第八話 死の大地
「まだヒリヒリするのじゃあ!!」
グウィンはのたうちまわりながらドラゴンソード改の痛みを語り続けている。
前世の表現で変換すると、傷口をずっと下ろし金で擦られているような感じだね。任侠映画の拷問で見た事あるよ。本当に辛いね。
「ごめんな」
「良いのじゃ! ちょっと肉の消費に比べて尻尾の再生ペースが足りないと感じていたところじゃった。そこで妾は思いついた。元の姿に変化してから尻尾を切り落とせば、その堆積は凄まじい物になり、数ヶ月ぶんの肉を確保出来ると! 妾はそう踏んだのじゃ!」
「グウィン……お前って奴は……」
思わずグウィンを抱きしめていた。俺の為に迷わず身を削ってくれている。
「なんなのじゃ? 今はヒリヒリと戦っておるのじゃ、むやみに触れるでない」
「ごめん……あ、そう言えば、さっき言ってたけど、あの姿が本来の姿なんだ」
「それはそうに決まっておろう。妾は誉高きブラックドラゴンじゃぞ」
「じゃあ何でいつもこの姿なんだよ」
「省エネじゃ。元の姿は魔力を常に放出するからの。この大地の魔素が少なくなって来た事もあって、この姿でいる事に決めたのじゃ。それ以外にも色々とこっちの方が都合が良いのじゃ……それに、英太もこの姿の方が良いじゃろう?」
はぁ!? いや、小学生女児みたいな見た目でこの姿の方が良いって言われても……
「大きさ、ちょうどいいじゃろう?」
大きさってお前……え、まさか俺って本能的にこの姿に惹かれていて……ブラックドラゴン様が言うならもしかして……
「英太と同じくらいの大きさでいないと踏み潰してしまうかもしれんからの。それに、あの姿だと上手く人語を喋れんのじゃ」
「あ、そういう……そうそうそうそのとおり!!」
「なんじゃ? 変な奴じゃの……さあ、さっさと肉を切り分けようぞ。今日の分は干し肉にして保存食にせねばな」
俺とグウィンの身長は50センチは違うのだが、全長100メートルのブラックドラゴンと比べれば誤差の範囲だろう。
グウィンが巨大尻尾肉を切り刻んでいると、ゴーレム達がやって来た。
「良いところに来たな、ゴーレムよ! 我が家に肉を運ぶのじゃ!」
「ニク、ハコブ」
リーダーゴーレムが肉を抱き上げると、他のゴーレムたちも同じように肉を抱いて我が家へと向かっていった。
血で染まるゴーレムたち。ありがとうな。後で洗ってやるからな。
尻尾肉は我が家の屋上に敷き詰められ、乾燥させる事になった。グウィンが今日のぶんの肉をトロ火ブレスで炙っている。
「頃合いじゃ! さあ、焼きたての妾を喰らうがよい!」
「わかってるけどさ、『妾を喰らう』はやめようよ。てか、焼きたては熱すぎない? 国を滅ぼす火力なんでしょ?」
「仕方ないのう」
グウィンはそっと冷たいブレスを吐いた。弾けそうに膨れ上がっていた肉が落ち着きを取り戻す。
「ほれ、喰らえ」
グウィンに促されるまま、肉を頬張る。
……ん???
「っ!? う、うまぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
肉汁が弾ける。香ばしさが鼻を抜ける。経験したことのないのうな深い旨味が舌の上で踊る。
「ふふん、どうじゃ? これがブラックドラゴン形態のポテンシャルじゃ! 思い知ったか?」
「今までの肉も抜群に美味しいけど……凄いなぁ、味付けしてないでこれだもんな」
「ブラックドラゴンじゃからな」
「ありがとうございます。で、この後は予定通り探索するよな」
「うむ、探索、クリエイト、食事、クリエイト、探索、食事、クリエイト、食事、クリエイト、探索、食事、クリエイト、食事、クリエイト、食事、クリエイトじゃ!」
「創造の比率多くないですか?」
「ドラゴンソード改の要領で、他の装備も作って欲しいのじゃ! 尻尾鱗も増えたことだし、作れるじゃろ? 全身ブラックドラゴン装備になったら絶対カッコいいのじゃ!」
うーん。魔物もいないし、装備なんて現状は全く必要無いけどなあ……カッコいい装備に憧れる気持ちはわかる。仕方ない、作ろう。
「それと、ゴーレムたちの家を作って欲しいのじゃ!」
「家?」
雨はほとんど降らないが、一応倉庫的なものはあった方がいいだろう。
「そうじゃ、物には魂が宿るからな! 魂の休まる場所は必要じゃ!」
「どっかで聞いた台詞だな」
「妾は良いと思ったものは取り入れるタイプのブラックドラゴンじゃ」
「さて、じゃあ探索からしますか。ちょっと試したい事もあるから、落とさないでね」
グウィンに抱き抱えられた俺は、島の端を目指した。王国建設の為にまず必要なものを作る為だ。
「着いたぞ、端じゃ」
島の端。海が見える。島内に生き物はいなくても、海にはいるんじゃないか?
「ちょっと海に行ってみよ……」
「駄目じゃ」
「なんで?」
「この大地には結界が張られておる。見えない壁に阻まれて先には進めぬし、無理に進もうとしたら結界の力で肉体が消滅する」
「そうか……」
「落胆するな。英太が現れたのじゃ、何か結界を突破する術があるという事であろう」
「そうだといいんだけど」
「で、何をするのじゃ?」
「まずここに、《創造》」
俺はブラックドラゴンのオブジェを作った。漆黒のドラゴンが凛と佇んでいる。
「おお! 勇ましいのう! 本来の妾か?」
「ああ、似てる?」
「わからぬ。妾は妾の姿を見たことが無い」
「湖とかに映さなかったの?」
「あれだとたわわんとなるではないか」
たわわん?
「まあ揺れるか」
「それで、どうするのじゃ?」
「そして、《創造》」
作り出したのは石板ならぬ土版。
「この島の地図を作る」
「おお!地図とな!?」
「ああ、グウィンと一緒に空を飛んで、この大陸の形をこの板に写し込んでいく。ここを起点として、島を回りながら島中の地形をクリエイトするんだ」
「そんな事が出来るのか?」
「出来る……というか、出来るってイメージしたものは出来る可能性が高いんだ」
クリエイトスキルを探求して発見した事だ。魔力や素材の不足はどうしようも無いが、それ以外の要素の出来る出来ないは、俺のイメージによる部分が大きかった。
さっき作ったブラックドラゴンのオブジェも、この土で作ったものだ。あの見事な漆黒も、俺が再現できると信じれば再現出来るのだ。
「陸沿いにゆっくり飛んで欲しい。その途中途中で土版に地図をクリエイトしていく」
「あいわかった! 凄いな英太、さすがは我が友達じゃ」
「出来る! 完成したら褒めてくれ!」
グウィンと共に舞い上がる。不思議と怖くなかった。灰色と黄土色に包まれた大地の中を悠々と飛び回った。
あっという間に地図は完成した。しかし、島の形にまず驚かされた。この島は六芒星の形をしている。元々この形だったわけではなく、意図的に削られてこの形になったように感じた。
内部に関しても調べ尽くした。結論としては、同じような枯れた大地しかなかったのだが、湖があったであろう痕跡、森があったであろう痕跡、食物を育てていたであろう土壌の枯れ果てた場所を知る事が出来た。
正確さには欠けるが、『死の大地』の広さは北海道くらいと仮定した。
精密さはともかくとして、地図の実用性は高いはずだ。
希望も絶望感もない。あまりにも想定通りの島の現状。形状がわかっただけでも収穫だと思わねば。俺たちは島のど真ん中にある『デベロ・ドラゴ城』建設予定地へと舞い戻った。