第七十九話 手を伸ばした範囲
『奴隷救出部隊』は、ギルドの応接室に集合した。ミッションが終わり次第、ギルマスたちとここで合流する事が決まっていたのだ。
まだギルマスの姿はない。『アラミナ収束班』のアイラ、リンガー、ラブランの姿も無かった。
俺はタルトに連れられて、犠牲者が安置されている即席の遺体安置所へと向かった。
「疲れているところ申し訳ないが、『漆黒』のリーダーである以上、エイタには見ておく必要がある」
タルトの言葉は胸に刺さった。見ておくのは、この惨劇が齎したもの。
リンガーとラブランが手分けして、街の人と盗賊たちの遺体を仕分けていた。リンガーは全ての遺体に浄化魔法と簡易的な治癒魔法をかけている。
俺はその場で手を合わせた。思考ではなく、反応でそうしたのだ。
「変わった仕草だな。死者を弔う為のものか?」
タルトはそう言いながら、胸に手を充てて目を閉ざした。この世界の弔いなのだろう。
祈りを終えたタルトは更に奥へと進む。
「遺体の見分なんてやっている余裕はない。流石にリーダーのカマロや、教会関係者となったら別だがな」
俺が聞く前にタルトが言った。そしてタルトはマジックバックから、カマロ一家のボス、カマロの身体と首を取り出した。
「リンガー、カマロだ。そのままにしておいてくれ」
リンガーはカマロの死体にあからさまな嫌悪を向け、作業へと戻って行った。
「リンガーを奴隷商に売ったのは、盗賊団なんだ。カマロ一家ではないが、カマロ一家に流れた奴も大勢いる」
タルトの言葉は最低限だったが、リンガーの受けた行為が想像出来て胸が痛んだ。
「エイタ、こっちだ」
タルトが奥の扉を開けると、そこには布をかけられた丸い何かがあった。それは、四肢を切断された獣人の遺体だった。この状況には関係あるが、この人物の関係者ではない……俺は布を捲るのを躊躇った。
「……お前は見るべきだ。そうでないと、俺の大切なサーシャを任せられない」
タルトはそう言って、布を捲った。手足の無い獣人の少女が三人……猫……だらうか……耳と尻尾がある以外は、人間となんら変わらない女の子だった。
「これが人間国の現状だ……」
タルトはそう言って、布を戻した。そして獣人たちに祈りを捧げる。俺も一緒に手を合わせた。
俺たちは安置所の外に出て、崩壊したアラミナを眺めながら話をした。
「幸いな事に、ここまで腐っているのは、教会の上層部とゴルディアの上級貴族たちだけだ」
教会が腐っているだけで充分だと思うが……権力者と宗教か……強大な敵だな。
「今のところだけどな……ゴルディアの大物奴隷商人『トミー』が、この下品な『お遊び』を流行らそうと必死だ。魔物で始まり、人間の奴隷でも行われるようになり、ついには他種族にまで手を出し始めた」
「魔物も、他の種族も、人間も、一緒に仲良く暮らせる日が来るといいな」
俺はグゥインの事を考えていた。でもグゥインだけではない。言語を操り、コミュニケーションを取れる魔物なら、嫌悪する存在では無い。
「そうだな。そう言って貰えて嬉しいよ」
「ゴルディアの奴隷商人を止めればいいのか?」
「ゴルディアの腐敗そのものをどうにかするのは、俺たちだけでは無理筋だよ。奴隷商を潰したとしても数十……いや、百以上の貴族からの需要は残る」
確かにそうだ。需要が残るなら、供給する者が新たに現れるのは当然だろう。
「……それこそ、勇者と魔王がそうしたように、国ごと消滅させるしかない」
「物騒なこと言うなよ」
「俺たち『紅蓮の牙』が、ルウィネス王国周辺の貴族様からの後ろ盾を得て、A級冒険者になったのは聞いてるか?」
「なんとなくは聞いてるよ。A級冒険者になる為に泥水すすりまくったんだろ?」
「そうだが、少し違うな……楽しかったんだよ。冒険する事が……ルウィネスの貴族様たちは、比較的穏やかでな……税の取り立ても少ないし、礼儀作法さえ守れば、傍若無人な仕打ちなんて受けないんだ」
「そうなのか」
「ルウィネスの貴族様から報酬として奴隷を賜り、その奴隷たちを入れる孤児院を作り、成長した奴らに孤児院を任せるのが……楽しかった。教会の横槍が入った事もあったが、元々ビジネスじゃないしな……すぐに無くなったよ」
「孤児院に横槍まで入れるのか」
「当然だ。まあ、ほとんどトラブルらしきものは無かったさ……一番のトラブルは、ラブランが『一緒に冒険者になる』って言い出した時だな……あれは困った」
「嬉しく無かったのか?」
「まさか。危険だし……それに足手まといでしかなかったからな」
「確かに……タルトと三人では力量に差があるな」
ホワイトドラゴンを倒す前……レベル70そこそこのタルトでそうだったのだ。今は次元が違うだろう。
「アイラとリンガーは魔法が使えたからいいが……ラブランは本当に努力したよ。今では……まあ、今でも一人の方が動きやすいのは変わらないな」
酷いようだが、愛情故なのだとわかる。
「俺たちも足手まといか?」
「『漆黒』か? うーん……サーシャが少し不安だが、ドライアドの防御と回復は強力だしな。ゴレミとエイタは頼りになる。ルーフは俺の10倍は強い」
やはり、ルーフはチートだな。グゥイン級なのかな?
「力の足りない俺たちでも、奴隷解放の糸口を掴める場所……その可能性があったからアラミナにやって来たんだ。他種族の奴隷が流れているのが分かれば、教会や貴族様でもひとたまりもないからな」
「そうか……それじゃ……」
「お前らに協力は望まないぞ」
「どうして?」
「……お前たちには時間の制限があるんだろ? 本来の目的と、大切な仲間と向き合え」
満月まであと一週間だ。一週間で出来る事……状況の把握や、手の届く範囲の救出しか出来ないだろう。
「わかった。でもな、俺たちはすぐに戻って来るんだよ」
「どうしてだ?」
「俺たちが欲する魔素は、ちょっと量が多くてな。半年以内に大勢の移民を集めないといけないんだ」
グゥインは食事も出来るが、アドちゃんやユグドラシルは魔素しか吸えない。
「そうか……大量の魔素か……」
「何かあてがあるのか?」
「いや、あてはない。魔素なら魔物だよな……テイムする事が出来ればな……という程度だ。サーシャがルーフを従魔に出来たのは運が良かったな」
俺は、ルーフが魔素を栄養にするタイプの生命体だという事を教えた。
タルトは無責任にも爆笑した。
「おい、こっちは死活問題なんだよ」
「すまん……でも、サーシャらしいな」
俺たちはもう一度、遺体安置所にそれぞれの方法で祈りを捧げてから、ギルドの応接室へと戻った。
そこに居たのは、サーシャ、ゴレミ、ルーフの3人だけ。ギルマスはまだ戻っていないようだった。
「ショウグン殿に何かあったとは思えないが……妙だな」タルトが首を捻った。
「受け付け嬢のニーナさまに聞いたところ、野暮用との事でした。きっと教会に向かったのだと思われます」ゴレミが説明する。
「教会……」
きな臭い。隷属魔法に支配されたギルマスも、死体となったギルマスも用意に想像出来た。
「タルト、俺は教会に向かおうと思う。一緒に来てくれるか?」
「当然だろ!」
「……では!」「はいっ!」
立ちあがったゴレミとサーシャを制止する。教会では何を目にするかわからない……今回は俺たちだけでいい。
「二人とルーフは待機だ。拘束した野盗が暴れ出すかもしれない」
「はい! わかりました!」
「英太殿、サーシャは我に任せておけ」
元気よく返事をするサーシャに、全てを理解した様子のルーフが言った。腹を撫でられて悶えているので、けしてカッコ良くはないが、心から頼りになる。
「じゃあ、行ってくる」
俺とタルトは、宿屋近くの教会へと転移した。周辺には人の気配が無かった。倒壊した建物もあったが、無傷のものも多い。教会の中も同様で、ただ人の気配が無いだけだった。
それがおかしい。
「タルト、念の為ににギルマスの家に行ってみないか?」
「わかった」
俺たちはギルマスの自宅に転移する。中にギルマスはいなかった。そして、やはり……
「エイタ、どうかしたのか?」
「マリヤちゃんの姿がない」
「ショウグン殿の娘か……ならば避難しているのでは?」
「だったらギルドにいる筈だろ?」
「それはそうだな。ショウグン殿が指定した避難所は『ギルド』か『教会』だ。ならば娘がいるのは教会だな。正当な進入の理由が出来たな」
前世基準ではその理由だと間違いなく不法侵入になるが、なったとしても向かう事にはかわりない。
「教会には保護されている筈の人の気配が全く無かった」
俺たちは再び教会へと転移した。




