第六十九話 力不足
結界が解け、俺たちと合流したルーフは、ヒドラの死体がダンジョンに吸収される様を見ながら、高笑いをした。
「くわっはっはっはっ……なんだ、毒蛇であったか! 我の存在に恐れを抱き、結界を張ったのだろう!」
「知ってるのか?」
「うむ、以前倒した事がある。何故ダンジョンに現れたのかは聞けなかったな」
聞く余裕なんて無かったよ。アイテムドロップも無かったし、俺以外のレベルが上がったとはいえ、非常にコスパの悪い戦いだった。
俺たちは80階層の魔法陣からダンジョンを脱出し、ギルマスに成果を報告する。
「ヒドラか! 流石に規格外だな!」
何度目の規格外だろうか……全く心配する素ぶりもない。ギルマスは俺たちの力に安心し切っているようだ。
それも理解出来なくはない。誰一人欠けていないひ、回復魔法と浄化魔法のお陰で俺たちの身体には傷ひとつない。一番怪我を負ったタルトですら、マジックバックから新品の鎧を取り出して着替えたら、ダンジョンに入る前と全く変わらない姿になった。
80階層の最速突破ボーナスである金貨とポーションは『漆黒』が受け取る事になった。俺たちの『共闘』は一般の冒険者には公表していない。だから攻略ペースを考えれば、先を行っていた『漆黒』がクリアしたと見られるのが自然だ。
……というタルトのゴリ押しだ。
「その金で祝杯をあげようじゃないか!」
タルトは声を張った。相変わらずの主人公感だ。
まぁ、そういう事なら問題ない。俺たちは初の共闘を讃える為、宿屋で宴を開くことになった。
宿屋にしたのには理由がある。いくら『紅蓮の牙』が一緒でも、ギルドの酒場で飲む気にはなれない。チンピラ冒険者改め野盗集団とも関わりたくはないが、ギルド特有の汗と油の匂いが鼻につくのも、どうにも馴染めなかった。
乾杯をして、エルヴィンさんの作ったツマミが運ばれて来る。
『紅蓮の牙』の連中が楽しげに騒ぐ中、俺たち『漆黒』の面々は一様に冴えない顔をしていた。
俺のドラゴン特攻が通用しなかった理由はわかっている。見た目はドラゴンのようではあるが、ヒドラは正確には海蛇だ。だから……って言うのはちょっと違う。特攻がなくとも、黒竜片手剣には伝説級武器の力は備わっているのだ。
技術が足りずに黒竜片手剣を使いこなせなかった俺、守られる一方で何もできなかったサーシャ、ヒドラに対してもデバフがかかって動けなくなったゴレミ、そして結界に阻まれたルーフ。
それぞれが自分の無力さを噛み締めて……いや、ルーフだけは平然とした顔で酒を舐めていた。
「宴は楽しくやるものだ! サーシャ、落ち込むでない! 女将よ! 特上のフルーツをここに!」
伝説級の魔獣が宴会部長のように場を取り仕切る。
「そうだよ、サーシャ! 何も落ち込む必要はない!」タルトがサーシャの肩を叩く。
「はい。でも……私は役立たずで……」
「それを言うと、ルーフの事も責めて聞こえるよ」
タルトは優しく微笑んだ。
「そんな事は……ごめんね、ルーフちゃん」
「構わない。我はサーシャの全てを受け入れる」
「サーシャ、タルトには気をつけてね。至る所に子供がいるから」リンガーはサーシャからタルトの腕を引き剥がす。
「おい、人聞きが悪いぞ」
「冗談だよ。ちょっと嫉妬しちゃったの。サーシャったら本当に可愛いんだもん」
「その上性格もいい」
アイラもリンガーも絶賛だ。そしてサーシャは相変わらず、褒めを100%受け入れて喜んでいた。
「タルトはね、七大国の全てで孤児院を経営してたの」
「そういう意味の子供か」
腑に落ちた。
しかし、経営していた……か、フレイマが消滅したという事はその孤児院も……
「適当に口説いた女に子供が出来たって話は……今のところ聞いてない」
「いないよ。俺は家庭とか、そういった事には憧れはないからな」
「適当な女に手を出したって話は否定しないね」アイラは見逃さなかった。
「サーシャの前ではその話はやめろ」
「サーシャ、この話はやめる……だから気をつけてね」
「はい! 気をつけます!」
「さあ、話も良いが食事を楽しもうではないか! 料理を注文をするのだ! 我は腹が減っている!」ルーフが声を張り上げた。
「そうだな! 女将、卵かけご飯を人数分頼む!」
タルトのせいで、冒険者がダンジョン攻略を卵かけご飯で祝う習慣が定着しそうだ。
珍味扱いのシンプルな料理に、リーナさんが銀貨5枚をふっかけてきた。前世ならSNSで炎上ものの価格設定だが、前回のタルトは4人前で金貨5枚を支払った。それを考えれば安くしてくれているのか?
フェンリル、A級冒険者、ハイエルフといったこの世界の頂点たちが、目を輝かせて卵かけご飯を頬張る姿は……なんだか不思議だ。
「ラブラン、レミちゃんの事がタイプでしょ?」唐突にアイラが言った。
「ばばばっ! 馬鹿言え! 俺は色恋なんてしてる場合じゃねぇ!」
無骨な盾役のラブランが顔を真っ赤にして否定する。おいおい、分かりやすいな。
ダンジョンでは、タルトがサーシャを口説いてるように見えた。ここに来てからもコミュニケーションは取っている。
……でも今はどこか一線を引いている気がした。話していても、口説いている……という構図になっていないのだ。
「レミさんも卵かけご飯食べなよ。美味しいよ!」ラブランはラブ全開で卵かけご飯を差し出した。
「有り難く存じます。でも結構です」ゴレミは優しく微笑んだ。
身体の構造上、食事が摂れないゴレミは、体調不良を理由に一人部屋に戻った。隠蔽魔法でゴーレムであることを隠している。打ち解けて来たとはいえ、『紅蓮の牙』に知られるわけにはいかない。
アイラやリンガーと楽しそうに話すサーシャを宴に残し、俺はゴレミの様子を見に部屋へと向かった。
「我も行こう。少し様子が気になる」ルーフも珍しくサーシャの元を離れてついて来た。
睡眠の必要がないゴレミは、一人で魔導書に目を落としていた。ドラゴン戦での無力さ……それがヒドラ戦でも発動してしまった。それを埋めるために魔法で援護できればと考える真剣さが、横顔から静かに伝わってくる。
「あまり抱え込むな。ドラゴン相手のデバフは仕方ないよ」
「ですが、英太さまとサーシャさまを護るという使命を果たさねばなりません」
ゴレミがルーフに視線を向けると、助言が返ってくる。
「うむ、我も魔法は使えぬからな。あくまでも我の電撃はスキルだ。効果は同じでも過程が違う……魔法を覚えるのではなく、魔道具を装備して使いこなせば良いのではないか?」
「確かに……その考えはありませんでした……英太さま、明日にでもショウグンさまに相談させてください」
「そうだな。そうしよう……あ、そう言えば……」
アイテムボックスから大魔導師の指輪を取り出した瞬間、ルーフの毛が一斉に逆立った。
「……ルーフ!?」
「英太殿っっ!! その指輪はどうしたのだ!!」
牙と爪が剥き出しになり、鋭い威圧感が溢れ出す。
「いや……露店で掘り出し物を鑑定したらさ……出てきて……」
「クソババアっっ!! クソババアの魔力っっ!!」
「ルーフちゃん!」
サーシャがルーフの異変を察して駆けつけてきた。サーシャに撫でられると、ルーフの荒々しい息遣いが徐々に落ち着いていく。
「クソババアって……アンカルディアだったのか?」
「アンカルディアって……伝説の大魔導師だよね?」
サーシャと共に部屋にやって来たアイラが言った。
「その名を語るな! 狂いそうになるっ!!」
「ごめん」アイラは楽しそうに謝った。
「ルーフちゃん、いい子だから落ち着こうね」サーシャはルーフの首をこちょこちょと撫でている。
「って事なんで、ルーフの前では言わないでおいて」
ルーフとサーシャを部屋に置いて、ゴレミと一緒にタルトたちの元に戻る。
ひとしきり大魔導師の指輪で盛り上がったが、話題は自然と魔道具の話に移った。
「エイタは魔道具の売買に興味あるみたい」
アイラが言った。俺はそんな事は言っていないのだが、偽装したステータスの職業が魔道商人だ。普通に考えればそうなるだろう。
「魔道具ならば、ゴルディアが良いだろうな」
タルトが新たな国の名前を口にする。七大国のひとつだろう。
「ゴルディアは人間国で一番発展しているからな。最先端のものが山ほどある」
「でも、魔道具ってお高いんでしょ?」
「まあな。しかし、『漆黒』程の実力者なら、魔獣の素材だけでも充分稼げるだろう。それに、そのマジックバックだけでも白金貨三枚はくだらないぞ」
え? マジックバックってそんなに高いの? 確かにそんな設定の異世界ものが山ほどあった気がする。
……それを無限に作れるのってヤバくないか?
うーん……でも、作り過ぎて価値が暴落したら元も子もないし、物流とか他の産業にも影響を与えかねないな。革新は素晴らしいけど、既得権益を吸う人間を敵に回してしまう。
うん、やっぱりちょっと保留だな。
しかし、いずれは『デベロ・ドラゴ』の産業と呼べる何かを創造したい。まだ考えつかないが、それを見つける為の旅でもある……と、今決めた。
「明日はダンジョン攻略は休みにするんだろう? 一緒にゴルディアに行ってみるか?」
そうタルトが口にした。休みの日まで一緒にいたくない気もするが……
「よろしくお願い申し上げます」
ゴレミは深々と頭を下げていた。




