第五十四話 好きな人は私ですか?
森を堪能した俺たちは、真っ直ぐ宿に戻った。
街の治安の悪さは明白だ。酒場に向かうのは危険昨夜の一件があるし、酒場に向かうのは危険過ぎる。夕食は宿で摂る事にした。
「部屋の鍵を受け取って参りますので、お二人はお食事をどうぞ」
「悪いな」
「いえ、私は定期的に魔力を頂ければ結構ですので」ゴレミはそう言い残して受け付けへと向かった。
魔力の充填は半年に一回だけだけどな。本当に出来た奴。
俺とサーシャは食事を注文した。美味しそうに果物を頬張るサーシャの食いっぷりを見ていると、幸せな気持ちになる。
俺は俺で久しぶりのパンに舌鼓を……打てなかった。
あれ……あんまり美味しくない……?
「サーシャ、果物貰ってもいい?」
俺の言葉に、サーシャは驚くほど悲しそうな顔を見せる。えー、昼間も食べてたでしょ……ハイエルフとは思えない意地汚さだよ。
「いや、一口だけ。足りなかったら追加していいから」
俺は果実を口に含む。美味い……が、ちょっと糖度が低い気もするな……
「なぁサーシャ、果物の味って、サーシャの国もこんな感じ?」
「はい。そうですよ。さっき食べたのは、英太さんが鑑定で厳選した特別な果実だからですよ」
「サーシャ、パンは食べられる?」
「はい。食べられます」サーシャはパンを一口頬張った。
「どう?」
「やっぱり私は果物派ですね」
「味は普通? こんな感じ?」
「そうですね……美味しいと思います」
「グウィンの肉は?」
「それは……伝説級の食材ですから。食材と呼びたくはないですけれど、やっぱりレベルが違いますよ」
うーん。やっぱりそうか……グウィンの肉は別格として、この世界の食文化は発展し切ってないんだな……調理技術の問題なのか……中世ヨーロッパだと胡椒が高いんだっけ……
「ギルドの料理は美味かったよな?」
「あれはギルマスが奮発してくれたんですよ。ちょっとしたお祭りみたいでしたから」
「そっか……」
厨房を眺めていたら、料理人らしき人と目が合ってしまった。なんとなくお辞儀をしたら、深々と礼をされてしまった。全く褒めてなかったのでちょいと気まずい。
そこに鍵を持ったゴレミが戻って来た。
「英太さま、こちらがお部屋の鍵でございます。私は少し疲れが出ましたので、先に休ませていただきます。失礼いたします」
ゴレミは矢継ぎ早にそう言うと、スタスタと歩いて消えてしまった。
「ゴーレムって疲れるのかなぁ?」
「うーん。人間の身体だからですかね?」
「でも、見え方がそうなだけで、実際はそのままだからな」
なーんか変だったなあ……
その理由に気付いたのは、サーシャがゴレミの部屋番号を知らないと言いだした時だった。受け付けに聞いてみると、お連れ様の部屋は守秘義務で教えられないとの事。そして、俺の部屋は二人部屋で、ダブルベッド。
あいつ、やったな! やりやがったな! というか指示した暗黒竜の存在も透けてみえるぞ!
「ったく……逆に気まずいってんだよな」
「そうですか? 私は気にならないですよ。よく一緒に寝てるじゃないですか」
「いや、それとこれとはさ……いつもはグウィンもいたし」
「グウィンちゃん、よっぽど私たちに番になって欲しいんでしょうね」
「あの状況なら俺たちしかいないってものあったけど、外の世界に来てるのにわざわざこんな裏工作するかね?」
「グウィンちゃんに、ハイエルフの子作りに関して教えてなかったかもしれません」
子種を残して、男は死ぬ……か。
「切り出すタイミングもないしな」
「とにかく、隣で寝てください。明日からはダンジョン攻略が待ってるんですから。身体が資本です」
俺は渋々ベッドに乗り、俺たちはダブルベッドの端と端を味わった。真ん中にグウィンがいればちょうどいいのだが……
うーん、眠れそうにないな……R.I.P……いや、ゴレミが居ない時にサーシャが夢遊病になるのは、かなりまずいよな。
俺はもぞもぞと寝返りをうつ。勿論、サーシャの方は向けないのだが。
「英太さんは誰かを好きになった事はありますか?」
「……え?」
サーシャの顔は、とても澄んでいた。真剣……とは違うけど、真っ直ぐな質問だという事はわかった。
前世を含めればある。恋愛経験もある。時間は無かったけど金はそこそこあったので、少しモテたまである。けどこの身体では……ない。
「ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」
「いやいや、まあ……あるよ」
「その……好きな人は私ですか?」
胸がトゥクンと高鳴った。やばい。今まさに好きになりそう。
「いや、まあ……今のところ違うかな」
「良かった……」
良かったんかーい! と思ったが、サーシャの顔が曇っていたので心配が勝った。
「可愛いな、とは毎日思ってるけど、好きにはならないようにしてるかもしれないな」
言語化した事は無かったが、それは本音だった。いずれ島を去る人だから、立場の違う人だから、いや……綺麗事だな。
抱くと死んでしまうから、残念ながら、これが占める割合は大きい。
「私もそうかもしれません」
それはサーシャも理解しているようだった。
「私……生まれてから今までで一番長い時間一緒にいた男の人は英太さんだと思います」
「え、そうなの? 330年で?」
心底意外な発言だった。330年を……この3ヶ月で超えた?
「周りのエルフたちは、意図的に男性のエルフを私に近付けないようにしていました」
「それは……」酷いな、と言いかけたが「辛いな」に変えた。
「私、可愛いってよく言われるんです。男性のエルフもよく私に見惚れていたし、私を好きと言うエルフも……私の、ハイエルフの事情を知っている上で、それでも結婚したい……って言われた事もあって……」
「それは、好きになったからって事?」
「ほとんど話した事もないエルフだったんです。私の何を好きになって、どうして『死んでもいいから結ばれたい』と思ったのかが……わからなくて、とても怖くて」
死んでもいいから抱きたいって事かな。前世で、女優やアイドルに対して似たような事を口にしてた奴がいた。簡単に『死』を引き合いに出す軽薄さは感じたが、品の無い発言だな、以上の事は思わなかった。
「私、祖母に聞いた事があるんです。お爺ちゃんの事……そしたら教えてくれました」
「……なんて?」
「祖母は、好きじゃない人と子供を作ったんです。嫌いでも無かったから、目の前で死なれるのは辛かったって言ってました」
目の前で……ってのは、どういった意味なのだろうか? 子種を与えた途端に? ……理解の範疇は超えているのに、何故だか自分事のように辛く感じた。
「祖母は言ってました。私の母は、凄く凄く好きな人と子供を作ったんだって。そしたら二人とも死んじゃいました。私はそれで呪いの王女と呼ばれて……好き合った二人が子供を作ったのに、そうなっちゃって……私は弱いので、自分が死ぬのも、誰かを死なせるのも怖いんです……だから……ごめんなさい」
「サーシャは弱くない……よ?」
ん? サーシャはなんで謝ってるんだ? あれ、好きになる前にフラれてる? またもやノールック失恋ですか?
「魔獣を撃てないのは、それが原因だと思います。クロスボウの扱いは上手くなったのに、どうしても無理なんです」
ん? これは、まさか……最初から魔獣を撃てなかった事に対する謝罪の流れだったのか? だとしたら導入長くない? おいおいおい、気付かないよ。気付けないってばよ。
「わかったよ。でも、自衛だけはしてくれ。サーシャに死なれるのは、俺も堪らなく辛い。精霊召喚は自衛にも使えそうだったし」
「はい。私も……英太さんに死なれたら辛いです……」
サーシャはそう言ったまま眠りについてしまった。
その寝顔は可愛かったが……切なくなってしまった。避けられ、恋をされ、覚悟を決められ、好きになる事に怯える。サーシャの明るさや不器用さは、その330年間の積み重ねの上で出来上がったのだろう。
あれ……そういや、サーシャも好きにならないようにしてる……って言ってたよな……? それって俺の事? いや、主語を小さくし過ぎか? 男性全体って事か? くうぅっ!
ダメダメダメ! 寝よう。今日は寝よう。眠れ……サーシャよ……安眠魔法をかけてくれ…… いや、やっぱりかけないでくれ……夢遊病は怖い……
☆★☆★☆★
翌日、一睡も出来なかった俺は、前世でもした事ないくらいの長い長い説教を行った。
ゴレミは何の言い訳もせず、ひたすら謝罪を繰り返した。けして指示を出した暗黒竜を売らなかった点は褒めてやりたいと思う。
あまりにも過不足の無い適切な謝罪を繰り出すゴーレムからは……またやるな……という匂いがぷんぷんしていた。




