第六十一話 テイムするハイエルフ
「ギルマス、マリヤちゃんに見せちゃダメです!」
暗闇の中、山のように溢れかえる魔獣の死体。俺は身体いっぱいでゴレミ無双の残骸を隠した。
「大丈夫だよ。私、魔獣の解体もした事あるもん」
「一度だけだけどな」
「え、そうなんですか?」
「マリヤは仮にもギルドマスターの娘だ。ちなみにマリィは元冒険者だぜ。聖女マリィって言やぁちったあ知られたもんさ」
「お恥ずかしい。もう10年も前の出来事です」
マリィさんは頬を染めた。勝手に二十代前半だと思ってたけど、違うのか?
「わかりました。サーシャ! ゴレミ! ギルマスをお連れしたぞ!」
俺が小屋に戻ろうとすると……魔獣……狼の死体が動き出した……え? もしかしてアンデット系とか!? それは俺も耐性がないよ……
「英太さーん!」
すると、遠くからサーシャの声が聞こえた。サーシャったら楽しそうに……え? 乗ってる……狼に乗ってる……じゃあこっちの狼たちは?
「《光源魔法》」
そこに居たのは数百匹の狼。そして、傍らには数百匹の魔物の死体。サーシャが跨っているのも……狼? 白い狼だ! え、もしかしてテイムしたの?
サーシャが白い狼から降りた。狼は「ハッハッ」と呼吸しながら、サーシャに腹を見せている。
「マリィさん、マリヤちゃん、ようこそ!」
「サーシャちゃん! 狼さん可愛い!」
マリヤちゃんは躊躇なく狼の頭を撫でにいく。危険危険……いのちだいじに!
「サーシャ、マリヤちゃん、お腹撫でてあげると喜ぶよ」
俺の言葉に狼の尻尾がぶるんぶるんと揺れた。あれ、これってもしかして……言葉わかってる?
「ねえ、狼さん……喋れる?」
「うむ、我は人語を使いこなせるぞ」
案の定だった。人語を話せる魔獣って、かなり上位なんじゃないの? それで白い狼って……まさか、フェンリルをテイムしたとか、ベッタベタな展開だったり……
「しかしな、我は狼ではなく、フェンリルであるっ!」
……した! 案の定であるっ!
「お主が英太殿か、貴殿の事はサーシャから聞いている。我はサーシャの従魔となったルーフである。宜しく頼む」
狩った魔物の数もそうだが、サーシャが跨っていた魔獣がフェンリルだとは……ハイエルフっぽいな……
「サーシャ、本当にフェンリルをテイムしたの?」
「テイム……って言うんですかね? ルーフから従魔契約をしたいって言われただけなので」
「そうだ。我から頼んだ。よい名を賜って満足だ」
「ハクも良い名前だったよ」
「否、もはやルーフしか考えられぬ!」
「ルーフったらあっ!」
付き合いたてのカップルのようなハイエルフとフェンリル。状況の説明が欲しいなと思ったタイミングで、「私から説明させていただきます」と、ゴレミがカットインして来た。
仕方ないけど血まみれだね。全部返り血なんだろうけど。俺はゴレミに浄化魔法をかけてから、話を聞く事にした。理路整然! やっぱり説明はゴレミに限る!
ゴレミとサーシャは俺の指示に従って、魔物を討伐していたらしい。討伐は順調そのもので、ゴレミは魔物を狩っては運び、狩っては運びを繰り返していた。サーシャが手を貸す必要もないくらいの効率の良さだった。
やがて、魔物の気配が無くなり、二人はちょっと遠出をして、森の奥深くまで入る事にした。
スキルレベルが上がって、攻撃や回復の能力を手にしたサーシャの《精霊召喚》。それが森の力を借りた場合、どのような効果を発揮するか……実験をしたのだそうだ。
そこにルーフが現れたのだという。
現れた瞬間、ゴレミは戦闘体制を取ったが、本能的に敵わないと察知したそうだ。それ以上に、サーシャの前で寝転がり、腹を見せるその姿からは、完全なる降伏の意思が見て取れたという。
「降伏って……サーシャに?」
「ハイエルフですからっっ!!」
「ハクさまはフェンリルであり、森の守護者でございます……森の異常事態と、純度の高い精霊魔法に引き寄せられたそうです」
「ゴレミ殿、我はルーフである」
「失礼しました。ハクさま改めルーフさまは、サーシャさまの精霊魔法に一目惚れし、その場で従魔契約を希望しました」
「この地にはエルフがいないからな。精霊魔法なんて、100年前にくそババアが使っていたのを見たのが最後だ。それに……サーシャの放つ精霊魔法は、たまらない。くそババアのくそ精霊魔法とは雲泥だ」
くそババアとか言っちゃダメだよ……とは思ったが、この世界の常識もフェンリルの常識も知らない。
「ねえ、サーシャの放つ精霊魔法はそんなにたまらないものなの?」
「うむ、格別である」
「ちょっと試してみていい? ……《精霊召喚》」
俺もドライアドを召喚してみる。ルーフは精霊の通り道をテイスティングしてから、真っ直ぐに答えた。
「顔込みでサーシャの勝ちである!」
サーシャが無邪気に喜んでくれて良かった。精霊魔法が五分だったら凹ませちゃんもんね。クソ冒険者に役立たず商人扱いされて、ちょっとムキになってしまった。反省。
「ニイチャン、精霊魔法まで使えんのかよ……会う度に驚かせるのやめてくれよ」
「すみません。今日は、本当にぶっちゃけようと思ってお呼びしたんです」
「ルーフちゃん! 私もルーフちゃんに乗りたい!」
「マリヤ、困らせちゃダメよ」
「マリヤちゃん、一緒に乗りましょう」
「うむ、よいぞ! 振り落とされぬように我にしがみ付くのだ!」
「ママ、いい?」
「ルーフさん、サーシャさん、お願いします」
「わーい!!」
「サーシャ、小屋に入ってるからな! あまり遠くに行っちゃダメだぞ!」
「はーい!!」
子供は可愛いなぁ……ってか、狼たち……全員着いていくの? 迫力ヤバすぎないか?
「よし、じゃあ、大人だけで腹を見せ合って話し合おうじゃないか」
あれ? サーシャも子供枠にした? うちのサーシャは330ちゃいなんですがね……
俺はアイテムボックスに魔物死体×348を収納した。そして我が「小屋」へとギルマス夫妻を案内する。
夫妻は室内の豪華さに驚いていた。魔道具の類いがあるわけではない。しかし簡素ではあるが、ひとつひとつの品質が確かな『家』である。オール土製だけどね。
……と、さっそくその話題が出た。
「なんだよこの材質……王都でも見た事ねぇぞ!」
「ドワーフ王国製ですかね?」
「それは、俺のスキルで生み出した土の家具です。こっちは土のコップに、土の皿……土のカテラリーです」
「ドワーフ王国では焼いた土を器にすると聞いていたが、その要領か」
陶器のようなものか? さすがドワーフ……ものづくりのプロフェッショナルだ。
「ドワーフのような技術はありません。あくまでもスキルです。自分でも凄いなとは思いますが、長い年月で身に付けた技術と比べるのは申し訳ないです」
「それが、ニイチャンのユニークスキル『創造』ってやつか!」
「そうです。で、これは初の試みなのですが……」
俺はアイテムボックスをイメージして、「《創造》」と唱えた。アイテムボックスの中にあるオーク肉と、露天で購入した各種スパイスに塩……そして、火魔法が創造されていく。
次の瞬間、皿の上には三人分のオーク肉ステーキが乗っていた。
「成功……したかな?」
俺は肉をカットして、火の通り具合を確認してから口に運んだ……美味い……イメージした通りの最上級の肉だ。
「完璧です。お二人もどうぞ」
水魔法でコップに水を注ぎ、アイテムボックスからパンを取り出す。
「創造ってのは、料理まで出来ちまうって話か」
「試したら出来ちゃいました……これが俺が伝えていなかった事のひとつ目です。素材さえあれば、もっと色々な物を創造出来ます。生命は作り出せないけれど、それ以外は全てのものが創り出せる筈です」
「ほう……じゃあ、ひとつずつ腹を見せ合っていこうか……俺が隠していた事……ひとつ目は、俺はヒノモト出身じゃねえ」
それは……さっき聞いたぞ? ギルマスったら、また自分に有利な設定で話を進めるのか?
「正確に言うと、俺は出身の国を知らねぇんだ。ヒノモトに漂流したハーフオーガだからな」




