第三十七話 島の外側・その2
「まず、簡単な世界情勢なんだよ。密航なんかもあるとは言っても、基本的にはどの国も不可侵を守っているから、他国とは干渉し合わないんだよ」
アドちゃんは紙に簡易的な地図を書いていく。大陸が2つと島国を8つ描いた。そして、その中で一番大きな大陸を指差す。
「この一番大きな大陸が人間国なんだよ。人間国には七つの大国がある。それぞれが紀元前の勇者の子孫なんだよ。仲良しの国も、仲の悪い国もあるんだよ」
「子孫か……」
有名RPGでもその設定はあった。勇者の子孫が王族となり、勇者となって新たな魔王討伐へと向かう。
「紀元前の勇者はモテたからね。至る所に子供を作ってたんだよ」
「まあ、リアルっちゃリアルかな。英雄色を好むって言うし」
「またことわざか?」グゥインが呆れた声を出す。
あれ? どういう意味だっけ? 単純に英雄に女好き多かったってだけか?
「そうそう。『ベンチャー酒癖悪い』とか『糖質取ると眠くなる』みたいな感じだ」
「ふむ、全くわからぬが、適当な事を言っているのだけはわかったぞ」
「でね、この島国がヒノモトだよ。人間国だけど、神聖な国として知られているんだよ」
ヒノモト、日本のような国だったな。神聖……ってアマテラスとかの日本神話が絡むのか?
「こっちの2番目に大きいのが魔王国。ここもいざこざが絶えないんだよ。魔王の息子たちがみんな行方不明になったり、不審な死を遂げたりしているんだよ。内紛バチバチなんだよ」
「そりゃ関わり合いになりたくないな。でも逆に言えば、移住希望者もあり得るか」
「だよ。魔物が来てくれると助かるね。それで、ここが獣人国だよ。不可侵協定後に唯一人間国と戦争直前まで行ったんだよ。奴隷として子供が売買されてたからね」
胸糞案件だ。ゲームよりもファンタジー小説や漫画の定番かな。
「ここがエルフ王国。小さいけど美しくて素晴らしい国なんだよ。なんと言っても王女のサーシャが美人で、性格も抜群なんだよ。大臣たちは少し性格が悪いんだよ」
「もう、アドちゃんったら!」
「ハイエルフの美しさは身をもって知ってる。他の国の事を教えてくれ」
「ひぇっ……」
「サーシャ、耳真っ赤なんだよ」
あ、可愛い。
「エルフ王国の裏手側にはドワーフたちが住んでるよ。エルフ王国とは仲良くないんだよ」
「え? そうなんですか?」
「だよ。ドワーフ王は昔、ダーリャに振られたからね」
「お祖母ちゃんが?」
「アドちゃん、ドワーフが嫌いだとしても恋愛事情は言ってやるな」
「ちえっ、だよ。ドワーフたちは引きこもりなんだよ。地下に潜って出てこないから、いないも同然なんだよ」
ドワーフとエルフが不仲ってのは、良くある設定だよな? この世界も多分に漏れずってことか……しかし、アドちゃんは精霊だけあって、どうもエルフ寄りになり過ぎる傾向があるな。
「ここが悪魔族の国、ここが竜族の国、ここがピクシーの国、アンデット王国、機械の国」
「おいおい、駆け足で濃い目の国が続いたけど?」
「小国というのもあるけど、あまり草木が無いところに住んでるからなんだよ。あと、精霊たちはピクシーがあんまり好きじゃないんだよ」
「ピクシーと妖精は別物なのか?」
「存在としては同じなんだよ。でもあいつらは悪どいんだよ。英太も気を付けるんだよ。孫のフリしてお婆ちゃんを騙したりするんだよ」
「酷い……許せませんね!」
この世界のピクシーは特殊詐欺をやってるのかよ……やべーな。そうか、イタズラ好きなのは妖精じゃなくて、ピクシーだったか。
「竜族ってのはグウィンと関係あるのか?」
「分類すればそうなるんだよ。でもね、赤ちゃんと勇者以上の差があるんだよ」
「ふむ、まあ、配下になりたいというならやぶさかでは無いがな」
あれ? いつもなら尻尾振るところなのに……妙に冷静だな。
「よしわかった。この地図貰っていいか?」
「良いんだよ」
「よし……じゃあ、俺は次の満月までに色々準備をしないとな……グウィン、サーシャ、しばらくの間『デベロ・ドラゴ』を頼んだぞ」
2人はきょとんとした顔で俺を見ていた。
「妾も行くが?」
「私もです」
「いや……でもな、グウィンはここから出られないし……サーシャは……そうか……サーシャはエルフ王国に戻ってもいいのか……」
そうだ。アドちゃんやユグドラシルの存在があるから、当然残るものだと思っていた。サーシャはここに残る必要なんかないんだ。
「英太さん! 怒りますよ!」
「は?」
「私はグウィンちゃんのピンチに立ち上がらないハイエルフではないんです! 私も英太さんと一緒に外の世界に戻って移民を探します!」
「だよ。僕がサーシャと結んだ契約は、この島を緑豊かな国にする事なんだよ。サーシャがここを離れても、僕はこの土地を肥やす為に頑張るんだよ。それに、サーシャはエルフ王国の女王である前に、この国の国民なんだよ」
「ある前に……ってのは変だろ」
「とにかく、サーシャは外の世界に出るんだよ。僕だって心配だけど、英太を信じて任せるんだよ」
一緒に居たがったり、外に出したがったり……なんなんだ?
「まだ私がハイエルフになった事は知られていませんし、女王も継承していませんから」
「だよ」
「わかったよ。一緒に行こう。エルフ王国にも行けるといいな」
「……グウィンちゃん優先なので、この島の移民問題の目処が立つまでは行かない方がいいかもしれません」
「うん。その辺はサーシャの考えを尊重する」
「はい」
「そしてっ! 妾じゃ! 其方らにおんぶに抱っこは性分に合わぬ!」
ぬいぐるみを抱っこしながら何を言うか! と突っ込みたくなるが、それはしないでおく。
グウィンはこの結界が自分の為に作られていると知っていた筈だ。記憶をなくしたとはいえ、自分を邪神であると仮定するほどには理解しているだろう。
「駄目だ。グウィンは無理なんだ」
「何故じゃ、弱まった結界くらい、妾の魔力であればどうとでもなるぞ。今までは本気を出していなかっただけじゃしな!」
「グウィン、諦めろ」
「何故じゃ! 妾も外に出るのじゃ! 何で妾だけ残るのじや!? 英太、サーシャ! 友達ではないのか?」
本当に子供だなぁ……2025歳……
「泣いてもダメだ。お前は出られないんだ」
「試してみなければ、わからぬではないか」
「グウィンは死んじゃうかもしれないんだよ」
「それでも構わぬ! また1人になるくらいなら死んでも構わぬ! どうせ生き返るのじゃ! だから妾を連れていくのじゃ!」
「グウィン!」
頬を引っ叩いてやりたかった。でも抱きしめてしまった。ワガママを言っているのはわかる。一緒にいたいのもわかる。だからわかって欲しかった。
「グウィン、俺を信じるんだ」
「英太……」
「必ず戻って来る。沢山の移民を連れて来る。俺たちは約束しただろ。デベロ・ドラゴを沢山の人で溢れる国にするって……お前は死んだら、その約束を忘れちゃうんだぞ」
「嫌なのじゃ……英太の事は忘れたく無いのじゃ……」
「俺も覚えていて欲しい。だからお前はここに残れ……そして、移民たちを受け入れる為の準備をするんだ」
「準備?」
「ああ、ここに残る友達とな。ゴーレム達と一緒に、アドちゃんと、妖精たちと一緒に準備するんだよ」
「……あいわかった」
グウィンがそう言った瞬間、もちもちが後頭部に広がった。何だこのもちもちは? それは俺とグウィンを抱きしめるハイエルフの胸からもたらされるもちもちだった。全神経を後頭部に集めた自分が恥ずかしくもあり、人間らしいなとも思った。




