第六十八話 共闘
『漆黒』と『紅蓮の牙』の共闘が始まる。
パーティ名は『漆黒の牙』、ドラゴンとの遭遇率が上がるかもしれないという理由で、リーダーは俺に決まった。
さっそくボスの陣取る50階層に足を踏み入れる。
途端に空気が熱を帯びた。そこに現れたのは、真紅の鱗が輝くレッドドラゴンだ。
俺たちが50階層に到達した時のボスは、キングリザードマンだが ……なんか強くなってないか?
「エイタ、手は出さなくていいからな! 行くぞ、紅蓮の牙!」
タルトの力強い声が響き、『紅蓮の牙』のメンバーが一斉に動き出した。
俺は振り翳しただけでドラゴンを滅殺してしまう黒竜片手剣をアイテムボックスに仕舞い込んで、戦況を見守ることに徹した。
「ブレスが来るぞ! 盾を構えろ!」
タルトの鋭い指示が飛び、ラブランが瞬時に反応する。ラブランの手から放たれた《絶対障壁》が光の膜となって広がる。
次の瞬間、灼熱の炎がその表面を叩いた。バリアが軋む音が耳に響き、熱気が頬をかすめるも、なんとか耐えきった。
「今だ、反撃しろ!」
アイラの声が鋭く響き、彼女の指先から《エクスプロード》が炸裂する。爆音が石壁を震わせ、赤い鱗に小さな焦げ跡を残したが、ドラゴンは怯まない。
その隙を見逃さなかったタルトが疾風のように駆け出した。
「ハァッ! 喰らえ!」
渾身の一撃、《剛閃・烈破斬》が唸りを上げ、レッドドラゴンの前脚を深々と切り裂く。鮮血が飛び散り、床に赤い染みが広がった。リンガーがすかさず《聖鎖》を放ち、光の鎖で竜の巨体を縛り上げる。その瞬間を見計らい、アイラが再び魔法を繰り出した。
「とどめを刺すよ! これで終わりだ!」
《インフェルノ・ランス》がレッドドラゴンの口内に突き刺さり、内側から爆発が起こる。轟音と共に竜がよろめき、タルトが追い打ちをかけた。
「まだだ! 完全に仕留めるぞ!」
鋭い刃が風を切り裂き、竜の巨体を容赦なく刻む。やがてレッドドラゴンの身体は地面に崩れ落ちた。
『紅蓮の牙』の戦闘は圧巻で、俺たちが手を貸す余地は一つもなかった。
戦いの余韻が残る中、ルーフがそっと近づいてきた。
「英太殿、彼等の戦闘力をどう見る?」
「ルーフ込みなら俺たちの方が上だ。ルーフを抜いたら『紅蓮の牙』が優勢かもしれないな」
「我とは少し意見が違うな」
「え?」
「エイタ、ショウグン殿からの指示だと、俺たちはここまでになるのだが、『漆黒』は単独で進むのか?」
「いや、ギルマスから許可が出てる。今日は『漆黒の牙』で80階層まで目指そうと思う」
「それでこそだ! 行こうぜ、エイタ!」
60階層、70階層と危なげなく突破し、80階層で異変が起きた。
バチィッ!
突如、ルーフの手が電撃に包まれる。
「ルーフちゃん!? 大丈夫!?」
サーシャが駆け寄る。ルーフは前脚を軽く振り、表情を変えずに言った。
「うむ、どうやら結界が張られているようだな。魔獣に対するものか、一定レベルを超える者への制限か……」
「ってことは、ルーフちゃんはここから先に進めない?」
「そのようだな」
サーシャが困ったように俺を見上げる。
「英太さん、どうしましょう?」
「ルーフ、一旦戻ろうか?」
「否、階層のボスを倒せば結界は解けるはずだ。討伐後に合流するとしよう」
圧倒的な戦力であるルーフ抜きでの攻略。今までは一度たりともピンチになる事はなかったが……少し嫌な予感がした……先へ進むと、案の定空気が重く淀んだ。
そこにいたのは、五つの首を持つ毒々しい緑の巨獣……ヒドラ。
「こいつは厄介だな」タルトが剣を構えながら低く呟く。
「ヒドラって、ドラゴンじゃないじゃん」アイラが言った。
確かにそうだ。ヒドラはギリシャ神話がベースの多頭の毒蛇だ……ここに来てドラゴン以外の魔物?
「ヒドラはフェンリルとほぼ同格だ……レッドドラゴンの10倍は強いぞ」ラブランは盾を構えて先頭に立つ。
「ルーフ程じゃないさ……とはいえ『紅蓮の牙』だけでは手に負えそうもない」
「タルト、今回は俺たちも参戦するぞ!」
「ああ、頼む!」
明らかに格上の存在。『紅蓮の牙』だけでは手に負えそうにない。俺たち『漆黒』も戦線に加わった。
戦闘が始まると、ヒドラの牙を剥く首が毒液を吐き出す。床がジュウッと溶け、焦げた臭いが鼻をつく。一瞬、周囲が静まり返り、ヒドラの荒々しい息づかいだけが響いた。
「みんな、散れ! 固まるなよ!」
タルトの声が響く。ラブランが《絶対障壁》を展開するが、別の首が尾を鞭のように振り回し、ラブランを吹き飛ばす。
アイラが《ブリザード》を放ち、ひとつの首を凍らせる。だが、別の首が咆哮しすると、呆気なく氷が粉々に砕けてしまう。
その咆哮だけでゴレミが硬直した。
ヒドラは竜ではない……何故ゴレミにデバフがかかるんだ……? ドラゴン扱いなのか? いや……考えている暇は無いっ!!
「サーシャ、ゴレミを守れ! 精霊魔法を使って構わない! とにかく防御だ!」
俺の指示に、タルトの目が鋭くなる。精霊魔法を戦闘で使いこなせるのは、エルフか大魔導師のみ。サーシャがエルフであることに確信を得たのだろう。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。
「はい! 英太さんは!?」
「俺にはこれがある!」
俺は《黒竜片手剣》を抜き、斬撃を繰り出す。刃が鱗に当たり、火花を散らしてヒドラの身体に深い傷をつける。傷はついても切断には至らない。更に、ヒドラの回復速度が異常に早い。
特効の効果は無くとも、伝説級の剣ではある。首を切り落とせないのは、単純に俺の技量不足だろう。
リンガーの《聖光(ホーリー•ライト)》がヒドラの目を眩ませ、タルトが首に斬りかかる。
大剣は力尽くで首を切り落とした。鮮血が飛び散り、首が地面に落ちると、残り四つの首が怒りに燃え、動きが激しさを増す。毒の霧が漂い、視界が歪む。
ゴレミを庇ったサーシャが《精霊召喚》を唱える。瞬間、木の根が生え広がるよりも早く、赤い目の首が彼女たちを狙った。
鋭い牙が迫る。毒液が滴る口が目前に開く。
「サーシャ、危ない!」
俺の叫びよりも早く、タルトが駆け出していた。
タルトの身体がサーシャを庇う盾となる。ヒドラの牙が肩をかすめ、血が飛び散る。鎧が毒で溶ける音が響く。
「サーシャ! 早く守りを固めるんだ! こいつは俺たちが必ず倒す! お前は自分を守りつつ、回復を頼む!!」
タルトの声は力強かった。サーシャを背に庇い、剣を構え直す。ヒドラの首が再び襲いかかり、毒液が足元に飛び散る。
しかし、タルトは一歩も引かず、《剛閃・烈破斬》を放つ。刃が唸り、二つ目の首を切り裂く。血と毒が混ざり、地面に黒い染みが広がった。
「タルト、無茶するな!」
俺が叫ぶ。だが、タルトは振り返らずに笑った。
「サーシャを守れて光栄だ! 俺の女神を傷つけるなんて許せない!」
その言葉にサーシャの頬が赤らんだ。
……え? タルトったら、この状況を利用して口説いてる?
そんな空気は一瞬で終わる。ヒドラの残り三つの首が咆哮し、タルトに迫った。一つが威圧をし、もう一つが毒を吐き、最後の一つが牙を剥く。
タルトは自ら毒の元へと向かい、ヒドラを引きつける。サーシャから遠ざけるように移動した瞬間、毒の霧がタルトの身体を完全に包み込んだ。
「タルト!」
その場にいた全員が名前を叫んだ。
「《創造》」
タルトに噛みつこうとしたヒドラの頭は、土の壁で弾かれた。ヒドラの追撃は防ぐ事が出来たが、タルトは毒の霧に包まれたままだった。
「《精霊召喚》」
サーシャはドライアドを追加召喚した。
「お願い、死なないで!」
サーシャの叫びが響く。《精霊の癒し》が淡い光となり、タルトの身体を包んだ。毒がわずかに中和される。
俺は剣を握り直し、毒の霧を切り裂いて三つ目の首に突き刺す。
「《創造)」
剣の柄に高密度の重しを創造した。刃が骨を砕く感触が伝わる。
アイラの《インフェルノ・ランス》が四つ目の首を焼き払う。炎が毒を蒸発させ、視界が開けた。
タルトは膝をつき、毒に侵された肩を押さえていた。
「タルト、しっかりして! お願いだから死なないで!」
サーシャがタルトに駆け寄ろうとするのを、ゴレミが何とか制止している。
「大丈夫だよ……サーシャが無事なら、それだけで俺は満足だ」
最後の首が咆哮を上げ、俺に向かって突進してくる。
タルトが立ち上がり剣を構えた。
「サーシャ、俺はお前を……死んでも護るっ!!」
その言葉に、サーシャの目が潤む。
「ぐぅおりゃあああああ!!」
タルトの斬撃がヒドラの首を捉え、俺の剣と交錯する。二つの刃が同時に首を貫き、巨獣が絶叫と共に崩れ落ちた。
静寂が戻り、タルトがその場に倒れ込んだ。
『紅蓮の牙』のメンバーが駆け寄る。続いて、俺とサーシャもタルトの元に向かう。ゴレミは安心したようにサーシャの身体を解放すると、その場にへたり込んでしまった。
「タルト、本当にありがとう……何でそんな……」
サーシャの声が震え、タルトの肩を握る手が優しく震えた。タルトはかすかに微笑み、掠れた声で答えた。
「お前が危ないって思ったら、身体が勝手に動いたんだ」
「本当に無茶しないで」
サーシャが呟くと、タルトは照れ笑いを浮かべた。
まるで命懸けの口説き文句だ。
少しは嫉妬するかとも思ったが、そうはならなかった。タルトの覚悟に俺も絆されてしまったのか。今はとにかく、全員が無事だった事だけで充分だ。




