第四十四話 しばしの別れ
「英太、そろそろ結界が緩み始めるんだよ」
アドちゃんが声を発すると、同時に結界が緩み始めた。ここから3時間……90分後に結界の割れ目が最大になる。
創造で作り出したロープを結界に挿入していく。ロープは無事に結界を通り抜けた。引き戻す時も問題無しだ。
「大丈夫そうなんだよ」
俺はアイテムボックスの中身を確認した。外の世界でも創造出来ると仮定すると、必要不可欠なものはあまりない。グウィンの干し肉は5年分はあるし、素材用の鱗もたんまりある。精霊創樹はレアだが、その気になればサーシャが生み出せるだろう。他にレアなものと言えば『死の滝の水』だが、この島以上に肥料が必要になる場所などあるのだろうか?
最大の武器はユグドラの果実。ユグドラシルが存在するという証拠になるものだ。そもそもユグドラシルが魔素を吸わなければこの状況になっていないが、だからこそ外の世界に向かう覚悟が出来たとも言える。
武器と防具は俺とサーシャで共に2セットずつ。動き重視の軽装備と、しっかり目の鎧だ。ボウガンの矢も大量に用意してある。
そして、これから片手剣を創る。グウィンがどうしてもと言うのだ。
ドラゴレミを強化した時と同様の切り立てほやほやの鱗が用意されていた。ミスリルと暗黒竜の鱗、そして精霊創樹が素材の豪華な剣だ。
「《創造》」
光が溢れ、素材が空中で混ざり合う。ミスリルの輝きが闇に沈み、ブラックドラゴンの鱗が脈動し、精霊創樹の力がそれらを包み込んだ。
やがて光が収束し、一振りの剣が姿を現す。
漆黒の刀身には微かな輝きが宿っていた。刃には淡い緑光を帯びた紋様が走り、柄は手に馴染む絶妙な形状をしている。持ち上げると、刃が空気を裂くように鋭い音を立てた。
「素晴らしい出来じゃな」
グウィンが腕を組み満足げに頷く。
「英太さん、凄いっ!」
「ああ、震えるほどだよ……《鑑定》」
名称:黒竜片手剣
分類:片手剣
ランク:伝説級
【性能】
攻撃力:+280
耐久値:∞
重量:3.5kg
属性:竜滅
【特殊効果】
竜殺しの刃:ドラゴン種に対する攻撃力が3倍になる。(竜を殺した数に応じて倍率が増加する)
黒竜の咆哮:攻撃時に確率で黒き竜の咆哮を発生させ、敵を怯ませる。
精霊の加護:精霊創樹の力により、持ち主の魔力消費を30%軽減。
自動修復:損傷すると時間経過で自己修復する。
適合者限定:ドラゴンスレイヤーの称号を持つ者のみが扱える。
【説明】
ブラックドラゴンの鱗、ミスリル、精霊創樹という希少な素材を用いて鍛え上げられた伝説級の片手剣。特にドラゴンに対して絶大な威力を発揮する。「ドラゴンスレイヤー」の称号を持つ者しか装備出来ないが、まさに「竜殺し」の名にふさわしい力を持つ。
強すぎる……耐久が無限って、壊れないってこと? でも、ここに来て称号必須の装備か……使わせてもらうぜ、グウィン!
「最高の剣だよ。ありがとうな、グウィン!」
「うむ、妾と共に戦ってくるのじゃ!」
「わかった!」
そして、結界の隙間は人の出入りが可能な大きさまで広がった。ここから10分以内にここに飛び込まなくてはならない。
「英太よ、準備は出来たか?」
「ああ、いつでも行ける」
「サーシャはどうじゃ?」
「はい。出来ています」
「そうか、では……妾から餞別を贈るとするかの」
「餞別ですか?」
「一体何だよ?」
黒竜片手剣とは……別だよな?
「うむ、ドラゴレミよ!」
「はい。グウィン様!」
そこには跪くドラゴレミの姿があった。ただ少し違いが……ちょっと女の子っぽい?
「はっははははははー! 気付いたか! そうじゃ! ドラゴレミは妾の魔力を帯びて進化を遂げたのじゃ! 安心せい! もちろんドラゴンの姿にも変化出来るぞ!」
「はい」
ドラゴレミはぐにゅりと身体を曲げて、ブラックドラゴン形態に変化した。
「いや、そりゃ凄いけどさ……え、餞別?」
「うむ、ドラゴレミを連れて行け!」
「え、なんで?」
「レベル99になったとは言っても英太には戦闘経験が欠けておる。覚醒したとてサーシャも同様じゃ! 外の世界がどうなっておるかはわからぬが、戦闘力は不可欠であろう」
「それは……そうだけど……ドラゴレミはグウィンにとって特別な……」
「だからじゃ! 妾の瘴気を身近で受けておったからな! ドラゴレミにはブラックドラゴンの生命エネルギーが刻まれておる。ドラゴレミは強いぞ!」
ステータス
名前:ドラゴレミ
年齢 : 0
種族:ゴーレムドラゴン
称号:暗黒竜の側近
レベル:1
HP:4500/4500
MP:500/500
基本能力
筋力: E+
敏捷: C+
知力: C
精神:B
耐久:E
幸運: D
スキル
・言語 Lv.5
・変形 Lv.3
・献身 Lv.10
暗黒竜の寵愛を受けた存在。身近で瘴気を浴び続けた影響で、ドラゴン形態への変身が可能となっており、ドラゴンの我儘を聞き続けた事により、精神力が強くなっている。
レベル1でこの数値だ。今後が怖くなる。
「確かに強いけどさ」
「グウィンちゃんは寂しくないんですか?」
「妾にはツバサがおる。他のドラゴレムたちもおる。それに、此奴もおるでな」
「グウィンの事は任せるんだよ」
アドちゃんがグウィンの頭に乗っかっていた。精霊とはいえ、同じくらいの体格で頭に乗られるのは絵面的にシュールだ。
「我らは『死の大地』から出られぬ仲間じゃ! そのぶんこの大地を肥やしておくぞ!」
「肥やすんだよ」
「グウィン! アドちゃん! あと英太さんも! 私、考えていたことがあるんです!」
「なんじゃ?」
「この大地にはアドちゃんもいます! だからもう、死の大地と呼ぶのはやめましょう! ここは新国家『デベロ・ドラゴ』です!」
「ふむ、サーシャにしては良いことを言うな」
「じゃあ……!」
「まだ尚早じゃな」
「えー」
「妾、英太、サーシャ、ツバサ……精霊とゴーレムを除けば4人だけしかおらぬ。そんなままごとのような国家など……妾は我慢できぬ」
「はい! 沢山の人を連れて来ます!」
「うむ、大事な国王の片割れを使わすのじゃ、王国の名に相応しい数の国民を連れてまいれ!」
「もちろん、そのつもりだ! グウィン、驚かせてやるぞ!」
「くくくっ……妾を驚かせるとは……それが出来たならば、世界の半分をくれてやろうぞ」
それ、他の『りゅうおう』のセリフなのよ。知ってるの?
「グウィン、二人だけの時も、少しずつ仲間が増えてからも楽しかったな」
「うむ、楽しくて仕方なかった」
「たくさんの人で溢れた『デベロ・ドラゴ』も楽しもうな!」
「当然じゃ! 互いに最善を尽くそうぞ!」
「そろそろなんだよ」
アドちゃんの声で空を見上げる。月はまん丸に輝いていた。
「さあ、月は丸く光っておる! この時を逃すな! しばしの別れじゃ!」
「ああ、行くぞ、サーシャ! ドラゴレミ!」
「はい!」
「お供します!」
俺たちは歪みの中へと身を投じた。視界はねじれ、空間が軋むような音が鼓膜を叩く。身体の輪郭が曖昧になり、重力すらも頼りにならない。
皮膚を撫でるのは絶対零度の冷たさか、灼熱の業火か。生と死の境界が溶け合い、内側から何かが引き剥がされていく感覚に襲われる。呼吸をするたびに死の気配が入り込んでくる。
それでも、進むしかない。
☆★☆★☆★
足元の感覚が戻った瞬間、世界は弾けるように元の形を取り戻した。
そこは灰色の世界だった。地面は乾ききってひび割れ、風は砂埃を巻き上げるだけ。
「……どこだよ、ここ」
口にした声が、虚空に吸い込まれる。
全身がだるい。指先に力が入らない。それでも立ち上がる。なんで俺はこんなところにいるんだ? ついさっきまで……
「もしかして……ここも……」
死の大地?
第二章完結です。
数日修正作業をしてから、第三章に突入します。
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