第五十九話 潜入調査
新しくやって来たA級冒険者の評判は、すこぶる悪かった。
それはそうだろう。盗賊紛いの冒険者たちからすると、A級冒険者にダンジョンを攻略されてしまったら甘い蜜が吸えなくなる。奴らにとっては邪魔者でしかない。酒場の片隅で響く罵声と嘲笑が、その証拠だ。
悪口は延々と続いた。いけすかない剣士と、愚鈍な盾使い。エロい魔術師とエロい僧侶……
男は貶し、女は肴にする。本当に嫌だね……こんな飲み方。
俺は目の前のエールの泡を見つめながら、内心でうんざりしていた。このまま行くと本題に入れない。半ば強引に『竜殺しの漆黒』についての質問をする。その前に、心の中で《交渉》と唱えながら、エールをご馳走させて貰ったけどね。
「で、竜殺しってのは本当なのか?」
チンピラ冒険者は、『紅蓮の牙』の悪口など無かったかのように、饒舌に話し始めた。
「ああ、正直あいつらはヤベェ……A級のあいつらに勝るとも劣らねえだろうな……べっぴん二人と雇い主の冴えない商人のパーティーなんだがな……関わらない方が身のためだぜ」
「雇い主? 商人の彼が一番強くて、ドラゴンを退治し、仲間たちからの信頼を集めていると聞いたが?」
ドラゴンスレイヤーの活躍は耳に届いてないのか?
「ないないない」
はい。届いてなかったー!
「一番ヤバいのは、格闘家の女だ……噂によると、ゴーレムを素手で仕留めたらしい……それも、一撃だ……しかも一体や二体じゃねえ、フロア中のゴーレム全部だ」
「ほぅ、それは中々だな」
確かにそうだ。ゴレミは一撃でゴーレムを仕留めた。うん……全く盛ってない。
「これは噂でしかねぇがな、長身の女もヤバいらしい……俺の連れが一発ヤッたらしいんだけどな……貪るようにまぐわった後に、生気を吸い尽くされたらしいんだわ……ありゃな、サキュバスって噂だ」
いや、ハイエルフなんですけどね……っていうか、勝手にうちのサーシャに変な噂立てないでもらいたいね。全部うちのゴレミが見てるんですよ。
「ほう……簡単に抱ける女ではないと聞いたが?」
「いやいや、相当の好きものらしいぜ? そん時も男二人をすっからかんにしやがったらしい。でもヤッた後は両手両足折られて街の外に捨てられたらしいけどな」
ゴレミ? 適当に捨ててくるって、街の外にしたの? せっかく回復させたのに折り直したの? こいつらならいいか? いや、やり過ぎはやめて欲しい。
「まあ、そんな感じだ」
「あれ、男は?」
「ああ、全部二人にやらせて高みの見物らしい。女二人は金で雇われてるんだとさ。大量のポーションをヒノモトから持って来たらしくてよ。ギルマスも頭が上がらないみてーだ」
あ……俺、全く評価されてないのね……確かに活躍したのはドラゴン戦だけだしね。それまでのモンスターは殆どゴレミが始末したしね。
「竜を殺したのはその男なんだろ?」
「いや、格闘家の女だ……あの女がやったんだ」
「いや……でも……」
「いや、格闘家の女だ……あの女がやったんだ」
「俺が聞いた話……」
「いや、格闘家の女だ……あの女がやったんだ」
急にRPGのモブキャラみたいになりやがった……聞き出せるのは、良くも悪くもそいつが『そう思っている事』でしかない。これが交渉スキルレベル1の限界かっ!!
「あの女はヤベェんだよ」
なぜだ? どうして情報が捻じ曲がる……別にいいのだが……くそっ!
「なぁ……少し弾んでくれたら、特別なネタをやってもいいんだけどな……」
ネタ? どうせサーシャがスケベだとか、その類のガセネタだろ? でも一応聞いておくか……
「いくらだ?」
チンピラ冒険者は指を一本立てた。俺は、心の中で追い《交渉》を唱えてから、テーブルに金貨を一枚置く。
「顔は覚えたからな……ガセだったら、わかってるよな」
「おいおい、金貨かよ……マジか……」
え? 違った? 銀貨? あっ……引っ込みつかない……
「そのぶんの対価を全部払え。情報はいくらあってもいい」
「……その前に、あんたはどっち派なんだよ」
どっち? せめて選択肢をください! わかりません! くそ……現実はゲームより過酷だぜ!
「お前はどっち派なんだよ?」
「……その前に、あんたはどっち派なんだよ」
「まずはお前が……」
「……その前に、あんたはどっち派なんだよ」
ねえ! またバグ起きてますよ! ゲームだったら致命的ですよ! 残念だが諦めよう!
「どっちに着くかを決める為の金貨だ。これ以上言わせるな」
「だな……あの女には懸賞金がかかってる。格闘家が白金貨8枚で、サキュバスが白金貨5枚だ。生け捕りの場合に限るがな」
白金貨一枚は100万円だ。800万と500万か……相場はわからんが、うちの二人につけるには安すぎるな。
「それは、奴隷にするって事か」
「ああ、五体満足の値段だが、最悪手足は切り落としても構わないってよ……使えるようにだけしておけばいい」
言い方が汚すぎる。舌なめずりまでしやがって……この野郎!
「ほぅ……金額に不満は無いが、割に合う依頼かどうか……」
「確かにな……でも、サキュバスには呪いをかけてくれたみたいだからな……格闘家をなんとかすればって話だ」
「呪いを? だからサキュバスが安いのか」
呪い? 夢遊病の時か……R.I.Pが原因じゃなかったとして……だとすると、かけられたのは教会って事になるな……
「まあ、そうだろうな……手足は貴族様が切り落としたいらしいんだが、今回ばかりはそうもいかねぇな……あいつらは強すぎる」
「期限はあるのか? あいつらがいつまでこの街にいるかはわからないだろ」
「無いが……俺たちは例の日に決めちまうつもりだ……あのレベルの上玉だ……期日まで俺たちで使い倒してから売り捌くって寸法さ」
例の日……いつだ……何があるんだ? 俺が知っていると思い込むくらいに当たり前の事なのか?
「ふん……どうやら、あっちに着くメリットは無さそうだな……」
「ああ、オーガも漆黒も一網打尽だ」
俺は冒険者と強く手を握った。握力に少し力を込め、相手の目を見据えた。
金貨は奮発し過ぎかもしれないが、想定以上の情報が手に入った。『交渉』のスキルが無ければ、チンピラ冒険者も口にしなかった事だろう。断片的ではあったが、なんとしても繋ぎ合わせなければならない。
「おい、さっそくオーガのお出ましだせ」
冒険者の視線の先には、オーガ……っぽい容姿のギルマスがいた。ああ、そう呼ばれてるって言ってたかも……その隣に居る四人組……明らかに強者の雰囲気があるな……男女の比率も合ってるし、もしかして、あれがA級冒険者か?
俺は酒場の入り口付近に目をやった。
俺が意識を向けた途端に、A級冒険者からの魔力が飛んできた。鑑定スキルを使われている……隠蔽までは看破されていない事も感覚的に理解出来た。微かな魔力の流れが俺の体を掠めた。
冒険者の中の一人、大剣を携えている金髪の男がこちらを見てメンバーに何かを喋っていた。あの男が鑑定スキルを使ったのか? その視線の先で、魔法使いらしき女がこちらをじっと睨んでいる。鋭い目つきで俺を値踏みするように見つめてくる。
ギルマスはそんな彼らと、彼らが訝しむ俺の存在に気付いたようで、何かを誤魔化すように笑い飛ばしていた。豪快な笑い声が酒場に響き渡った。
すまない! ギルマス! それもこれも含めて後で聞くしか無いな……




