第七十三話 ダンジョンコア
白聖竜を倒した俺たちは、速やかにダンジョンコアを破壊……
出来なかった。
ダンジョン攻略の代償は大き過ぎた。核さえあれば復活出来るゴレミの核も粉々になってしまった。
ゴレミの装着していた『守護の腕輪』には、任意の対象を護る効果があった。それがブレスの射程に入ったあの転移で、保護対象が俺とサーシャだったのだろう。
俺はゴレミをイメージ出来る。ゴレミを作ったのと同じ素材がある。ゴレミと同じような存在を創り出す事は出来る……でも、それはゴレミではない。
ゴレミは本当に馬鹿だ……グゥインはお前に、俺とサーシャを守れと言ったのだろうが、グゥインは俺やサーシャと同じくらいにお前の事が好きなんだぞ。
そこに居たゴレミの残骸に手を伸ばしながら、サーシャがギャン泣きしている。何もしてやる事が出来ない。大切な仲間は……主人に与えられた使命を全うし、力尽きたのだ……
ゴレミが言った『この街を助けたい』という言葉。あの言葉を発した時、既にゴレミはこの未来を想定していたのかもしれない。俺たちとグゥインの望みを叶える為に、犠牲になる未来を……
「ゴレミ……」
グゥインがそうした様に、当たり前みたいに復活してくれないものか。
「ゴレミ!!」
「はい」
……え?
「ゴレミ?」
まさか、と思いながら振り返る。そこには隠蔽魔法をかける前の、ゴーレム形態のゴレミがいた。
「……どうして?」
ゴレミはその怪力で俺とサーシャを抱えて、運んだ。タルトたちに聞かれてはならないらしい。
「加護の効果で御座います」
「加護?」
「はい。グゥインさまから与えられた称号がありますので、核の数だけ復活出来るのです」
「核……破壊されたけど……」
「その辺りの事は把握しかねますが、グゥインさまの力であれば容易いことでしょう」
そんな馬鹿な……と思ったが、リポップに似てるっちゃ似てるな。
「ですが、作っていただいた核は4つに減ってしまいました」
「それって、また作れば増えるの?」
「はい。そう存じます」
おいおいおい! めちゃくちゃチートじゃないですか!? 不老不死の極みですよ!
「当面、この状況をどう説明しましょうか?」
「えっと……」
「大魔導師の指輪の効果にしましょうか? それならば不死の加護があっても不思議ではありません」
「それ!」
「でも、ゴーレムの姿なのはどうしましょうか?」サーシャは首を捻った。
「もう打ち明けるしかない」
タルトに下手な誤魔化しは通用しないだろう。ゴレミに恋していたラブランには悪いが……仕方がない。
「おい、エイタ……そのゴーレムは……味方なのか?」タルトは探るように言った。
ああ、そうか……格闘家のゴレミではなく、新たに作ったゴーレムという事にすればいいのか……
「タルト、見てわからないのか……彼女はレミさんだよ」
そう言ったのは、ラブランだ。恋の力……なんて茶化す事も出来ないような、真剣な眼差しだった。
「レミさんはゴーレムだったんだ」
「そんな高度な隠蔽魔法……サーシャか?」
案の定サーシャは嬉しそうな顔をする。えっへん! が顔に書いてあるのよ。もうそれ、答えなんだよね。
「まあいい。話は後だ……とりあえず、全員無事という事でいいか?」
「はい、そうです」
タルトの問いに、ゴレミが答えた。
「リンガー……とっておきの回復魔法をかけてくれ!」
そう言って寝転がるタルトの皮膚は、大きく爛れていた。ブレスを吹いていたドラゴンの脳天を割ったのだ……ありえない話ではない。
タルトの皮膚は再生した。しかし、その身体は傷だらけだった。身体には古傷が沢山刻まれていた。腕が取れかけたのではないか? というほどの刀傷に、心臓付近を貫通したであろう矢傷もある……見ているだけで辛かった。
「ちょっとリーダー同士で話したい」
タルトは、そう言って俺を手招きした。俺はタルトからダンジョン攻略を完遂する為のイロハを教わった。
それは勿論ダンジョンコアの破壊に関してだが、手段はひとつだけではないようだった。
「エイタ、ダンジョンコアは壊してしまうのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「そうすると、ダンジョンは消滅してしまう。冒険者がこの国に集まる理由がなくなってしまうぞ」
それはわかっている。だから壊さなきゃならないんだ。
「この国を復興させるにしても、ダンジョンの力を借りるのは違うと思う……アラミナの街を見たらわかるだろ?」
「まあ、たちの悪い奴らばかりだったな。王国が管理していない場所のダンジョンは、そうなりがちだ」
「ダンジョンって、王国が管理するのか?」
「まあな。だから他の国のダンジョンは、消滅せずに管理され続けている。自然発生する事なんて滅多に無くて、ここは2,000年ぶりの新たなダンジョンだ」
「そりゃ……恨まれそうだな」
「覚悟はしておけ。『漆黒の牙』のリーダーはお前だ……というか、ダンジョンを消滅させるだけなら、ダンジョンコアをそのままアイテムボックスに仕舞えばいいんだぞ」
「……は?」
「そのダンジョンコアは再利用する事も可能だ。例えば……ここでは無い場所に、ダンジョンを創り出す事も」
「ここではない場所……」
『死の大地』に……ダンジョンを?
「エイタ、俺が把握してしている事をいくつか教えようか?」
「なんだよ」
把握していること?
「教会と繋がっているのは、マリィ・トクガワだ」
「マリィ……」
ギルマスの……奥さん……?
「何でそんな事を……」
「俺たち『紅蓮の牙』がアラミナに来た理由は、ダンジョン攻略だけじゃない。むしろ本命は……違法奴隷を売買している大元を消滅させる事なんだ……それで掴んだ情報さ……マリィ・トクガワは99%教会と癒着している」
「まさかそ……」
「俺には人を見る眼がある……フェンリル、ゴーレム、そして……ハイエルフに、創造というユニークスキルを持つ冴えない人間のパーティ……そいつらの事も見抜いているからな。魔素だろ? 欲しいのは」
こいつ……どこまで……
「協力し合わないか? 互いの『目的』の為に」
タルトは、そう言って右手を差し出した。俺はその手を握る事が出来なかった。
「まあ……急にネタバラシし過ぎたな……ちなみに、お前らの素性を知ってるのは俺だけだ。もっと言うと、素性を知ったのはついさっきだ」
「……は?」
「レベルアップだよ。ホワイトドラゴン戦で、俺のレベルは200を超えた……それで鑑定スキルも成長したみたいだ」
タルトのレベルって70くらいだったよな……倍以上ってか……3倍かよ……
「……だからあんなに苦しんでたのか」
「お前らの隠蔽は簡単に見抜けた。お前と同じ『全能鑑定』って奴が使えるようになったのさ。レミ……ゴレミさんがゴーレムだった事と、サーシャが精霊魔法を使える事……それもあって、お前たちを《詳細鑑定》してみたのさ。そしたらなんと! ってことだ……暗黒竜ってのが……お前らの根幹なんだろ?」
「……まあ、バレてないのが不思議なくらいだったからな……タルト、鑑定するぞ《詳細鑑定》」
その能力は鑑定出来なかった。レベル200超えは差が開き過ぎているようだった。
「ふふん! 弾かれたようだな。開示してやってもいいが、騙していた罰だ。見せてやらん! だが、ひとつだけ教えてやる。白聖竜は経験値を吐き出さなかったが、その代わり、プレゼントがあったぞ」
「なんだよ?」
「称号だよ。ドラゴンスレイヤー」
身に覚えがある。相当数のドラゴンか、協力な個体を倒さないと手に入らないものだ。俺も持っている。
「トドメを刺しただけなのに、なんか悪いな。協力出来る事は協力する。それに、ショウグン殿も俺たちにとっての敵ではない。ショウグン・トクガワは、マリィ・トクガワが教会と繋がっているなんて夢にも思っていないだろうさ」
「……そう、見えたよ」
「俺たちからしたってそうだよ。でもな、状況証拠が揃いに揃っているんだ……」
そこに、アイラの鋭い声が飛んで来た。
「ねえタルト! いつまでダンジョンにいるつもり!? 話すなら帰ってからでも良いでしょ!!」
「アイラ! ちょっと待て!!」
タルトは鋭い眼差しでアイラを制止した。
「エイタ、ダンジョンが崩壊したら、アラミナの冒険者が暴れる……って事は想像出来てるよな?」
「ああ、もちろんだ」
「その暴動……お前の想像している倍になるぞ」
「倍……」
「詳しい事は外で話すよ。アイラもああ言ってるしな。とにかく、ダンジョンコアを破壊……もしくは移動させると、アラミナの街は崩壊する……持って三日だな……さあ、選べ……破壊か、放置か、持ち帰るか……」
迫られる決断……経験値の低い冒険者には酷な事だった。前世がゲーム制作者でなければ……第四の案には辿り着けなかっただろう。




