第六十六話 『紅蓮の牙』
A級冒険者・タルトナービス率いる『紅蓮の牙』
すぐに再会するとは予想していたが、まさか宿屋で鉢合わせるとは思わなかった。
だが考えてみれば当然だ。ここは街で一番の宿だし、ギルマスが手配してくれた宿でもある。
「俺もその卵かけご飯というものが食べたい。大丈夫、《上級状態異常回復魔法》は使えるから」
ちっ……タルトの奴、しっかり見てたんだな。
「ですが、衛生面……」リーナさんが言葉を挟む。
「文句は言わない。四人前で金貨5枚でどうだ」
「かしこまりました」
さすが若女将、切り替えが早い。
しかし金貨5枚って……ダンジョンのフロアボス攻略報酬と同額じゃないかよ。
リーナさんに促されるまま、エルヴィンさんが卵かけご飯の準備を始めた。卵かけご飯なんて前世では誰でも作れる料理の代表格だったが、ここでは異国どころか異世界の珍味だ。
テーブルに並んだ卵とご飯を前に、一度見ただけで手際よく調理を進めるエルヴィンさんの姿は、やっぱりプロの料理人だ。
「うん、美味いな!」
「サラサラいけちゃう!」
『紅蓮の牙』のメンバーたちが舌鼓を打つ声が響き合う。スプーンを動かす音と笑い声が、宿屋の食堂に活気を添えていた。
「ねえ、英太くん。これってキュアヒールが使える人なら食べても平気なの?」リーナさんが真剣な顔で聞いてきた。
「あ……まあ……それか、鑑定魔法持ちに卵の状態をチェックして貰うか」
「それよ! ありがとう!!」
突然リーナさんにハグをされる。それを見ていたエルヴィンさんは余裕の表情だ。くそっ、なんか腹が立つ。
「エイタさん、良かったら一緒にどうだい? 一杯奢るよ」
タルトが手招きをしてくる。周りのメンバーを見ると、嫌そうな顔はしていない。どうせそのうち絡むことになるなら、このタイミングで少し話しておくのも悪くないかもしれない。
「すみません。片付け……」
「いいよ。エイタは弟子の前に客だし、良いもの教えて貰ったしな。またこいよ。また教えてくれ」
「ありがとうございます」
弟子入りした覚えなんて無いが? まあいいか。次までにスパイスを集めておこう。カレーで驚かせてやる。
タルトたちの席に向かうと、エールの入った樽ジョッキがすでに用意されていた。
「エイタ、でいいか? 俺たちにも敬語はいらん。仲良くしてくれ」
「わかった。それでいいよ」
「じゃあ、敬称なしの仲に乾杯だ」
ジョッキが軽くぶつかり合い、泡が弾ける音が響く。『紅蓮の牙』のメンバーたちから改めて自己紹介が始まった。
「私はアイラ、魔法使い……四大魔法と無属性魔法が使える。15歳」
「リンガーです。同じく15歳です。僧侶で、一般的な回復魔法と聖属性魔法が使えます」
「ラブランだ。21歳の盾使い。仲良くしてくれよな。俺たちみんな、ウェルネス王国から来ている」
へー……優秀なのかな? A級冒険者が居るパーティーだもんな、きっとそうなんだろう。自分がチートすぎるせいで、リアクションが薄くなってしまう。けど大袈裟に驚くのもわざとらしいか。
「エイタ・カブラギです。15歳で……ヒノモトから来た魔導商人です」
「ヒノモトから来た魔導商人……転移魔法が使えるとは聞いたが、万能鑑定も使えるのか?」
うっ……また選択を迫られる瞬間だ。まあ、転移魔法がバレてる以上、隠し通すのも難しそうだ。
「使えます。見てもいいですか?」
「勿論だ。開放する」
「《詳細鑑定》」
視界にタルトのステータスが浮かび上がる。
名前:タルト・ナービス
年齢:24
称号:紅蓮の牙リーダー
灼熱の騎士
A級冒険者
職業:剣士
レベル:71(次のレベルまで30,200EXP)
HP:26,800/26,800
MP:7,200/7,200
基本能力
筋力:A
敏捷:B+
知力:B
精神:A−
耐久:A−
幸運:B
ユニークスキル
• 紅蓮の魂 Lv.3
闘志が高まるほど身体能力が向上し、炎属性の攻撃が強化される。火炎耐性を持ち、炎の中でも自由に行動可能。戦闘不能になった際、一度だけHPを半分回復し再起可能。
スキル
• 剣術Lv.8
• 体術Lv.6
• 炎魔法Lv.6
• 万能鑑定Lv.3
• 空間魔法Lv.5
備考
熱血で正義感が強く、仲間想いなリーダー。「紅蓮の牙」というA級冒険者パーティのリーダーで、戦場では率先して前線に立つ。炎を纏う剣技を得意とし、持久戦にも強い。戦いが激しくなるほど力を発揮するタイプ。
なんとも主人公らしいステータスだ。絶対にパーティメンバーを置き去りにしないタイプのリーダーだろう。ざまあには縁が無さそうだ。
火魔法じゃなくて炎魔法ってのも、格好良さに磨きをかけている。
「エイタのも確認させて貰うぞ。」タルトがそう言って、「《鑑定》」と唱えた。俺のステータスを確認した後、首を捻る様子が見えた。
「どうかしたのか?」
「いや、エイタのステータスにどうこうではない。『漆黒』がダンジョンに挑戦した際に、中間層のボスがドラゴンになるという現象が気になってな。サーシャさんにもその原因となりそうなものは無かった。エイタにもない……レミさんかルーフにあるのか?」
「フェンリルは序盤いなかった筈だよ。ね、エイタ?」
「ええ、まあ……」
「うーん、となるとレミさん……か、それ以外の何かか……エイタ、心当たりはあるか?」
そりゃあるけど、暗黒竜の加護なんて口に出せるわけないよね?
「いやー……どうだろう?」
「では質問を変える。『漆黒』の装備に、ドラゴンの素材が練り込まれているというのは本当か?」
「あー……そう……かも?」
弱い! あまりにも追求に弱すぎるっ!
「漆黒のドラゴンというと、ブラックドラゴンか……いや、そんな化け物が存在するとは思えない……」
「フェンリルが居たし、居てもおかしくないよ」
「そうだな。その装備は何処で手に入れたんだ?」
「それは、秘密ですよ」
「それはそうか。商人にする質問では無かったな。では、いくらなら売れる?」
「非売品だよ」
「そうか、では、一緒にダンジョンに潜らないか?」
……え?
「私たちもドラゴンと戦いたいの。ドラゴンなんて魔王国の奥深くと、龍人国にしかいないんだから。ダンジョンで出会えるなら倒したいのよ」アイラが言った。
「……でもドラゴンは強いよ。他のボスの方が……」
「あなた達は倒しているんですよね? タルト程ではないけど、私たちもD級冒険者ではあるんです。それに、パーティとしての戦闘経験も豊富です」リンガーが真剣な眼差しを向けてくる。
「君たちが既にクリアした階層で構わない。一時的に俺たちとパーティ契約を結んでくれれば、経験値は君たちにも分配される。もちろん、戦うのは俺たちだけだ」ラブランが熱く語る。
「うーん……ギルマスに相談してもいいかな?」
「よし、善は急げだ」
タルトの姿がふっと消えた。ギルマスの元へ転移したのだろう。しまった……タルトの勢いだと、全てをポジティブに捉えて報告するだけだ。ギルマスが断れるはずがない。
タルトの交渉上手! いや、強引さ! こういうタイプの方がモテるんだよな!
数分後、タルトが戻ってきた。
「ショウグン殿からの許可は得たぞ」
「やったな」
「宜しくね。エイタ!」
『紅蓮の牙』のメンバーたちが色めき立つ声が響く。
「ただし、安全面を考えて、一日に挑戦出来るボスは一体までだそうだ。それに加えて『漆黒』も『紅蓮の牙』に死傷者が出ないよう最低限のサポートをするのが条件となった」
よくも勝手に決めたものだ……でも、ギルマスらしいちゃらしい。俺たちを同行させることで、『紅蓮の牙』のダンジョン攻略に制限をかけた。教会内部を調べるまでの時間稼ぎが大成功だ。
「エイタ、これは手付け金だ」
タルトがそう言って、白金貨を5枚取り出した。鈍い光を放つコインがテーブルの上に並ぶ。
「……え? こんなに?」
「何を言う。君たちのダンジョン攻略の邪魔にもなるんだ。当然の対価だよ」
こうして、なし崩し的に連合パーティが結成される流れが決まった。
「みんな、エイタはギルマス案件で明日はダンジョン攻略に参加出来ない。一度ウェルネスに戻って準備を整えるぞ」
え……俺、明日ギルマス案件あるの? 聞いてないんだけど……
「エイタ、ギルマスが呼んでいたぞ。時間がある時にギルドに向かってくれ」




