第五十六話 人間国の悪意
二日前に現れた新人冒険者が、ギルマスと一緒にダンジョンのチュートリアルに向かい、いきなり十階層まで到達し、それまで現れたことがないドラゴンと戦って、ギルマスの力も借りずに一振りで竜を倒した。
そんな噂が冒険者ギルドを駆け巡っていた。ギルマスが隠そうにも、同時刻にダンジョンにいた冒険者の口に戸は立てられなかったのだ。
しかし、それは少し違う。
ゴレミは果敢に竜に立ち向かったし、サーシャも必死で防御していた。そして俺はというと……
剣を一振りしてすらいない。構えただけで竜は滅んだのだ。
これが「ドラゴンスレイヤー」にしか装備できない黒竜片手剣の力か。
俺たちはまたしてもギルマスの家へと招待された。ギルドの中ではできない話をたんまりさせられるのだろう。
案の定、目の前に座るギルマスは腕を組み、ジロリと俺を睨みつけていた。
「で、もう一度聞くぜ、ニイチャンは一体何者なんだよ?」
「いや、別に普通の……」
「全部を話せって言ってるわけじゃねえんだよ。ニイチャンたちにも事情があるだろうさ。でもな、隠してる割にダダ漏れになってんのが問題なんだよ。だったら最初から言ってもらえりゃあ、話は早いんだよ」
その言い分はごもっともだ。
だが、万が一にも「邪神(仮(限りなく黒に近い灰色))」が国を作ろうとしていると知られたら……全世界の総力で滅殺しに来たりしませんかね?
もちろん、そんなことは口が裂けても言えない。
「……ここまで言っても言えねえか。わかった」
ギルマスはゴツゴツした指で顎を撫でると、少し考え込むように目を細めた。
「俺も鬼じゃねえ。オーガみてえって言われることはあるが、一応人間の端くれだ。言えねえことがあるなら、そこは『答えられない』でいい。だが、それ以外は『はい』『いいえ』で答えろ。それくらいはできるか?」
「……はい」
「おう、じゃあいくぞ」
ギルマスは鋭い視線を向けたまま、短く質問を投げかけてくる。
「ニイチャンたちは人間国に危害を加えようとしているか?」
「いいえ」
「何か目的があってこの街に来たか?」
狙って来たわけじゃないが、目的はある。
「……はい」
「その目的は言えねえか?」
「今は……はい」
「俺にとって敵側にあたるか?」
「いいえ」
「……わかった。もういいぞ」
ギルマスは腕を組み直し、大きく息をついた。
「嘘はつかなかったな」
「はい。とりあえず、街にも国にも世界にも、もちろんギルマスにも敵意はないです」
「だがな……マズいことになってるぜ」
「?」
「噂が広まりすぎちまった」
ギルマスは苛立たしげに頭を掻いた。
「今日のダンジョン攻略の件も、こないだの夜の件も……少なくとも『普通の冒険者じゃねえ』ってことが、この街中に知れ渡っちまってる」
「……それは、マズいのでしょうか?」
「まあ、気に食わねえって奴は絶対に出てくるわな。それに、そいつらからするとダンジョンを攻略されちまったら困るんだよ」
「ダンジョンを攻略すると、ダンジョンが消滅する。そうなると、利権を失ってしまう者が出る、ということですか?」
「ああ。冒険者がいなくなりゃ、この街は終わりさ。だからダンジョンを攻略できそうなパーティーは潰すって発想になる」
「でも、チンピラ冒険者たちはダンジョンの魔物よりも弱いですよね?」
「……だからこそ狡猾なんだよ」
ギルマスは皮肉げに鼻を鳴らした。
「敵いそうになかったら徒党を組んで襲う。寝込みを襲う。一人の時を狙う。……毒や暗殺、隷属魔法なんて手もあるわけだ」
「……隷属魔法って、この街、治安悪すぎですよ」
「だからこの街を……」
ギルマスが何かを言いかけたその時……
「お話中のところ、失礼いたします」ゴレミが遮った。
「サーシャさま、この部屋の会話を隠蔽することは可能でしょうか?」
「はい。《音声遮断》」
サーシャが指を弾くと、空気が僅かに揺らぐ。
「ショウグンさま、会話が途中から魔法で盗聴されていました。どのように対処しましょうか?」
「盗聴だと……?」
「少なくとも、私の感知システムには引っかかりました。ですが、サーシャさまの魔法が効いていれば問題はありません」
「……そうか。すまねえな」
「英太さま、私から事情を説明させていただいても構いませんか?」
「わかった」
ゴレミが淡々と語り始めた。
「私には称号による加護があります。ドラゴンに関するものです。英太さまとサーシャさまも同様です」
サーシャがゾンビのようにゆっくりと俺に視線を向ける。
……違う違う、『ローエルフ』はもう消えてるから大丈夫だ。お前にかかっているのは『暗黒竜の友達』だ。
「鑑定の時に確認した。三人ともドラゴンの加護がかかっていたな。恐ろしくて口に出せねえような加護だったから、俺は見て見ぬフリさせてもらったぜ」
「側近である私は加護の力によって、微かな敵意も探知する事が出来ます。探知スキルを敵意に全振りして、常時発動しているようなものです。デメリットもあります。加護によって、竜族への攻撃が弱体化してしまい、竜族から受けるダメージが増幅してしまうのです。それがダンジョンでの戦闘の結果です」
「ああ、レミ嬢はドラゴンだけには歯が立たなかったな」
「はい。英太さまの称号は上位のドラゴンを滅する為に与えられたものです。その剣も同様です。あの程度の下奴は刃を向けられただけで滅する事が出来ます」
「この目で見てなきゃ疑うところだよ……これも嘘は言ってねえみたいだな」
「はい。ですが、私はゴーレムです。魔眼は通用しませんよ」
「……ほぅ。面白え事を言うなあ。だったらすぐにでも逃げた方がいいんじゃねぇか?」
魔眼……? 魔族の目……呪いをかける能力?
「不要です。ショウグンさまから敵意が感じられておりませんので。それに、最悪の場合は私一人でショウグンさまを殺害いたします」
「ゴレミ、ストップ……ギルマス、魔眼って?」
「ああ、当たらずとも遠からずだ。俺は魔眼は持ってねぇけど、看破の鬼眼ってもんを持ってるんだ。代償がこの腕だと思って貰えればいい。看破の鬼眼はな、隠蔽スキルは看破出来ないが、相手が嘘をついているかどうかを判断する事は出来る」
「だからあんな質問をしたんですね」
「黙ってたのは悪かったよ。お前たちの事は信用出来そうだが、簡単に信用していい状況じゃねえんだ」
それはこちらも同じだ。それをわかっていて言っているのもわかる。
「その状況を聞きたいと存じます」ゴレミは折れない。
「ひとつ、この街はクソみたいな冒険者の巣窟になっている。人間国で唯一魔物とダンジョンに恵まれた土地だからな……ふたつ、クソ共がクソ共を呼ぶんだ。魔物を洗脳してペットにしたり、拷問して遊ぶってのが流行っててな……」
「酷い……」サーシャが口を押さえる。
「クソ冒険者はそれを新たな商いにしている。残念ながら、今のところそれを取り締まる法律は無え」
「不可侵条約の内容に盛り込まれていないんですか?」
「外から連れてきたってなりゃ話は別だけどな。その段階でアウトだ。で、これが三つ目だ。人間国には奴隷制度がある。それは合法だ、然るべき手順を踏んだ場合に限るがな。だが、フレイマが無くなって、管理が行き届いて無い事を利用して、違法な奴隷売買が行われているんだわ」
「違法って……他種族を?」
「その通りだよ。一番多いのが獣人だ。人間の部分が多い女の獣人は性奴隷として需要が高い。耳や尻尾以外は人間ってやつだな。何故か器量がいい奴が多いしな。男は逆に獣の要素が多い奴が好まれる。死ぬまで労働力として使い潰すのさ。フレイマはもう無くなってしまった。他種族の売買っていう重犯罪を犯してもフレイマの法律で裁かれる事はない。もしも他国に見つかったら、全てをフレイマに押し付けるって算段だ」
「酷いです。そんなの酷いです」サーシャが憤慨する。
「焚き付ける訳じゃねぇが、奴隷の中にはエルフもいると思うぜ」
「……え?」サーシャが固まった。
「他種族の奴隷は奴隷商人の管轄外で取り引きされている。なかなか尻尾を出さないが、奴隷売買のルートは俺が探し出してみせる。アンタらはその間にダンジョンを攻略してくれ。現在ダンジョンは四十九階層までクリアされている。どこまであるのかは判明していないが、過去の例からすると百階層が最終地点だと思われる」
「わかりました」そう答えたのはサーシャだった。
目の紫が濃くなっている。エルフの奴隷という言葉に焚き付けられたのだろう。
「不安な点を伝えておく。まずは十階でドラゴンが出た事実だ。あのドラゴンはB級モンスターの上位に分類される。B級冒険者の十人がかりで安定して勝てるってレベルだ。ニイチャンらは余裕だったが、下層階で現れるのはイレギュラーだ。それがもし上の階層でも起こったとしたら、戦うべきじゃない」
「私が感知します。確実に勝てると判断出来るまで、その階層より下の階層でレベル上げに勤しみます」ゴレミが言った。
「ああ、それがいい。スムーズに攻略出来るといいんだがな」




