第三十六話 島の外側・その1
「じゃあ、僕が知っている事を全部話すんだよ。わからない事がったら質問するんだよ」
ユグドラシルの大樹が『死の大地』に根付いた翌日、俺たちはドライアドのアドちゃんから、魔素問題を解決する方法ついて話を聞く事になった。
「うむ、話すのじゃ」
「まずはね、島の維持に必要な魔素の量なんだよ。どれくらいの生物が必要なのか、ざっくり説明するんだよ」
「お願いします」
サーシャは必死でメモを取っている。
「ユグドラシルの大樹も含めたこの島にいる全員が生きる為に必要な魔素の量……これを確保する為には、人間なら80,000人、エルフやドワーフなら40,000人、獣人なら10,000人、魔族なら800人ぶんの魔素が必要なんだよ」
「80,000人は……受け入れ体制も全くないな」
「ユグドラシルの大樹があるなら、移住したいというエルフも出るかと思われます。でも、全てのエルフを集めても40,000人もいるかどうか……」
「うん。でも、40,000人のエルフが居れば、他の種族が全くいなくても平気って事なんだよ。他の種族も来てくれたら、エルフは少なくても良いんだよ。サーシャみたいなハイエルフなら普通のエルフの倍は魔素を出してくれるから、ハイドワーフとか、魔王とかを連れて来てくれたら数字は変わって来るんだよ」
「逆に言うと、ハイエルフでも倍の量にしかならないのか……コスパの面ではやっぱり魔族になるな」
「まーた英太は小難しい言葉を使いよって。わかる言葉で話せとあれほど言ったではないか」
「コスパ? コストパフォーマンスのことかな? 面白い言葉を使うんだよ」
どうやら、アドちゃんは理解が早いようだった。グウィンは少し悔しそうにしている。
「ま、まあ、妾は理解しておったがな。アドちゃんもなかなかやりおるな」
よく言うよ、嘘つきドラゴンめ。
「そうなんだよ。魔族を島に連れて来てくれたら、一番コスパがいいんだよ」
「連れて来るって言っても……どうやって?」
「この島を出ればいいんだよ」
「満月の夜にか……」
「そうなんだよ。でもね、問題があるんだよ」
いきなり問題か……でも、可能性が生まれただけで今までとは雲泥だ。
「『精霊の滝』と繋がっている結界の歪みは、ここから出る事には向いていないんだよ」
「え?」
「精霊の滝ですか? 死の滝じゃなく……」
「だよ? そうか……ごめん。呼び名が変わっていたんだよ。今は死の滝だね」
「ちょっと待ってください。名前が変わったってどういう事ですか?」
「うーん。経緯は把握していないんだけど、たぶん結界に近づかせない為に変えたんだよ」
なるほど……納得がいく。
「元々は精霊の滝だったんですね」
「だよ。話を戻すんだよ。精霊の滝はこの島に入る為の結界の強度を意図的に弱めているんだよ。その代わりに、この島から出る為の結界の強度を上げているんだよ」
この設定はあるあるだ。しかしこれも納得出来た。
「ふむ、ならば無理矢理にでも破るしかなかろう」
「強大な力であれば破れるかもなんだよ。でも、ユグドラシルはそれを手伝ってくれないんだよ」
「はぁっはっはっはっはぁっ!! 妾がおるではないか! ブラックドラゴンの力を持ってすれば!」
「無理なんだよ。結界の力に反発されるからね。グウィンのような強大な力は特にだよ」
「ふん、高尚さ故にであるな。仕方あるまい」
「グウィンのような強大な力」アドちゃんは言葉を選んだ。この島の結界はグウィンを閉じ込める為に作られたものだろう。グウィンが外に出ようとする時、結界の力は最大限の効果をもたらす。
「だからね、他のルートから出るんだよ」
「他のルート?」
「他にもあるんですか?」
「うん。今の僕はサーシャのお陰で精霊力に満ちているからね。目星はついてるんだよ」
「それは具体的にどの辺りなんだ?」
俺は地図を開いて、アドちゃんの前に差し出した。アドちゃんは六箇所に丸をつけた。封印されし結界のへり。それは全ての六芒星の先端だった。
「だよ。その中でも、明確に結界が緩んでいるのがここなんだよ」
そこは第一区画。グウィンの像を設置した場所だった。
「誰かが侵入しているんだよ。たぶんそれは英太なんだよ」
「俺が……侵入?」
侵入した……? この国のどこかから?
この世界での記憶が全く無い上に、前世の記憶はバッチリあるから、当然のように転移者の思考になっていた。
俺は前世で死んで、外の世界に生まれ変わった転生者。その記憶があったのかどうかはわからないが、今はこの世界で生まれてからの記憶を失っている。その上で、何かしらの理由があってここに侵入した……そうだよな、ゼロから15歳の身体で誕生した訳じゃないよな……
「申し訳ないが、全く記憶ない」
「英太が現れたのは満月の夜では無かったぞ」
「だよ。仮説だからね……もしかしたら……」
アドちゃんはそこで言い淀んだ。そして俺に目配せをしながら続けた。
「勘違いかもしれないんだよ」
それは、何かしらの言葉を敢えて飲み込んだように見えた。
「第一区画から外に出られる可能性があるという事はわかった。無事に出られるのか?」
「九割以上は期待するんだよ」
九割か……生きるか死ぬかの九割は……
「結界の中で死ぬ可能性は殆ど無いんだよ。結界を抜けた先が海だったり、魔物が待ち構えてたりって可能性の事なんだよ」
「そうか、それなら対応出来そうだな」
「英太さんが外から来ていたとするなら、第一区画は人間国かヒノモトと繋がっていますかね?」
「そうだとは思うんだよ。でも、一番嬉しいのは魔王国と繋がっている事だよ」
「人間国……でなくても、何処かの国から他種族の国に移動する事は出来ないのか?」
「少なくとも、エルフ王国では不可能です」サーシャが言った。
「サーシャ、ごめんだよ。密航とか色々方法はあるんだよ。サーシャも子供の頃に出会ったでしょ?」
「あ……魔物の子供?」
「300年も前の事まで知ってるのか」
「僕はずっとサーシャを見守っていたからね。力を与えられなくて悔しかったけど、今こうして契約出来て嬉しいんだよ」
「ありがとう」
「ほっぺにチューして欲しいんだよ」
おいおいおい! 急にどうした? 精霊だからって何でもアリじゃねーぞ! と思っているうちにサーシャがアドちゃんのほっぺにチューをした。
「英太よ、羨む事はない。アドちゃんはサーシャと一心同体であるし、此奴も雄でも雌でもない」
「別にそういう……」
「だよ。で、密航もあれば、飛行して侵入もあるんだよ。人間国と魔王国は多少警戒が強いけど、他の国はザルなんだよ」
「ほう……飛行か……」
グウィンが意味深に呟いた。おいおい……お前は外に出られないんだぞ。
「アドちゃん、他の国って、もしかして全て把握してたり……」
「するんだよ。僕は草木が多い場所の事なら大抵把握しているんだよ。樹木の力が無い場所の事はあまりわからないけどね」
「他種族間で争いになりそうな国は……」
「うーん、種族としてって事なら、エルフとドワーフなんだよ。でも揉め事になる事はあっても、種族としての対立までは行かないんだよ。ちゃんと、法のもとで裁かれるんだよ」
「投獄……死刑か?」
「入っただけなら強制送還と罰金をたんまりなんだよ。死刑は、死刑になるだろうな……って事をすればなるんだよ」
「隠蔽魔法を使えば何とかなるか?」
「普通の村人を騙すのは可能なんだよ。もちろん、通じない人もいるんだよ。その辺は個体の能力値やスキルレベルに依存するんだよ」
「サーシャ、隠蔽してみてくれないか?」
「はい。どのように?」
「人間族の男の子でスキル無し、容姿も隠蔽出来るか?」
「はい。やってみます! 《隠蔽変化》」
サーシャは見事に変身を遂げた。容姿や声、ステータス画面は完璧に変化させられたが、種族特有の仕草や知識までは得られないようだった。
「サーシャよ、凄いぞ!」
「ハイエルフですから!」
「サーシャ、自分以外にもかけられる?」
「はい。やってみます!」
「サーシャよ、ゴレミにかけて欲しいのじゃ!」
「《隠蔽変化》」
サーシャはゴレミに隠蔽魔法をかけた。エルフの少女がそこにいた。
「おお、ゴレミまで変えられるのか! 凄いのじゃ!」
「グウィン様、私はどのようになっておりますか?」
「エルフ族じゃ! 美しいぞ!」
「まぁ!?」
ゴレミったらすっかり女の子になってる。名は体を表すって本当なんだな。それにしても、他人も問題なく隠蔽出来るが……
「うーん、上級スキル持ちには通じなさそうだな」
そう、問題があったのだ。万能鑑定スキルを持つ俺は『隠蔽看破』オートスキルが発動している。俺の目には、隠蔽後の姿と元々の姿が同時にダブって見えていた。




