第五十八話 『デベロ・ドラゴ』の訴求ポイント
ギルマスの元を訪れるや否や、強烈なパンチを食らった。これで引退して10年というのだから恐れ入る。俺以上に恐れ入っていたのがギルマスだった。
俺はギルマスの全力パンチにびくともしなかったのだ。
流石に巨大な斧に手をかけられた時には、俺が姿を変えたエイタ・カブラギである事をネタバラシした。
「あんだよ、隠蔽魔法かよ……びっくりさせんな」
現在の俺はギルマスに負けず劣らずの巨大な体格をしている。鑑定される事などまず無いだろうが、ステータスは前科10犯の札付き冒険者にしてある。魂は細部に宿るからね。
「すみません。単独行動をするので、保険です」
「身体強化も重ねがけしてんのか?」
「ご名答です。よくわかりましたね」
「じゃなきゃへこむわ! びくともしねえなんてよ」
「いきなり殴られてびっくりしましたよ」
「この街舐めんなよ。ギルマスの前にいきなり転移してくる奴なんて、まともな奴のわけねえだろ? 自衛の策だよ……んで、何の用だ……これから別の冒険者と会う予定があんだよ」
「じゃあ手短に。今夜、僕らの仮住まいに招待させて貰えないでしょうか? ちょっと相談したい事がありまして。もちろん、奥さんと娘さんも一緒に」
「……家族に危険はないのか?」
「はい。うちのゴレミも是非にと言っております」
「へっ! 商売人口調なんかいらねーよ。わかった。夕方の18時に迎えに来てくれ。俺の家だ」
「ではその時刻に」
俺は宿屋へと転移した。滞在はしていないが、宿は抑え続けている。転移を人に見られない為の必要経費だ。
めっちゃ見られた……いや、見られてはない……見てしまったのはこっちの方だ。そこには宿屋の女将さんと、若い料理人の姿があった。二人は貪るなうなキッスをしている。呆気に取られていると、女将さんが声にならない悲鳴を上げた。そしてそのまま気絶してしまった。
事の顛末はこうらしい。宿を借りているのに帰って来ないお客さんがいる。ベッドメイクなど、簡単な部屋の掃除は毎日行う。そこに、女将さんとねんごろの料理人が現れ、刺激的なキッスに発展した。あと数分遅かったらまずかったかもね。逆にセーフ。
俺は口止め料として、ここの厨房の使用許可を得た。今日は使えないけど、後日、時間帯を調整すれば使用可能らしい。食材は持ち込みか、使ったぶんの支払いはします。はい。私はホワイトな人間なので。
さて、トラブルか収穫かわからない出来事もあったが、18時までになるべく多くの店を周りたい。この世界に何があるのか、何を必要とされるのか、何があれば『デベロ・ドラゴ』に興味を持つのか……『デベロ・ドラゴ』に訴求ポイントを生み出す為に、異世界の市場調査と、買い付けをするのだ。
最初に向かったのは、いわゆる道具屋だ。
大抵のものは創造で作れるが、作る為にはイメージをしなければならない。一人暮らしの小金持ちクリエイターだった俺にとって、調理道具や掃除道具など知識の無いものばかり。それを調べなければならない。
道具屋では調理器具と布を購入した。創造で作ると、土が鉄や銅よりも頑丈な素材になる。反面、熱伝導率などの問題もある。イメージすれば作れそうだが、そのイメージの為に購入したのだ。本当の事を言えば購入しなくても良かったが、なんだかデジタル万引きみたいで申し訳無かった。
幸か不幸か、一般的な道具に関しては手に取る物全てが創造で作れそうだった。
なので、俺にとっては一般的でない道具を手に入れる為に次の店へと向かう。魔道具屋だ。
この世界には家電がない。テレビもラジオもバスもねえ。その代わりにあるのが魔道具。しかし、ここで問題が発生した。魔道具は前世の同じ道具と比べてあり得ないほどに値段が高いのだ。
いくつか例を上げると、こんな感じだ。
冷蔵庫 vs. 魔導式氷結保存庫
現代の価格:3万円(小型)〜30万円(高機能)
異世界の価格:金貨20〜50枚(約200万〜500万円)
洗濯機 vs. 自動洗浄の水精霊壺
現代の価格:5万円〜20万円
異世界の価格:金貨100〜300枚(約1000万〜3000万円)
白物家電恐るべし……こりゃ貴族様しか買えませんってな訳ですよ。生活必需品だったのになぁ……一般人は生活魔法を覚えてやりくりするのが普通らしい。だって、安い物も高いんだもの。
懐中電灯 vs. 魔導式光石灯
現代の価格:100円(100均)〜3000円(高性能LED)
異世界の価格:金貨3〜8枚(30万〜80万円)
100均のライター vs. 魔法式発火石
現代の価格:100円(100均)
異世界の価格:金貨3〜10枚(30万〜100万円)
ってな具合で、1000円以下で買えるものが、異世界だと超高級品なのだ。一般庶民には手が出せるものではない。
なので、魔道具屋さんは完全な受注生産らしい。特に、この治安の悪い街では置いておけないよね、と言う事で、現物を見ることすら叶わなかった。
気を取り直して向かったのは、いわゆる八百屋さん。形式としては市場に近いのか? 数組の露天商が野菜やら雑貨やらを売っている。
治安が悪いこの街で露天商は大変かと思ったが、そうでもないみたいだった。そもそもチンピラ冒険者は野菜を買いに来ない。俺は店先に並んでいる野菜たちを物色した。揃いも揃って、しなしなではあるが、前世では見覚えの無い野菜たちに興味津々だ。
俺はここで露天商の商品全てに「《詳細鑑定》」をかけた。結果を確認しながら、掘り出し物を選別していく。
食文化を豊かにするため、『死の大地』でも育てられそうな種を探し出したい。
鑑定結果:掘り出し物
「……え?」
驚いた……露天の商品全てにかけた『詳細鑑定』が、掘り出し物にだけ反応した。俺の狙いを汲んだって事か……こんな使い方も出来るのか、詳細鑑定!!
引っかかった『掘り出し物』はこの4点だった。
《黒米の種》
古代から伝わる穀物で、栽培が容易。
通常の米より栄養価が高く、収穫量も多い。
死の大地でも育つ可能性あり(耐性:乾燥・寒冷)。
適切な処理と炊飯を行えば美味しく食べられるが、一般的には知られていない。
《香辛草の種》
乾燥させると強い香りが出るハーブ。
料理に使えば風味が増し、保存食にも活用できる。
魔獣の臭み消しにも使えるため、狩猟生活に適している。
育てるのが困難な事もあり、安価で取引されている。
《発酵菌の素》
パンや酒の発酵に使われる菌。
適切な環境で培養すれば、増やせる。
現代のパン文化とは異なり、原始的な酵母としての利用が可能。
売り手は「腐った麦の粉」と思い込んで捨て値で売っている。
俺は感動に身震いしていた。これこれこれー!米、香辛料、発酵菌。これがあれば、死の大地の食文化を変えられる。
二束三文で買い入れた資源の元。これで『死の大地』に食料を生み出してみせる!
……しかし、もうひとつ、あり得ない掘り出し物が存在した。薄ら汚くて、全くの無価値……としか思えない物だ。
《大魔導師の指輪》
前の持ち主はかつての大魔導師アンカルディア。
彼女の魔力が微弱に残っており、魔術使用の補助をする。売り手は「ただの古い指輪」として扱っている。
アンカルディアって……紀元前の勇者パーティの一人だよな? レア中のレアじゃないか?
俺は訝しげな顔を演じながら指輪を手に取った。なんなら値下げ交渉もしてやった。本当に値下げ出来て、少し悪い気がしてしまった。
掘り出し物以外も、全ての野菜を少しずつ購入しておく。アイテムボックスに入れれば傷まないし、後でゆっくり調べよう。
その後も武器屋、肉屋と巡っていく。購入する物はなかったが、相場を確認する事は出来た。全体的に物価が安い中で、食材の価格はやや高騰しているように感じた。王都が消滅した影響だろうか、物流が滞っているようだった。
俺はその後も様々な食事処を巡った。これはディナー用の食材探しだ。ギルマスファミリーにおもてなしのお返しをしなければならない。テイクアウト可能な料理を沢山仕入れておく。
最後に向かったのは、ギルド隣接の酒場である。サーシャとゴレミの胸を視姦するけしからん奴らの巣窟だ。一般的な輩冒険者から、色々と聞きたい事もある。
「すまんな、ちょっと聞きたい事があるんだが」
「あん?」と言いかけた冒険者が、友好的な笑顔を見せた。やはりこの身体は便利だ。最初からこの姿に変装すれば良かったかもな。
「いやな、俺は今日この街に着いたばかりなんだが、最近噂の『竜殺しの漆黒』について聞きたいんだよ」
「今日着いた? あんたもしかして、『紅蓮の牙』のメンバーか?」
はて……紅蓮の牙? ここは嘘をついてみるか? いや、この街にいるって事は……ご本人登場パターンもあり得るな……
「いーや、あんなカス共と一緒にされちゃかなわんな」
「なんだって? あのAランクパーティーをカス扱い?」
「あ、また初手で間違っちゃったみたいだ」




