第五十五話 ダンジョン初挑戦
俺たちは朝イチで冒険者ギルドへと向かった。ギルマスが直々にダンジョンのチュートリアルが行ってくれるというのだ。諸事情で一日延期させてしまったのは申し訳ない。
そのぶん懸命に頑張ろう!
万全を期した完全武装でダンジョンに挑む!
全身をブラックドラゴンの鱗装備で覆った商人・エイタ。手には伝説級の片手剣『黒龍片手剣』を携えている!
狩人のようなブラックドラゴンの鱗装備に身を包み、撃てないボウガンを堂々と背中に忍ばせた従者見習いのサーシャ。
ブラックドラゴンメリケンサック以外は普段着の格闘家・レミ。ご安心ください。本人たっての希望で、普段着も真っ黒です。
黒く怪しく光る異質な装備は、荒くれ者冒険者たちの目を引いて止まなかった。もうそんな事は気にしてられない。既に俺たちはオークロードを討伐した三人組としてギルドで一番ホットな話題となっていたのだ。
ギルドの応接室に到着すると、そこにはフル装備のギルマスの姿があった。
「え、なんですか、その格好」
「ニイチャンらこそなんだよその真っ黒な装備は……何だその魔力……まさかミスリルか? 漆黒のミスリルなんて聞いた事ねえぞ……って、その剣禍々しすぎねえか?」
素材はブラックドラゴンの鱗です! ……とは言えない。なんと言っても伝説級の片手剣である。それも、ドラゴンを倒した者でないと装備出来ない奴だし……
「《鑑定》」許可も得ずに勝手に鑑定を始めるギルマス。そうは問屋が下さない。
「ちっ、しっかり隠蔽魔法かけてやがるのか……まあいいや、早速向かうぞ」
ギルマスはそっと俺の手を取った。
「え、何? なんですか?」
「いいから手を繋げって。全員が繋がるようにしろ」
すかさずゴレミがギルマスに抱きついた。あざとい行動ではある。しかし、ギルマスは隻腕だから不自然ではない。
ということで俺とサーシャが手を繋がなくてはならない。またやるなとは思ったが、今日の朝イチでとは思わなかったぞ。後でまた説教だな。
「《転移魔法》」
ギルマスが呪文を唱えると、目の前にはもうダンジョンが見えた。
「よし、離していいぞ」
「え、ギルマス、転移魔法なんて使えるんですか?」
「ああ、万能鑑定と同じ位にはレアな魔法だぜ」
そういや、ギルマスも万能鑑定使えたよな……たしかS級だった気もする……もしかして、相当な冒険者だったのか?
それにしても転移魔法か……便利だな……
「これって、行ったことがある場所なら何処にでもいけるんですか?」
「ああ、結界の中や……特別な場所以外はな」
「ちょっと試してみてもいいですか?」
「は?」
「《転移魔法》」
俺は結界の割れ目をイメージした。すると、見事にそこに転移する事が出来た。今度は『死の大地』をイメージしてみる。
「《転移魔法》」
何も起こらなかった。ダンジョンをイメージして、
「《転移魔法》」
ダンジョン前へと戻ってきた。今度はゴレミの手を取って、
「《転移魔法》」
宿屋に転移した。しっかりゴレミも一緒だ。短く説教をしてから、再びダンジョンへと戻る。
「《転移魔法》」
そこには呆れ顔のギルマスがいた。
「ニイチャンは本当に規格外だな」
ステータスを開くと、全属性魔法の中に、空間魔法レベル1が追加されていた。ちなみに、現状のスキルレベルでは一度でMP1000を使用する化け物スキルだ。早くレベルを上げたいものだ。
「おし! これからダンジョンに入る。今日は慣らしだから第十階層まででやめておくぞ。そこにいるフロアボスを倒すと、次から使える転移魔法陣ご出てくる。それを確認して終了だ」ギルマスが言った。
「はい! 頑張ります!」サーシャはギルマスに敬礼をする。
「うん、サーシャ嬢、身体は大丈夫か?」
「はい! 果物たくさん食べたので元気です!」
「ん、了解!」
きっとギルマスは夢遊病の事を言ってるんだが、サーシャにはその自覚がない。噛み合ってないが、受け流してくれた。ギルマスに感謝!
「まずはパーティー登録をするぞ。リーダーがギルドカードを出す。二人もギルドカードを出して、リーダーのカードの下に重ねる……これでパーティー登録は完了だ。今日は俺も混ぜてくれ」
そう言ってギルマスはギルドカードを差し出した。そこには『C級冒険者』との記載があった。
「あれ? C級ですか?」
「ああ、ステータスを見たんだったな。S級は昔の話だ。もう全盛期の力の欠片もねぇよ。もう引退して10年経つし、この腕でC級ならかなり粘ってる方だ。おし、これでパーティー登録は完了だ! 仲間を見捨ててダンジョンを出たら、審査が入る。悪質ならペナルティーもあり得るぞ」
ファンタジーあるあるの、ざまあ系のやつか……職業『デベロッパー』は、響きだけだと、役立たず扱いされそうですね。
「それと、ダンジョン内で得た経験値はパーティーに均等に配分される。だから、今日は俺も経験値のお溢れを頂くぜ! ドロップアイテムに関してはパーティー内で決めてくれ。俺はそこまで求めない。ポーションなら喜んで受け取るぜ!」
これは朗報だ。経験値が分配されるなら、サーシャのレベルも上がる。ダンジョン内で出現したモンスターは倒すと消滅するらしい。その代わりにアイテムがドロップする事があるそうだ。
「このメンバーなら五十階層も余裕だろうが、今日はどれだけ余裕があっても十階で終了にするぞ。一応気を付けろよ! モンスターよりも罠に注意しろ!」
罠!? こりゃダンジョンっぽくなって来たぜ!
「じゃあリーダー! 行こうぜ!」
「はい! 行くぞ!」
こうして、俺たちの初ダンジョン攻略が始まった。
一階層は余裕の一言だった。スライムとツノのない兎。ツノのが無ければ普通の兎じゃないか? と思ったが、結構凶暴な顔で噛み付いてくる。ゴレミパンチで粉微塵になった。
二階層に入ると、コボルトが群れをなして襲いかかってきた。しかし、ゴレミの拳が一閃すると、一匹ごと地面にめり込んでいく。
「レミ嬢、オーバーキルってもんだぜ」
「加減は難しいですね」ゴレミは首をかしげた。
ゴレミったら、グウィンみたいな事言うじゃん。
三階層と四階層は湿地帯。ぬかるみに足を取られそうになったが、《創造で簡易の足場を作る。霧のせいで視界が悪かったが、サーシャが精霊魔法を唱えると、ドライアドが道を案内してくれた。ちょっとハイエルフっぽかった。
五階層と六階層は迷宮だった。一本道かと思ったら、突如サーシャの姿が消えた。
「サーシャ!?」
「安心しろ、転移の罠だ。下の階層に転送されるって報告があった」ギルマスは冷静だ。
俺たちは階段を駆け下りて合流する。
「……私はダメなハイエルフです」
ずぶ濡れになったサーシャが静かに呟く。どうやら地下水路に落ちたらしい。アイテムボックスからタオルを取り出してサーシャに手渡した。
七階層から九階層は石の洞窟。巨大な石の兵士が行く手を阻む。つまりゴーレムだ。見るからに強敵だが、こちらには更に凄いゴーレムがいる。
ゴレミの拳が炸裂すると、案の定石のゴーレムは粉々になった。そのままゴレミは50体近くのゴーレムを殲滅していった。しかも無傷だ。
十階層に降りると、すぐ目の前に扉があった。
「このダンジョンでは、十階層毎にボスが出るんだ。出現するモンスターはランダムではあるんだが、低層では手も足も出ないようなモンスターは出てこない。キマイラとか、ドラゴンとか、フェンリルとか、そんなのは出ないって事さ」
「入る前にバフかけても効果は続きますか?」
「バフ?」
「強化魔法とか?」
「ああ、問題ないぞ。みんなそうしてる」
「じゃあ皆さん失礼して《身体強化》」
ぐんぐんと力が沸いてくる。俺を先頭にパーティーは扉の中へと進んでいく。中にいたのは小柄なドラゴンだった。
「ドラゴンじゃないですか」
完全にドラゴンだ。全長5メートル程の小柄なドラゴン。迫力が無いように感じてしまうのは、ブラドラ様に慣れすぎたせいかもしれない。
「あれ? まあ、今までの報告には無かったのは事実だし……」ギルマスは少し焦りつつ「《鑑定》」を唱えた。
「どうでした?」
「おいおい……こりゃ引き返した方がいいかもな。良くて互角……最悪全滅だ」
その時……ドラゴンがゴレミに突進した。ゴレミは壁にめり込むように吹き飛ばされる。
「《身体強化》《身体強化》《防御力上昇》」
俺は急いでバフを重ねた。
「くはあっ!!」ゴレミは苦悶の表情を浮かべる。
「ゴレミちゃん!」サーシャが叫ぶ。
「……問題ありません」
魔法が間に合ったのか、ゴレミはスッと立ち上がった。ドラゴンは追撃をせずにサーシャを狙った。サーシャの前に木の根が立ちはだかる。ドラゴンの鋭利な爪が根を刈り取る。しかし根の発現がドラゴンの速度に勝った。次から次へと根が現れて、瞬時にドラゴンを取り囲んでいく。
「倒します!」
ゴレミがドラゴンに突進しようとすると、ドラゴンはゴレミに氷の息を吐いた。ゴレミの身体が凍結していく。
「ギルマス、何かあったらお願いします」
「おい、待てニイチャン!」
ギルマスの制止も聞かず、俺はドラゴンに向かって「黒竜片手剣」を構えた。切り付けた訳ではなく、構えただけだ……
「グギャオオォォォ……」という声と共に、ドラゴンは塵となって消えてしまった。
「……え?」
しばしの沈黙の後、ギルマスが口を開いた。
「第十階層クリアだ……アイテムがドロップしたな。ドラゴンの牙だ……で、あれが転移ポイントだ。帰ってから色々聞かせて貰うぞ」
目の前には魔法陣の刻まれた祭壇と、巨大な扉が出現していた。




