第六十四話 A級冒険者『タルト・ナービス』
圧倒された……初めて目の当たりにするスタンピードにも、それを殲滅するフェンリルにも。
「我一人で充分である!」
そう言ったルーフの言葉は、大袈裟でもなんでもない。全てのモンスターを圧倒していく。その実力を痛感したのは、手加減しながら殲滅しているのが明らかに見て取れる点だ。
ルーフはあくまでも『狩り』をしている。配下のウルフたちの食料確保の為だけにスタンピードを利用しているのだ。
強烈な雷撃で倒れた魔物たち……それぞれが食材としての価値を保つだけの適切なダメージで死に至っている。その光景は恐ろしくさえあった。グウィンとは違った強さだ。
「ルーフさま、討ち漏らしなどないではありませんか」
ゴレミは無造作に魔物の死骸を数えながら言った。
「ルーフちゃん、凄い!」
サーシャは無邪気に微笑みながら、血の滴る大地を気にする様子もなくルーフの背を撫でた。
「8241匹だね……」
俺はアイテムボックスに追加された魔物の総数を読み上げた。途方もない数字に、改めてルーフの戦闘能力を思い知らされる。
「うむ、そんなに居たか! 普段は1000匹程残して全て発生源に送り返していた! これで二ヶ月は食料に困らないな!」
満足そうに頷くルーフ。その足元では、配下であるウルフたちが次々と獲物に食らいついていた。雷の熱で表面が焼け、適度に熱処理された魔物の肉を貪っている。
アイテムボックスの中身は腐らない。しかし、俺がいないと取り出せない。その不便を解消する為に、俺はマジックバックを《創造》した。このマジックバックの凄い点は、任意の人物同士で中身の一部を同期させられる点にある。
つまり、食料をルーフと同期する事が出来るのだ。問題点としては、死の大地との同期……俺が死の大地に戻った場合にどうなるか、どうするか……それはその時考えなければならない。
とは言え、便利が過ぎる。タルト曰く、マジックバックでその容量はあり得ないそうなのだ。
そう……A級冒険者のタルト・ナービス曰くだ。
少しだけ時間を巻き戻す。
☆★☆★☆★
「スタンピードの気配を察知して来てみたら……驚きだな」
突如として響いた声に、俺は反射的に振り向いた。
魔物の気配で気づかなかった。俺たちの背後に『紅蓮の牙』の面々が勢揃いしていた。タルトを先頭に、仲間たちが警戒するようにこちらを見ている。
「ギルマスも居て……その黒い装備の三人組というと、街で話題の『竜殺しの漆黒』かな?」
タルトが腕を組み、俺たちを値踏みするような目で見ていた。
「タルト、お前ら……どうしてここに?」
聞いたのはギルマスだ。
「スタンピードの気配がしたからですよ。その対応に」
「馬鹿野郎! たった四人で押さえ込める訳ねえだろ!」
「抑え込んだじゃないですか? たった四人で」
四人……は、『漆黒』とギルマスの事? ルーフがほぼ一人でやった事には気付いてないのか?
「どうやったんですか? 到着した時には魔獣の死体だらけだし、マジックバックにそれを全部仕舞い込むなんて、ありえない」
「それは……」
「我も協力した!」
ルーフが割り込んで誇らしげに言った。
「……フェンリル?」
「うむ、我はサーシャの従魔であるからな! 共に闘った!」
いや……共に闘った実感無いけどな……討ち漏らしはほんの数匹……
「サーシャ……」
タルトが視線を動かす前に、ルーフがサーシャの元に駆け寄った。
「サーシャ……貴女がフェンリルをテイムしたんですか?」
「ルーフが望んだので!」
「うむ!」
またハイエルフとフェンリルがイチャコラ始めた。微笑ましいよ、血まみれだけど。
「相当優秀なテイマーみたいですね……」
タルトは考え込むような仕草を見せた。そして、わずかに眉を動かし、そのままサーシャを見つめた。
視線でわかった。鑑定しようとしている。
「タルト、無言で鑑定はマナー違反じゃないか?」
「失礼、驚きの余り許可を得るのを忘れてしまいました……まずは自己紹介を。『紅蓮の牙』のリーダーを務めさせて頂いております。剣士のタルト・ナービスと申します。今回はアラミナ近郊に出現したダンジョン攻略の為にフレイマにやって来ました」
「そうですか。エイタ・カブラギです。うちの護衛のサーシャとレミ……それにフェンリルのルーフです」
「うちのパーティメンバーの『ラブラン』『リンガー』『アイラ』です。以後お見知り置きを」
互いのメンバーがそれとなく挨拶を交わした。
「改めましてサーシャさん、鑑定しても宜しいですか!」
「はい。え、いいですよ!」
今、ハイエルフって言おうとしなかった? 危ないよ?
「ふむ……魔導従者……テイマーでもないのか……ルーフさん、何故サーシャさんの従魔になられたんですか?」
精霊力とか言うなよ……俺は内心でそう願いながらルーフの返答を待った。
「愚問だ……ならぬ理由がないであろう」
ルーフは当然のように答えながら、サーシャにじゃれついている。その姿はまるで大型犬のようだった。
まあ、良かった……とりあえず、サーシャが《浄化魔法》をかけてくれたおかげで血も消えた。
「うん……まあ確かに、こんな美女に仕えられたら幸せだろうな」
「タールートー!」
突然、鋭い声が飛ぶ。『紅蓮の牙』の女性二人。僧侶のリンガーと魔法使いのアイラが、俺の言葉に反応していた。二人とも職業のテンプレのような格好をしている。
「他の女に見惚れない……ごめんなさいね、サーシャさん。こいつ、女癖悪いから相手にしないで」アイラが呆れたように言う。
「はい! わかりました! 相手にしません!」サーシャが明るく即答する。
「いや、そういうアレじゃなくてさ、普通に……」
「はい帰宅。戻ってダンジョン攻略開始しましょう! 今日中に『漆黒』さんに追いつかないと……ラブラン、タルトを運んで!」
アイラは一気に話をまとめ、強引に帰還モードに入った。
「タルト、自分で歩けよ……てか転移しろ!」
「わかったよ。とにかく、スタンピードが防げて良かった。漆黒の皆さん、また会いましょう」
タルトはそう言い残し、仲間たちと共に転移魔法で去っていった。
「転移魔法もレアなんじゃなかったでしたっけ?」
「それが出来るだけの奴って事だよ」ギルマスは答える。
「タルトからは敵意は一切感じませんでした。女性陣からはやや敵意が発されていました」ゴレミが冷静に分析する。
「え!? なんでですか?」
「うむ、サーシャの美しさは罪であるな!」ルーフが得意げに頷く。
「タルトのパーティメンバーって、確か三人とも奴隷でしたよね?」
「ああ、でも奴隷たちとは対等でいたいそうだ」
「対等どころか、どちらかというとメンバーの方が強気じゃなかったですか?」
「それに関しては知らん。サーシャ嬢への嫉妬もあったんじゃねーか?」
「サーシャさまの美しさは当然として、スタンピードを四人で抑え込めるという自信があるということは『紅蓮の牙』の実力は想像以上では無いでしょうか?」ゴレミが分析する。
確かに、あれほどの規模のスタンピードを抑え込めるなら、彼らの戦力は相当なものだろう。
「確かに、俺たちはルーフ抜きの四人なら難しかっただろうな」
「そんなことはないぞ。討ち漏らしを出さない……という事は不可能だが、英太殿の魔術で数を減らし、サーシャが精霊召喚で魔物の退路を塞ぎ、ゴレミ殿とショウグン殿が残りを狩れば良い……これならば三人で方がつく」
「そんな簡単に行かないよ」
「英太殿は自分の実力を過小評価しているな。其方の潜在能力は我に匹敵するぞ」
「匹敵って……鑑定していい?」
「よいぞ!」
ルーフは腹を見せた。俺は早速《詳細鑑定》を試みるが……案の定、弾かれた……
仕方なく、通常の万能鑑定を行う。
「《鑑定》」
名前: ルーフ
年齢: 330
種族: フェンリル
称号: サーシャの従魔 / 雷神の化身
レベル: XXX
HP: 970000/970000
MP: 965000/965000
ユニークスキル
・オーバークロック
スキル
・天雷の咆哮
・神獣の爪
・暴風撃
・再生の風
《オーバークロック》……ゲームのオーバークロック(CPUの処理能力を限界以上に引き上げる)みたいなものか?
またゲーム用語のようなユニークスキルだ……俺とグウィンとルーフ……HPとMPは雲泥の差だが……匹敵するのはこの点か?
「レベルが違いすぎて匹敵なんてとてもとても」
「うむ、レベルの壁か……レベルの上限には個体差があるからな。人間族は割と高い方だと認識するが」
「上限……やっぱりあるのか……俺は99以上上がらないんだ」
「そうか……99ならば充分だがな。我にレベル上限を突破させるスキルがあればいいのだが」
レベル上限を突破させるスキル……?
「え……そんなのがあるの?」
「うむ、我もクソババアに上限突破させて貰った。それにより数倍の力を手に入れたのだ」
「ルーフちゃん! 汚い言葉を使ってはなりません!」
サーシャがたしなめるが、ルーフは怒りを露わにする。
「すまぬ、しかし、我はあやつだけは許せないのだ!」
「ルーフさま、その方は精霊魔法も使われていたそうですね。もしやエルフ族……」
「否! くそババアはエルフではない! くそババアは我に呪いをかけたのだ! 許せぬ!」
「呪い? どんな?」
「言えぬ! それも呪いの一部なのだ!」
ルーフは悔しげに唸る。
……くそババア、一体何者なんだ?
「ニイチャン、俺はギルドに戻るぞ。ニイチャンたちはどうするんだ?」
本来ならばスタンピードの対応のために今日はダンジョン攻略は休みの予定だった。しかし、状況はそう簡単にはいかないようだ。
「70階層までダンジョン攻略を進めます。『紅蓮の牙』に追いつかれると、何かとまずいでしょう。簡単に追いつけそうな差でない方がいいかなと」
「だな……タルトに駆け引きが通じるとは思えないがな」 ギルマスはそう言って、軽い笑みを浮かべた。
確かに……なんなら今日中に最下層まで攻略を進めそうな勢いだったもんな。




