第六十七話 聖統主教会
ギルドに転移するなり、ギルマスに手を掴まれる。
「急に呼び出して悪いな。場所を変える」
すぐに転移魔法をかけられ、視界が開けたときには王都跡地の小屋にいた。ギルマスの表情は険しい。やはり今回もギルドでは話せない内容なのだろう。
ギルマスからの用件は、教会の調査に関する進捗報告だった。酒場で起こった冒険者同士のトラブルを解決した際の副産物だという。
「捕らえたチンピラ冒険者が、ダンジョンで行方不明になっていた冒険者の私物を持っていた。本人は『ダンジョンで拾った』の一点張りだったが、そいつ自身にはダンジョン討伐の記録がなかった。つまり、ダンジョンから出てきた冒険者を襲ったってのが正解だな」
ギルマスは腕を組みながら、吐き捨てるように言った。
「そのチンピラ冒険者は?」
「ちょーっとばかり痛めつけてから、ギルドの檻に入れた。ギルドの檻には特殊な魔法がかかっているから、ギルマスである俺の許可なく外に出ることはできない……それで、その特殊な魔法の効果で、そいつにかかっていた隠蔽魔法が解けたんだ」
「隠蔽魔法……ギルマスにも通じるレベルの?」
「隠蔽魔法は一般にも流通している。しかし、ギルドや俺の眼を突破できるような代物ってなると話が違う……そいつは、フレイマとエラメスの国境付近を縄張りにしている『カマロ一家』って盗賊団の一員だった。そいつにかかっていたのは、ステータスを誤魔化す隠蔽魔法じゃなく、ステータスそのものを変化させる魔法だった」
「変化って、誤魔化すのではなく、別人に変わってしまうって事ですか?」
「ああ、その通りだ」
隠蔽どころか、本人の能力そのものを改変する魔法……それほどの術が施されていたとなると、背後に相当な勢力がいるはずだ。
「元のステータスからかけ離れた能力にする事は出来ないみたいだが、犯罪歴や職業の改変は容易みたいだな。そんな事が罷り通ったら、全てが覆る」
俺の『隠蔽看破』も察知しなかったって事か……明らかに怪しい酒場のチンピラ冒険者に犯罪歴が無かった理由はこれか……
「犯罪者が野放しになるって事ですか?」
「逆だよ。犯罪イコール極刑になる。外に出せないし、生かしておくにはコストがかかる」
そうか……前世での人道的云々は、ファンタジーの世界には適応しないな。
「それで、教会との関係は?」
「直接的な証拠はない。妙に金回りが良かったことくらいか」
「そっちは進捗ゼロですか」
「いや、そうでもない」
ギルマスはニヤリと笑うと、こちらをじっと見つめてきた。
「今月末に『聖夜祭』が行われるのは知ってるか?」
「……聖夜祭?」
今月? あれ、そんな概念すっかり忘れてた……前世と同じなら満月のたびに一ヶ月経過しているはずだから……7……8……外の世界に出たのが11月中旬……今は12月か?
「ニイチャン、この国だけじゃなく、この世界のことも知らねぇのかよ。異世界の人間みてーだな」
ドキッ!
ギルマスの何気ない一言に心臓が跳ねる。俺が転生者だと話したことは一度もない。
「聖夜祭ってのはな、もともと教会の神を祀る祭典だったんだ。でもな、今じゃ恋人たちがイチャつくための祭りになってる。それを主導したのも教会なんだぜ。笑っちまうだろ? そっちの方が金になるらしくてな」
前世でいうクリスマスみたいなものか……やはり共通点が多いな。
「聖夜に肉体を捧げると、その愛は永遠になる……だとよ。ロマンチックな話だが……問題はその流行が貴族にも浸透した事だ……貴族の間じゃ『新たな奴隷を手に入れる日』って風潮が広がり始めてる」
「それは合法ですよね?」
「奴隷を買う事も、その奴隷をどう扱っても違法性はない。四肢を切断して、舌を噛み切れないようにした上で、弄ぶ……貴族たちが魔物にしていたお遊びは、奴隷でも行われるようになった……いや……奴隷だけでは満足出来なくなったみたいなんだ……で、だ……」
ギルマスが言い淀んだ。俺はその続きをチンピラ冒険者から聞いていた。
「サーシャとゴレミが、そのターゲットになっている」
「やっぱり知ってたか……単純な実力なら、万に一つも心配はいらねぇ。でもな、あの盗賊ども、妙な自信を持ってやがった。たぶん、隷属魔法が関係してる」
「隷属魔法を使えるってことは、つまり……」
「教会が絡んでる……証拠はねぇが、どんどん辻褄が合い始めてる」
最悪の状況に、俺は奥歯を噛み締めた。
「チンピラ冒険者は、『例の日』に結構すると言っていました。貴族に引き渡す前に楽しむ為に……だそうです」
「聖夜祭は25日……今日は2日だから、あと23日後だ……楽しむ……普通に考えたら……」
「気を使わなくていいです。そういう意味でしょう」
「だよな」
「ダンジョンの攻略はどうしますか? 早めに仕掛けた方がいいかもしれませんよ」
「もう少し時間をくれ。カマロ一家が絡んでいるとなると、想定よりも暴動が激しくなるかもしれない」
街が犠牲になるのは確定だ。出来る限り犠牲者を出さない対策は必要だろう。しかし……
「少なくとも、『例の日』より前には攻略しておきたいです」
「わかった……80……90……と、今まで通り、一日置きに攻略してくれないか?」
「わかりました」
「それで、90階層をクリアしたら、その日のうちに100階層に挑んでくれ」
「策士ですね」
安全重視で1日おきに攻略していた俺たちが、最難関の100階層をそのままクリアする。多少の揺動にはなる筈だ。
「幸か不幸か『紅蓮の牙』に絡まれちまったからな。あいつらとニイチャンらが一緒になって攻略出来ないダンジョンなら、この世界で攻略出来る奴なんざいねえよ」
「だと良いんですけどね。100階層のボスを倒せば攻略完了ですか?」
「過去に100階層を超えたダンジョンが誕生した事はない。最終階層のボスを倒すとダンジョンコアが現れる。それを破壊して終わりだ」
「ダンジョンコア……それを壊さなければ、ダンジョンは残り続けるんですか?」
「ああ、そうだ……でな、言いにくいかもしれねーが、サーシャ嬢とレミ嬢にも例の『ターゲット』の件は伝えておくべきだ」
ギルマスの言葉に、空気が重くなった。窓の外から吹き込む風が、不穏な気配を運んでくる。
「……はい」
喉に何か引っかかったような感覚が残った。おぞましい話だが、避けられない。
☆★☆★☆★
ギルマスが去り、入れ替わるようにサーシャとゴレミが戻ってきた。ルーフも加えた4人に、例の件を伝える。
「我の仲間を慰み物にしようなど、考えただけでも万死に値する」
ルーフが怒りを露わにする。
「英太さま、サーシャさまに何かあってからではいけません。厳重に警戒すべきです」
「ゴレミちゃんもだよ」
「いえ、私の肉体に性別はありません。むしろ囮になるべきです」
「いや、弄べないとわかったら殺されてしまうかもな」
「ルーフ、ゴーレムに隷属魔法は効くのか?」
俺はルーフを見た。鋭い眼差しが返ってくる。
「魔物には効く。ゴーレムも同様だろう」ルーフが答える。
「レベル差や個体差はどうだ?」
「わからない。魔王や勇者クラスの突出した者になら効かない可能性もある、くらいに考えておくべきだな」
「隷属魔法さえ無ければ、ゴレミが捕まる事はまず無いだろう……誰がどう使うのかさえわかれば対応もできるんだが……」
「ギルマスなら知ってるのではありませんか?」
「いや、教会で厳重に管理されてるらしい」
「その教会が隷属魔法で悪さをしている……許せません」
「確定じゃない。辻褄が合うだけだ」
「英太殿、全てを投げ出してこの国を去る選択もあるぞ」
ルーフの言葉に、俺は息を詰まらせた。ルーフは俺の迷いを察して続ける。
「サーシャたちの目的は、あくまで『死の大地』に魔素を届ける事だ。この国の問題は関係ない。極端に言えば、人間国がどうなろうと知った事ではないのでは?」
「ルーフちゃん、ギルマスさんたちに悪いでしょう」サーシャがルーフを嗜める。
「我には利用されてるだけにしか思えぬぞ。サーシャとゴレミ殿に危険が及ぶ中で、協力する理由がわからない」
その通りだ。巻き込まれたこの問題は、俺たちには他人事でしかない。
「ルーフちゃん!」サーシャが声を張った。
その鋭さに、俺は顔を上げた。サーシャの瞳に強い意志が宿っている。
「なんだ?」
「私と英太さんが出会ってから、まだ3ヶ月だよ。グゥインちゃんとも同じ。たった3ヶ月の付き合いのグゥインちゃんの為にここに来たの。私も英太さんとグゥインちゃんに助けられた。ギルマスさんやマリヤさん、この街の人たちを見捨てたくない」
「うむ、承知した。サーシャがそう言うなら共に進むだけだ」
ルーフは拍子抜けするほどアッサリと受け入れた。
「英太さま……」ゴレミが跪いた。
「どうした?」
「私もこの街の為に動きたいと考えます。グゥインさまがここにいたなら、必ずそうすると思います」
確かに……グゥインならそうするよな。
「助けよう。この街の人々を……ギルマスを……奴隷となった人たちを……」
俺はグゥインとは少し違った。他人の為に動く事に多少の打算がある。ギルマスを味方につける事にも、奴隷を解放することにも……多くの種族に貸しを作る事になる。
あくまでも、俺たちの目的は『魔素』と『移民』の獲得だ。




