第三十九話 生命の創造
俺はグウィンの部屋へと向かった。俺たちが外の世界に向かうと決まってからは、妙に大人しいというか、無理して大人になろうとしている気がする。
まあ、それは悪いことじゃないんだけど……
「グウィン、英太だ。入っていいか?」
「構わぬぞ」
グウィンはベッドに横たわっていた。腕の中にはツバサがいる。ツバサの胸からは土コットンが痛々しくはみ出していた。
「ツバサ、治していいか?」
「うむ、頼む」
「でも……よく我慢したな。立派だぞ」
「そうか、立派か……ふむ、立派とは容易ではないのだのぅ……しかし妖精たちはどうしてこのような事をしたのじゃ? あ奴らはツバサを殺そうとしたのか?」
「それは考え過ぎ……」
とも言い難いところがある。グウィンが暗黒竜であると妖精たちが知っていたなら、本能で感じていたなら、ツバサの造形からそれを消さねばと思ったなら……殺そうとするだろうな。
「妾は怒りを抑えておる。それには成功したのじゃろう? しかしの、これを繰り返した時……どうなるかは想像がつかぬのじゃ」
「お前は頑張ってるよ。でも、もっと頑張ってくれ……お前が死ぬのも嫌だけど、お前が誰かを殺すのも嫌なんだ」
「わかっておる。妾も嫌じゃ」
「さあ、とにかくツバサを治そう。貸してくれ」
「あいわかった」
グウィンがツバサを差し出した。胸の部分がぽっこり空洞になっている。
「こりゃ、土コットンの補充しなきゃだな」
俺はアイテムボックスから良質な土を取り出した。
……その隙を突かれたのだ。
光の粒子と共に妖精たちが現れ、一斉にツバサをひったくった。妖精たちは軽やかに舞い上がる。
「おい、こら! 返せ!」
妖精たちは何かを言っているが、上手く聞き取れない。
「えっ、ちょっと!? 妖精ちゃんたち! 待ってください!」
そこにサーシャもやって来た。どうやらサーシャの制御も効かないらしい。
ローエルフの叫びも虚しく、妖精たちはツバサを抱えたまま光の粒となり、シュッと空へ飛び去ってしまった。
「……」
「……」
「………妾の堪忍袋の緒が切れる前に、追うぞ」
グウィンは無言で俺とサーシャを抱き抱えた。
「サーシャ、何処に行ったかわかるか?」
「全くわかりません」
「ユグドラシルの元じゃ」
グウィンが言った。
「ユグドラシル? なんでだ?」
「さあな。妾はツバサに染みついた妾の瘴気を目印にしただけじゃからの」
グウィンは急がすにゆっくりと羽根を羽ばたかせる。それが自分を落ち着かせる為の行為だと、本人が気付いているのかはわからない。
グウィンが言った通り、妖精たちが向かった先は、森の深部にそびえる巨大な神樹・ユグドラシルだった。
大地から天へとまっすぐに伸びた巨木。いや、巨木と呼ぶのもおこがましい圧倒的な存在。その周囲に漂う精霊力は強く、近づくだけで肌がぴりぴりと震える。
「おぉ……やっぱりすごいな……ユグドラシル……」
「はい。生命力が漲っていますね。力が沸いてきます!」
エルフと人間では感じ方が違うのかな? 俺はどちらかというと威圧されちゃっているのだが?
「ふむ、神々しさすら感じるのぅ……さて、妾がここに来たのはユグドラシルの為ではないぞ。妖精よ、姿を現すのじゃ」
すると、ユグドラシルの木から光の粒子が現れ、妖精たちが舞い踊る。にこにこと楽しそうだ。しかし、グウィンは妖精たちを睨みつけていた。
「さて、お主ら。ここに妾を呼び出した理由を聞こうかの?」
妖精たちは言葉を発さない。ただ、くるくると舞いながらユグドラシルの幹を指さす。
「……何じゃ? この木を使ってツバサを治せとでも言うのか?」
「それは少し違うんだよ」
現れたのはドライアドのアドちゃんだった。
「妖精たちはね、ツバサに「命」を吹き込もうとしてるんだよ」
「……ほう、命じゃと?」
「英太さんの創造で、ユグドラの果実と、グウィンの鱗を核にするんだよ。そうすればツバサはただのぬいぐるみではなく、生きた存在となるんだよ」
「アドちゃん、それはホムンクルスってことか?」
「広い目で見れば同じではあるけど、ホムンクルスは人間による生命の冒涜で、ユグドラシルは生命を司る神樹なんだよ」
ホムンクルスは冒涜か。口にするのも憚る作り方だった覚えがある。確かにファンタジーの世界でなければ、恐ろしい研究だと思う。
「ぬぅ……」
グウィンは腕を組んで考え込む。
「なぜ、そのようなことを思いついた?」
「妖精たちは知っていたんだよ。姿は見えてなかったけど、サーシャがハイエルフになった時からこの島に来ていたからね。僕も知ってるんだよ。グウィンがホムンクルスを求めていたことを。心のあるゴーレムを欲しがってたんだよね」
確かにグウィンは「心の友ゴーレム」を作りたいと言っていた。でもそれは、サーシャがやって来る前の話だ。女の子の友達も欲しくなったのだろう。最近ではとんと聞かなくなった。
「ぐっ……!?」
グウィンの顔が一瞬引きつる。
「むむむ……妾の過去を掘り返すとは、なんとも余計なことを……」
妖精たちは無言のまま、なんだか得意げに漂っている。
「グウィンは言っていたんだよ」
「なんて?」
「アドちゃんよ……ちょっと待つのじゃ……」
アドちゃんはグウィンの制止を聞かずに、スイッチを入れた。
「『ツバサや~、ばぶー、ばぶばぶ、かわいいのぅ~。ふかふかで、もちもちでちゅ~。でものぅ、喋れんのがさみしいでちゅ~。妾と一緒に飛びたいでちゅか~? んん~? そうかそうか、飛びたいでちゅか~? ならば喋るでちゅ! ほれ、『妾と飛びたいでちゅ!』と言うでちゅー! ばぶばぶ! 言えんのか~? ぬぅぅ……妾はツバサとお話したいでちゅのになぁ……ばぶー』……って言っていたんだよ」
アドちゃんはグウィンのお人形遊びを完全に再現した。
精霊には模倣スキルでもあるのか? というくらいの演じっぷりだった。あのブラックドラゴンを戦意喪失に追い込むとは恐るべしだ。
「だから妖精たちはね、ツバサをユグドラシルの大樹に馴染ませる為にここに連れて来てたんだよ。胸を開けたのはごめんね。核を入れる為の穴を開けたみたいなんだけど、配慮が足らなかったよね」
「グウィン、お前はどうしたいんだ?」
ツバサに生命が吹き込まれるなら、俺たちが外の世界に出てからのグウィンの寂しさもかなりマシになるだろう。あとはグウィンが望むかどうかだ。いや、ちょっと待てよ……
「なあ、アドちゃん……ホムン……いや、生命を吹き込むのって危険性はないのか? ちゃんと意思を持ったツバサになるんだよな?」
「それは意思のない魔物……アンデット系統にならないかって事かな? それはユグドラシルを過小評価してるんだよ」
妖精たちが一斉に羽ばたいた。「チマト」「ラズナ」「スバリンゴ」……何を言っているかはわからないが、ユグドラシルを讃えているのは理解出来た。
「ちゃんと、グウィンの影響を受けた命になるんだよ」
その瞬間、またしても暗黒竜という言葉が頭に浮かんだ。グウィンの影響……それは大丈夫なのか?
「妾は……妾の……」
どうやらグウィン自身も不安に感じているようだった。
「グウィンちゃんの影響なら大丈夫ですね! 最近はお姉さんになってきましたし、絶対大丈夫です!」
おいサーシャ、お前は邪神扱いしていたじゃないか……でも……
「俺もグウィンなら大丈夫だと思う」
「英太よ……本当にそう思うのか?」
「俺の知ってるグウィンは、目の前にいるグウィンだけだ……アドちゃん、人をこき使わない性格には出来ないのか?」
「それはグウィンの教育次第なんだよ」
「ちゃんと教育するんだぞ」
「あいわかった! ツバサに生命を宿して貰おう!」
「うん、一生懸命頑張るね」
アドちゃんとはふわふわと浮かび上がり、ユグドラシルの大樹の葉の中に消えていった。しばらくして、紫色に光る果実を持って戻って来た。
その果実を見たサーシャが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あの果実、美味いのか?」
「食べた事はありませんが、見ただけでわかります。英太さんにとってのグウィンちゃんのお肉と同じくらい、エルフにとっては堪らないものです」
へえー、とは思ったが、俺にとってのグウィン肉って……俺ってそんな印象なのか?
「英太さん、鱗と一緒に創造して欲しいんだよ。ゴーレムたちの核と同じでいいけど、より生命をイメージして欲しいんだよ」
「わかった……創造」
ユグドラの果実とブラックドラゴンの鱗が混ざり合う。核は紫にも漆黒にも黄金にも見える不思議な光を放っていた。
「ありがとうだよ」
アドちゃんは核をツバサの胸に埋め込むと、丁寧に胸を閉じていく。ツバサの胸に空いた穴が塞がっていった。
「ユグドラの果実には欠損回復の効果があるんだよ。じゃあ始めるんだよ。僕がユグドラシルと繋がって儀式を行うんだよ。ただし……」
「魔力が必要なのじゃな?」
「だよ。サーシャ、お願いできるかな?」
「はい。でも、そんなに大量の魔力を私が供給できるとは……」
「ふむ、それはそうじゃな」
干し肉を食べながら……という事も出来るが、アドちゃんがサーシャの魔力に耐えられなくなる恐れもある。
「ドライアドと繋がったことがある人なら、魔力を提供できるんだよ」
「OK! だったら、俺もやるよ」
俺は干し肉を口に咥え、数枚を手に持って準備をする。
グウィンは静かに頷いた。




