第四十話 ドラゴン、親になる
「では、始めるんだよ」
儀式が始まる。アドちゃんは大樹と繋がり、静かに目を閉じた。妖精たちが光の粒子に変化して、ゆっくりとユグドラシルの大樹を包んでゆく。
ユグドラシルの根深く眠る力よ……
ナル・フィエル・サルヴァリオ……
いま、ひとたび目覚めよ……
大樹の葉がざわめき、風が周囲を巡る。アドちゃんはゆっくりと手を広げ、詠唱を続ける。
カリオス・レンティア・ヴィオル……
朽ちしものに新たな息吹を……
サンヴェラ・ノクト・イーゼ……
ツバサのぬいぐるみが淡く光を帯び始めた。
「魔力が……どんどん吸われていく……!」
俺は三枚目の干し肉を口にした。サーシャも俺から干し肉を奪って口に含んだ。
イグニス・ファンダム・セラフィオ!
シルヴァ・ユグドラシリオン……
フィア・ルシェ・カトル!
突如として、大樹の幹が光を帯び、根が脈動し始める。光はどんどん強くなり、島全体に広がっていく。その中心にいるツバサは、今にも爆ぜてしまいそうだ。
これ……本当に大丈夫なのか?
「親愛なるユグドラシルよ……この子に新たなる魂を!」
島に広がった光がツバサに吸い込まれて行った。
その瞬間……光が弾けて静寂が訪れた。
強烈な光を浴び続けた俺たちは、一時的に視力を失っていた。ようやく視界が戻った時、目の前にあったのはユグドラシルの大樹に祈りを捧げるグウィンの姿だった。
「儀式は……?」
サーシャが言った。アドちゃんはツバサを抱きながら優しく微笑んでいる。
そして、祈りを捧げるグウィンの前にツバサを差し出した。
「新たな生命の誕生なんだよ」
「ツバサ……」
グウィンは壊れてしまわないように、そっと、そっとツバサを抱きかかえた。
ぬいぐるみの姿をしたツバサからは、スーッ、スーッと寝息が聞こえて来た。
「ふむ、温かいのじゃ……とくとくと心が動いてあるのじゃ……」
グウィンは涙した。俺もサーシャも、涙を堪える事など出来なかった。少し遠くから、サーシャの魔力でダメージを受けたアドちゃんのヴォェェッという声が聞こえてきた。
そして……
「……ふぁぁ」
ツバサが目を開いた。
「ツバサ……」
グウィンがツバサに声をかけた。
「グウィン様、離すのじゃ」
ツバサは翼を羽ばたかせて、グウィンの身体から離れ、地面に降り立った。
「ふむ……なんとも不思議な気分じゃのぅ……なんじゃ……何を驚いておる? 其方らが、わらわに生命を吹き込んだのであろう?」
「そうだよ」
「英太よ、わらわは湯に浸かりたい。早く風呂を用意するのじゃ! 従者としての心構えが足りぬぞ! サーシャ、余興の準備をせい! わらわの生誕祭じゃ!」
「うわぁ……ツバサちゃん、グウィンちゃんにそっくりですね……」
「え……? 妾ってこんな感じなのか?」
「まあ……最近はそうでもないけど、出会った頃のグウィンとは……概ね一緒かな」
グウィンは心底ショックを受けた顔をしていた。自分を移す鏡を初めて見たかのようだった。ツバサは翼を広げてアドちゃんの元へ向かう。
「アドちゃんよ! 妖精たちをここへ!」
「ツバサよ、何をするのじゃ?」
「妖精たちには世話になったのでな……ちと焼き尽くしてやらねばならぬ」
はい……完全にグウィンの遺伝子が混ざってます。しかもグウィンより粗暴です。こんなに可愛いのにヤバい奴です。
出てこなければいいのに、妖精たちが現れた。ツバサが妖精たちを鋭く睨みつける。妖精たちは反省するどころか、まるで「面白いものができた!」とでも言いたげにくるくると舞っている。
「ツバサちゃん、妖精を焼き尽くすのはやめてください」
「サーシャよ、従者がわらわに意見するでない! 英太よ! サーシャの首を切れっ!」
「ええ!? やめてください! 英太さん!」
「切らないよ! ……つーか暴君過ぎるだろ」
喚くツバサをグウィンがしっかり抱き抱えていた。今度は強く、絶対に離さないように。
「英太よ、切らぬなら貴様から焼き尽くすぞっ!」
ツバサが大きく息を吸い込むと同時に、グウィンはツバサの口も押さえた。口の中で暴発する炎、火傷するツバサ、グウィンはツバサの顔を舐めて回復してやっていた。
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ツバサには教育が必要そうだった。元々はこんな粗暴さだったとしたら、グウィンが邪神と呼ばれていたとしても不思議ではない。
焼き尽くされるのは困るので、とりあえず森と妖精たちとは隔離する事にした。
見た目は奴隷のようで可哀想なのだが、創造で作った堅牢な檻に閉じ込めて、足枷と口輪を装着させて貰った。
俺はツバサの能力を鑑定した。
ステータス
名前:ツバサ・鏑木
年齢 : 0
種族:黒竜
レベル:XX
HP:3600/3600
MP:2800/2800
スキル
煉獄の炎
氷結の息
厄災の舞
聖なる雫
種族はブラックドラゴン……ホムンクルスや人造〇〇じゃなく、本当にプチグウィンだった。グウィンの子供? だからなのか、俺が創造で身体を作ったからなのか、しっかり鏑木性だし……
ステータスはグウィンの1/100程度ではある。とは言っても相当に強い。産まれたてほやほやでこの強さだ。グウィンが居ないところで暴れられたら島は壊滅してしまう。ユニークスキルが無くて良かったが、それも「今のところ」無いだけかもしれないし……
「うむ、困ったのぅ……気に入らない事があると焼き尽くそうとするなど……あってはならぬのじゃ……」
「そうですね」
「英太やサーシャを従者扱いなど……正気の沙汰ではない」
「そうだな」
「まさか、あのような横暴なものが産まれるとは……どうすれば良いのか……」
「グウィンが教育するしか無いんじゃないか? 自分が通って来た道だし、注意もしやすいだろ」
「……妾って本当にあんな感じなのか?」
「概ね」
「サーシャよ」
「えっと……グウィンちゃんの方が、少し大人です」
「くぬぅ……少しであるか……」
「俺たちも協力するよ。とりあえず、次の満月までに他人を焼き尽くさない事を覚えさせよう」
「あいわかった」
「ユグドラシルの大樹に攻撃するのも無しです。流石に返り討ちにされちゃいます」
「あいわかった」
「子供は親の行動を真似するから、グウィンも行いを正さないとダメだよ」
「あいわか」
「妖精さんを焼いたら、私も怒りますよ!」
「あいわ!」
グウィンは、ゆっくりと顔を覆った。
「親になるというのは、思った以上に大変なのじゃのぅ……」
前途多難だが、絶望的ではない。いずれしなければなかった軍事力の強化と防衛の準備もしなければならなくなっただけだ。
ツバサに生命が吹き込まれてから、三日が経過した。ツバサはグウィンからの『教育』を受けて、だいぶおとなしくなっていた。
その為の犠牲は、とても大きなものだった。
グウィンの部屋に用意されたツバサの檻。ドラゴンの鱗とミスリルの混合材……創造で生み出せる最高強度の素材は、ツバサにとっても簡単に破壊出来るものではなかった。
事実、前日までの二日間は何の問題も起きていない。それが油断を生んだ。グウィンがゴレミにツバサを任せた一時間足らずの間に、ツバサはゴレミに檻を開けさせ、そのままゴレミを破壊してしまったのだ。
それも、粉々に……