第六十二話 腹の内側
「ハーフオーガ……オーガと他者族の子供って事ですか?」
「ああ。恥ずかしながら、自分の素性は鑑定スキルで知ったんだ。『種族名:ハーフオーガ』を見た時は笑っちまったぜ。他の奴らよりちょっとゴツいなとは思ってたんだよ」
ギルマスは豪快に笑った。気にしていない、乗り越えた人のそれだった。
「ガキの頃はツノもあったんだけどな……虐められてな、自分で折ってやった」
「他国に対しての不可侵が法で定められた状況で、混血種が産まれるのは、とても珍しい事でなんです」マリィさんが言った。
2000年も産まれていないならば、偏見は創造を超えるものだろう。
「多種族間の交流も交配も普通なら考えられねえ。俺がハーフオーガだって事ぁ、周りにはバレてねえ筈だ。だからあの程度の虐めで済んだ。まあ、喧嘩無双だった事もちったー関係あるがな」
「いや、大部分そうでしょ。S級冒険者になるよな化け物なんだから」
「おいおい! ハーフオーガに対して化け物とは言ってくれるねぇ! 俺に流れる高貴な血がたぎっちまうぜ?」
「すみません」
「冗談だよ……高貴な血なんざクソったれだ……父親は貴族だと踏んでいる。母親は奴隷だろうな……オーガの雌ってのは、筋肉質でいい身体してるからな……さあ、次はニイチャンの番だ」
俺はゴレミに視線を向ける。ゴレミは静かに頷いた。
そして俺は、アイテムボックスから、黒竜片手剣と、ブラックドラゴンの鱗を取り出した。
「これは、俺が友達と一緒に創造した伝説級の武器です。そして、これは……」
少しだけ躊躇った……これをゴレミに伝えるのは初めてだ……いや、ゴレミだけではない……誰かに伝えるのが初めてなのだ。
「これは、暗黒竜の鱗です」
「暗黒竜……マリィ、知ってるか?」
ギルマスはマリィさんに聞いた。
「竜族の中でも最上位種です。同格には白聖竜がいます。格上とは違いますが、力が上とされるのは、古竜です。古竜も長く生きたドラゴンの呼び名ですが……」
「つまりは、事実上最強って事だな」
ゴレミは表情ひとつ変えずに聞いている。こんなセンシティブな話を、いきなり部外者の前でするのだ。許して欲しい。
「なるほど、グウィンちゃんが暗黒竜か」
それにしてもギルマスは……
「勘が鋭いですね」
「んなこたねぇよ。サーシャ嬢の称号に『暗黒竜の友達』って書いてあったからな。その様子じゃ、レミ嬢も初耳か?」
「はい。ごめんな……ゴレミ……」
「いえ、事象に関してはグウィンさまから聞いておりました。暗黒竜は、黒竜の変化系です。グウィンさまは状況次第で暗黒竜に変化する可能性があり、それを恐れていました。まだツバサさまが誕生する前でしたので、巣に行かれた際に私に話してくださりました。まさか……既に変化しておられたとは……」
「なるほど、そういう事か……だったら心配無いかも知れねーぞ」
「……と、言いますと?」
「種族名の変化は、その個体の変化とは違う。自分がそう思い込む事で変化する物なんだ。現に、ハーフオーガである俺の種族名も、いつの間にか『人間族』に変わったしな。きっと、そのグウィンさまは、自分が暗黒竜と呼ばれる可能性と、そうなった未来の事を考え過ぎたんだろう……『絶対にそうだ!』とは言い切れないが、少なくとも俺はそう思うな」
「……ありがとうございます」
ゴレミの目から涙が溢れる事は無かった。しかし、泣いているように思えた。彼女には血も涙もないが、心がある。
「ギルマス、俺たちはグウィンが大好きなんです。偉そうで、我儘で、純粋で、可愛い……あいつは、だだっ広くて何もない島に2000年以上も封印されていたんです。たった一人でです。あいつは友達が大好きなんです。誰の事も見下さない……わけではないですが、分け隔てなく接する奴なんです……だから、沢山の友達と過ごさせてやりたいんです。原因はわかりませんが、俺やサーシャが結界の内側に迷い込みました……そして、外界と行き来出来る手段を見つけました……俺たちは、島への移民を探しています……これが俺たちの旅の目的です」
俺は頭に浮かぶ全てをぶちまけた。その後、ゴレミが伝えるべき事の補足をしてくれた。
グウィンの生命を維持する為には、魔素が必要な事、島の魔素が無くなりかけている事、その原因が、ユグドラシルの大樹にある事、島は『死の大地』と呼ばれているという事だ。
「わかった。信じる……アンタらじゃなきゃ信じられないが、アンタらだからな」
ギルマスは豪快にニカッと笑った。
「じゃあ、俺からの二つ目だ……俺はこの国を崩壊させる為に暗躍し、勇者グレアルが死に至る原因を作った者を殺したい」
「ショウグンさま……英太さま、サーシャさまの身に危険が及ぶ場合を除き、私は人族の殺害に加担することは出来ません。それはグウィンさまの意思でもあります」
ゴレミはグウィンとどんな話をしたのだろうか? 心の底から忠誠を誓っている。素晴らしい配下だと思う。
「最後まで聞いてくれ……それは俺がやる。アンタらがどうこうで変わる問題じゃねえ。尻尾を出さねえそいつの、尻尾を出させたい。その為に必要なのが、既にニイチャンたちに頼んである『ダンジョン攻略』だ」
「チンピラ冒険者を追い出す為ではなく?」
「チンピラ冒険者を送り込んでいるのも、そいつらに拷問遊び用の魔物を捕獲させているのも、まともな冒険者を殺して回らせてるのも、他種族の奴隷を売買しているのも、全部一緒だ……で、今、そいつが隠れ蓑にしている可能性が高いのが聖統主教会だと踏んでいる」
「サーシャが行った教会ですか?」
「あのちっぽけな教会には何の力も無い…… 聖統主教会はその名の通り、全ての教会を統べる総本部だ。こをなちっぽけな教会なんぞ、気に求めちゃいねぇ……と、思っていたんだがな……きな臭さは増している」
「それは、アラミナの教会が、教会本部にとって利用価値のあるものに変わったから?」
「フレイマの崩壊と、ダンジョンの出現……心当たりばかりだ。すまんな、実はマリヤに指示していたんだ……この話をする間はサーシャ嬢を俺たちから引き離すように動け……ってな」
「それは……」
「いやいや、疑っているとか、危害を加えようって訳じゃない……可能性は低いが、サーシャ嬢は隷属魔法にかかっている可能性がある」
「でも、サーシャはR.I.Pで……」
「その時の記憶がありませんでした。R.I.Pの効果も不透明です。隷属魔法かは不明ですが、催眠の類かもしれません……であれば、教会で掛けられた可能性は高いです」ゴレミの意見は至極真っ当だ。
「ダーリャの伝承が教会にあるかもしれない……そう言っちまったのは軽はずみだった」
「フレイマの国王は隷属魔法によって操られていたんだ……普通にしてたら気付かない様子だったそうだよ。グレアル王子がそれを知った時には、フレイマは腐り切っていた。フレイマを腐らせたのは、当時の大臣たちで間違いない。その大臣は王子で勇者のグレアル様が殺した……それでも、その後もフレイマは……残されたアラミナの街が元に戻る事は無かった」
「魔王がフレイマを救いに来たというのは?」
「事実だ。魔王がフレイマを救いに来た。それにより、腐ったフレイマは消滅した。勇者グレアル王子は死んだ。残されたアラミナの現状は話した通り……全て事実だ」
フレイマを救う為に、フレイマを壊滅させた……魔王の立ち回りに違和感があった。別の何か……目的があるような気がする……
「レミ嬢、一緒に殺してくれとは言わない。ダンジョンの攻略と、奴隷解放の手助けは頼めないか?」
「かしこまりました。通常より二割増しの報酬であれば承ります」ゴレミは、ギルマス節で返した。
「この商売上手め……よーし! 契約成立だな! 俺が隠してきたのはこれだけだ。あとは、細々とした作戦諸々をぶっちゃけたらおしまいだ」
「そうですね。細々とした事はあるでしょうが、俺も隠していた事は全てです……最後に確認させてください。俺たちを……邪神かもしれない者の元に移民を送ろうとする者と、邪神かもしれないドラゴンを見逃しますか?」
「愚問だな。まずはお前らの力を利用したい。そこで一旦完結だ……俺たちに危害を加えようとしていない限り、俺たちはニイチャンたちの存在を口外しない」
「信じますよ」
「こっちも交渉成立だな」
俺はギルマスとガッチリ手を組んだ。その瞬間、脳内に電気のようなものが流れ込む感覚があった。
「ぐっ……いででで……」
「どうかしたか?」
「いや、頭がピリピリと」
「ほー。スキルレベルでも上がったかな?」
俺はステータスウインドウを確認した。なんと、『交渉』のスキルレベルが2になっていた。
「交渉スキルですね……使ってなかったんだけどな?」
「地の交渉力が上がったんじゃねえか? 筋トレして剣技が上がるようなもんだ」
なるほど……確かにあり得るか……
俺たちは、その後もダンジョン攻略と奴隷解放に関しての打ち合わせをした。
ギルマスは、他者族の奴隷が捕らえられているの場所を教会の内部だと踏んでいる。内部にギルマスが潜入するのは事実上不可能。隠蔽魔法で透明化したいところだが、教会には特別な結界が貼られている。隠蔽が剥がされる可能性も少なくない。
「タイミングを見計らって、マリィを教会に向かわせようと思っていたんだが……なるべくなら避けたくてな」
マリィさんは元冒険者で大聖女と呼ばれた存在。教会の加護を受けており、内部の闇にも触れていたのだという。
「私が見たものは、単なる貴族との癒着です。それでも、人間の奴隷……合法な奴隷の調達、保護と称して孤児を引き取り、犯罪歴を詐称して奴隷に落とす……下劣な行為です」
「……おっと、マリィが何もせずに見て見ぬフリをしたとか考えるなよ。マリィが暗躍した解放運動……それがグレアル王子を焚き付けて、結果的にフレイマの現状に至る」
「それ、フォローになってますか?」
「なってるさ。スクラップ&ビルドだ!」
「命に変えても、私はこの国を終わらせます」マリィさんはそう言った。
「その命は、俺が必ず守ってみせる!」
「強情ですね」
「お前がな」
二人のやり取りからは、強い信頼が伺えた。夫婦のようでもあり、闘いを潜り抜けた戦友のようでもある。事実、そうなのだろうが……




