。ギルマスは獣人の奴隷同様に右手両足と舌を切られていた。




